勧誘

 生徒会の改革を行うための人材スカウト。アルフレッドは本命のレイシアに声をかけた。


「俺にはお前が必要なんだ、レイシア」

「なにそれ。プロポーズでもしているの。お断りいたします」


 いきなりの愛の告白のような物言いに、レイシアはかなり引いてしまった。


「違う! そうじゃない! 生徒会として優秀なお前をスカウトしているんだ」

「生徒会? なあんだ」

「大体、プロポーズならちゃんと手順を踏んで正式に行うよ」

「なにそれ? プロポーズに決まったやり方があるの?」


 真面目に知らないと答えたレイシアに、アルフレッドは唖然とした。


「授業で習っただろう? ああ、レイシアはまだ一年生の授業しか受けてないのか。貴族コースの二年生の後期で習うんだよ。プロポーズには自分の瞳と同じ色の指輪を用意して相手に贈るんだよ。いたずらではできない神聖なものなんだ。婚約申し込まれた時見なかったのか?」


 学園長室で聞いたレイシアの婚約話が、頭の中から離れないアルフレッドだった。


「婚約? ああ、あれはサカの領主の社交辞令よ。ご子息に会ったこともないし」

「そうなのか。……まあ、そんなことだろうとは思ったよ。お前に婚約話なんて来るわけないよな」


 なぜかほっとしながら軽口を叩いた。


「別にいいです。私はやることがたくさんあるんですから。だから生徒会なんて誘わないで下さい」

「いや、俺にはお前が必要なんだ」


「だからそういう紛らわしい言い方やめて下さい。去年のダンスの授業のせいでいろいろと嫌味を言われているんですから!」


 レイシアはうんざりとしながらアルフレッドに言い返した。


「しかし俺が誘わなかったらお前にはダンスの相手がいないじゃないか。なんならもう一年コーチング・スチューデントとしてダンスの指導にいこうか?」

「やめて! これ以上恨みや妬みを受けたくない!」


 心の底から嫌がるような表情でレイシアが答えた。


「なんだ、いじめられているのか? 俺が何とかしてやろう」

「やめて! そう言うことやられると面倒くさくなるから」


 通じない。言葉が通じないとレイシアはいらだった。


「とにかく、私はアルフレッド様と関わりたくないんです! まさか同じゼミを取るなんて思ってもいませんでしたし」


「いいじゃないか。友達だろう?」

「友達? 友達なの? あれ? 友達って」

「お前友達いないのか?」


 友達と言う言葉に戸惑って、いや、理解していないレイシアを、あきれた顔で見ているアルフレッド。


「わ、私だって友達くらいいるわ」

「誰?」


「えっと……」

「悩むな!」


「サチ」

「メイドか? メイドなら友達と言うより主従関係だね」

「そうなの?」


 そう言われると自信がなくなってきた。


「他は?」

「イリアさん?」

「なぜ疑問形? 先輩と後輩だろ」


 そうか。先輩後輩って立場は友達に換算できない? そう悩み始めた。


「ええと……………………メイちゃんは従業員だし……え? あれ? あれ?」


 とまどうレイシアに対し、勝ち誇ったようにアルフレッドは言った。


「学園において主従関係も上下関係もなく、お前がこうして気軽に話をできるのは俺以外にはいないだろうレイシア。身分が下なのに俺にため口を使うのはお前だけだ。利害関係がなく話をできる同級生。それが友達というものだ」


 アルフレッドの指摘に言いくるめられそうになるレイシア。


「そんな友達がお願いしているんだ。俺を助けると思って生徒会に入ってくれ。友達としての頼みだ」


(友達。友達って何だろう? 王子が私の唯一の友達? それでいいの? 本当に?)


 グルグルと回る思いと、友達と言うレイシアにとってのパワーワードが正当な思考を妨害する。


「レイシア。考えてもみろ。お前と成績でも戦闘訓練でも、肩を並べられるのは俺くらいしかいないだろう。よきライバル。敵と書いて友と呼び合おう」


「アルフレッド様が、私と肩を並べる? まさか。実力差がありすぎ」


 普段なら絶対に言わない失礼なセリフを、思考停止に陥ったレイシアが容赦なく言い放った。

 遠慮もなく嫌味すらないあまりの素の発言だったため、アルフレッドにダメージがストレートに入った。


「ライバルですらないわ。それに、そう。一緒のクラスにいるのはクラスメイト。友達かどうかは別問題」


 思考停止のレイシアは容赦がなかった。


「友達かどうかは一旦置いておこう。クラスメイトのお願いだったら断るのも自由ね」


「ライバルですらないのか? レイシアにとっての俺は」


 ショックで思考停止になるアルフレッドに対し、レイシアが明確に言い放った。


「せっかくのお誘いですが、私も忙しいので生徒会の件はお断りいたします。それでは失礼します」


 他人行儀に礼をして、レイシアはその場を去っていった。




◇◇◇


【アリア】


 入ったばかりで貴族としての付き合いも何もしてこなかったから。いまだに学園の過ごし方も授業の取り方も、全くと言っていいほど分からないまま。先生たちのおすすめの通りにカリキュラムを組んでみたけど……。


 どうしてこんなにお金がかかるのよ!


 ドレスを着ないと受けることができない貴族の授業。ドレスなんていらないと思って義母に断ったのにいまさらお願いできない。寮母さんから紹介された中古屋で、一番安い色のくすんだドレス一式を買った。寮にいるメイドコースの先輩と年間契約をして、貴族コースのためにドレスに着替える。「オプションで髪のセットとメイクもしますよ」と言われたけど、そんなお金払えない。お昼ご飯と休日の食費が飛んでいく。土日こっそり働けるかな。平民街の路地で商売できれば。まずはどこの組が仕切っているか確かめないと。顔つながないとトラブルのもとだからね。


 クラス分けのテストはまあいい出来だった。あたりまえね。グレイ家にあった学園の教科書は全部覚えている。私一人だけのAクラス。シャルドネ先生は私の入学履歴書を見て「聖女クラスなの? あなたは貴族と聖女どちらを目指すのかしら」って聞いてきた。


「どちらかといえば平民ですね」


 どうでもいいや。という感じで本心を答えてみた。すると先生は


「あなたもなの? Aクラスらしいわね」


 って笑って流された。


「まあ、今年のAクラスはあなた一人だから好きなことをおやりなさい。なかったら課題出すけど、何かやりたいことはある?」


 何この授業? 聞いていたのと違う。教科書使って先生が私に教えるのでしょう?


「だってあなた、もう二年分覚えているでしょ? 時間の無駄じゃない。私も分かっている人に分かっていることを教える無駄な時間をすごしたくないのよ」


 それでいいの? そんないい加減な。


「で、やりたいことはないの?」

「え? やりたいことですか? 金稼ぎ……」


 おっと、本音が


「金稼ぎ、ねえ。貴族令嬢の発言でも言葉遣いでもないわね。面白いわ」


 面白い? なに? 


「あなた、どんな生活しているの? なんでお金? 守銭奴なのかなあ」

「お金がないんです」


 もういいや、私はドレスを借りて先輩にバイト代をはらって、休日のご飯代もないことを話した。


「ご実家にお話ししたら?」

「厄介者なのでこれ以上は出してもらえないんです」

「そうなの? まあいろいろあるわよね」

「ということでバイトか何かで生活費を稼ぎたいんです」


 この先生ならよい方法を教えてくれるかも。そう思って聞いてみたんだけど。


「でもねえ。その年じゃどこも雇う場所はないわよ。入ったばかりの学園の生徒なんて役に立たないって知っているから」

「私は働けます。なんなら自分で露店を出します」


「無理ね。せめてメイドとか専門コースを取って研修扱いで雇われるか、冒険者の見習いとして実習扱いでドブさらいでもするか。それも三年生になってからね。学園としても進めないし、場合によっては禁止するわ」


「ドブさらいでも何でもやります」

「本気? じゃあ、冒険者コースを取らないと。それでも実習を終えてからだから一年生では無理ね。後期休み、12月過ぎてからね」


「それじゃあ間に合いません」

「そうね。単価も安いし週労働だし。お勧めしないわ」


 やれそうな仕事は一年生ではできないの?


「そうね。小説を書いて出版社に持ち込んだ生徒もいました。小説かける?」

「……無理です」


 小説なんて神のこととか昔の王様のお話でしょ? あんな古くて堅苦しい文学、新しく作れるわけがないじゃない。


 どうしようもないの? そう絶望しかけた時ノックの音が響いた。


「どうぞ」

「失礼します」


 ドアから上級生が入ってきた。見覚えがある。あの目立つ金髪は……、王子様だ。

 

「よろしいですか、先生」

「手短にね」


 王子様は私の目の前に来た。座ってちゃいけない。立たないと!


「今日は生徒会の勧誘に来た。生徒会では優秀な生徒を身分の差がなく迎え入れることにした。アリア・グレイ。俺が見込んだだけはある。ぜひ生徒会に来たまえ」


 え? やだ。


「えーと、それは義務ですか?」

「いいや、あくまでお願いだ」


 断らないよな、って圧が強い。そもそも王子様の命令に逆らっていいわけがないよね。でも……。


「どうした?」

「どのようなお仕事があるのでしょうか」


 失礼のない様に聞けているよね。


「ああ、活動内容か? 月の日から金の日まで、授業が終わったら生徒会室で集まる。大体午後の五時まではいるな。仕事を覚えたら主に事務作業。学園内での自治活動の計画と運営。パーティーの企画や学園祭の企画運営。まあ様々ある。もちろんイベントが近づいたら休日も仕事があるが、まあそこまで大変でもない」


 嘘だ! めちゃくちゃ忙しそうじゃない!


「忙しそうですね」

「もちろん。やりがいはあるぞ」


 やりがいとかいらない!


「辞退することはできるのでしょうか?」

「なぜだ? 生徒会に入れば俺を含め高位貴族と縁ができる。メリットしかないはずだ」


 そんなことどうでもいい。どうせ無給でしょう。でも王子は断られるなんて思ってもなさそう。


「お断りいたします」

「は?」


 どう思われたっていいよ。どうせこの学園じゃ独りぼっちだから。


「そのような立派なお仕事は貧乏な辺境男爵の娘には荷が重いのです。王子様や側近の皆様のような高位の方々と席をおなじにするなど失礼に当たりますわ」


「俺がいいと言っているんだ。心配するな」


 そうじゃない!


「私は生きがいより仕事が欲しいんです」

「そうか、やる気になってくれたか。生徒会の仕事はたくさんあるぞ」


「そうじゃないんです。私はお金を稼げる仕事がしたいのです」


「アルフレッド。この子は貧乏でお昼ご飯を食べるお金もないのよ。生徒会に入れるのはあきらめなさい」


 先生が助けてくれた。よかった。相談しておくものね。


「ランチか? 俺と一緒ならランチはただで提供されるぞ」


 えっ?


「側近たちとの昼食は彼らの仕事の一環として対応されている。王家から交際費として処理されているんだ。生徒会で出るお茶やお菓子は生徒会の予算から出ている」


 ランチがでるの?


「それに、確かにそうだな。ただ働きでは確かに良い人材を迎え入れることはできないな。子爵以下、特に法衣貴族にはそれなりの報酬を与えた方がいいかもしれない。月ごとに出るように提案しよう。さすが俺が見込んだだけはある。それに下位のものを参加させることによってはじめてわかることがあるとの証明もできた。そうだな。君を迎え入れるために私から今回のアイデア料を特別に進呈しよう。前生徒会長の姉から現金を持てるようにしてもらえたから、いくらかの自由に使える現金は持てるようになった。その中からお礼を出そう。そうだな50000リーフではどうだ?」


 50000! それだけあれば前期は何もしなくて大丈夫。それに月々報酬が出る?


「よかったわね。仕事見つかったじゃない」


 本当にそれでいいの? と思ったが、目の前の銀貨に飛びついてしまった。

 後悔は先にできないって言葉の意味を知るのは一年後になってからだった。

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