学園長に報告

 懇親会という茶話会が終わり、上級生の二人は早々に教室を出ていった。ナズナは歌のレッスン。ポマールは図書館で調べ物をする。残った二人にシャルドネが声をかけた。


「じゃあ、あなたたち二人はこれから学園長室に行きます。あなた達のこれからの方針を学園長が気になさっていましたからね」


「学園長が直々にですか?」


 アルフレッドは驚いた。今まで学園長室に入ったのは、生徒会長に就任した報告をした時だけだったから。


「おかしいですか? 私よく呼ばれますよ」

「それはお前がおかしいからだ、レイシア」

「失礼な」


「はいはい。行きますよ」


 シャルドネは二人を引き連れて学園長室に向かった。



「アルフレッド様とレイシア、まずは座りなさい」


 学園長は二人にイスを勧めた。シャルドネは学園長の側に立った。


「まさかアルフレッド様がシャルドネ先生のゼミに入るとは思いませんでした。本来であれば領主コースのゼミに入り、跡取りの貴族子息と交流を深めながら、お茶会やパーティーを開いたり招かれたりするものなのですが。アルフレッド様、シャルドネゼミがなぜ先生の名前で開催されているのか分かりますか? 社交ゼミとか領主ゼミとか商人ゼミとか目的があるようなゼミではないからなのですよ。あぶれ者たちが集まるゼミです。だからこそ逸材も出ることもありますが。君のような真っ当な者が行くところではないのですよ」


 学園長の真っ当な質問に苦笑いを浮かべるシャルドネ。最初からあぶれ者認定をされたレイシア。


「学園長は今の学園の教育体制に不満を持っていますよね」


 アルフレッドは学園長を真っすぐ見つめて質問をした。


「ええ。ですからいろいろと動いているのですよ」


「俺もそうです。この学園、いや、この王国の貴族の教育を開始する時期が遅すぎると感じているのです」

「ほう。どのように感じているのでしょうか?」


「王族は七歳から文字を覚えていきます。その後計算や歴史、自然の法則、宗教なども教えられます。他に帝王学も。武術も七歳から始めています」

「そうですね」


「しかし、高位貴族の子供たちは十才になるまで文字を教えられない。商人の子供は八歳から文字と簡単な計算を習うのにです。十歳から文字と計算を習った貴族の女子は学園に入るまでの間、宝石やらドレスの目利きと派閥ばかり勉強し、男子はちょっとした武術と派閥づくりばかりです。なぜ、学園に入る前に勉強させないようにしているのでしょうか」


 学園長は苦笑いを浮かべながら答えた。


「知っているのでしょう。全ては教会の圧力ですよ」

「それでいいのですか?」


「王族でも教会とは対立できない。とすれば、枠組みの中で変えていくしかないのですよ。早急な改革は潰されるだけですからね。今はじんわりと手を入れているところです。個々の家庭教育にまかせていた十歳からの教育を、貴族の社交に合わせて合同で行うように変えたりしているところです。時間がかかりますが堅実にすすめていますよ」


「それでは俺の側近や部下が育ちません。遅いのです何もかもが」

「ではどうしようというのですか?」


「俺がシャルドネ先生のゼミに入ったのはそのためです。自由な時間と自由な活動。それに学園長がシャルドネ先生を頼りにしているからです」


 アルフレッドはシャルドネを見た。


「改革を始めるなら、伝統に則した先生より、常識が外れた先生のもとにいる方が行いやすいではないですか。俺はこの国の王になるまで出来る限り俺がやりやすい状況を作っておきたいのです。まずは騎士団の改革。これは今行っている事です。そして教育の改革。まずは生徒会のシステムを変えていきたいと思っています。ゆくゆくは教会との付き合い方も………」


「分かった! まあそれ以上は言わない方がいいですね」

「そうですね」


 にこにこと笑顔を張り付ける学園長とアルフレッド。


「学園の改革は協力できるところもあるでしょう。ですが始める前に計画を報告するようにしてください。無茶だと思ったら修正させます。いいですか」

「協力感謝いたします」

「ではその都度レポートを提出してくれますか? それを見て判断しましよう」


 学園長は話を打ち切り、レイシアを見ながら言った。


「ではレイシア。君のこれからを聞く前に休みの間何があったのか報告するところから始めてくれませんか。シャルドネ先生に報告したのは聞いたのですが、直接聞かなくては分からないからね。ああ、アルフレッド様は関係ないですね。席を外してもらいましょう」


「いえ、レイシアのやることは把握していたい。同じゼミの唯一の同期だし、騎士団の改革に一役買ってもらっている形になっている。もはや関係者というか巻き込まれるのは目に見えている。情報はいくらあっても困らない」


「別に私は協力して欲しいなんて思ってないよ」

「レイシア、俺が巻き込まれるんだ! いいから話せ」


 仕方がないなと大きくため息をついてから、レイシアは話し始めた。


「帰郷して最初に行ったのはカミヤ商会との商談です。ターナー領にとって良い契約を結びました。カミヤ商会は私が特許を取っているメイド喫茶に納品している商店です」


「特許を取っている?」

「メイド喫茶?」


 シャルドネと学園長が驚いたように言い直した。


「お前、なにやっているんだ?」


 アルフレッドが言うとレイシアは小首をかしげた。


「学園長。一年生の時にアルバイトを禁止されましたよね。その時働いていたお店のコンセプトを提案したのですが、お祖父様から特許を取るように勧められまして。出資金も出していますのでいまはオーナーの一人になっています。アルバイトではないので大丈夫ですよね」


 三人は固まってしまった。


「ま、まあ学業に影響がないのであれば問題は……、ないのか?」

「レイシア。なぜ報告しなかったの?」

「課外活動ですから。報告義務はないですよね。アルバイトとは違いますし」


 確かに奨学生というだけでアルバイトが禁止されたのだが、学業ではトップクラス、学業の時間を労働で奪われていなければ報告の義務はなかった。


「経営自体は店長のメイさんが行っておりますし、メイさんはカミヤ商会のお嬢様ですのでカミヤ商会が全面的にバックアップを行っております。そして私のお祖父様、オズワルド・オヤマーもオーナーの一人ですので私が手を出さなくとも問題がないのです。あ、こんどオヤマーに二号店ができるのですよ」


 もはや聞いているだけで頭がついて行かない案件。


「君が労働していないのは分かった。ではその他には何をしていたのですか?」


 話を進めようと学園長が白旗を振る形になった。


「その次ですか? 孤児院を教会から離してターナー領で管理するためサカに視察に向かうことになりました」


「「「はあ?」」」


 さっきまで問題になっていた教会の話題が急に出てきたため、三人まとめてとまどった。


「孤児院の視察は聞いていましたが、孤児院を引き離すとは聞いていませんよ」

「そうでしたか?」

「あなた教会に喧嘩を売るつもりなの?」

「いいえ、手続きに沿って行うための視察です」


 当たり前でしょう、という顔をしながらシャルドネに答えるレイシアに対し、頭を抱えるしかない三人。


「そういえば、サカは魔物が出たり盗賊がはびこっていたりしていたらしいが大丈夫だったのか?」


 学園長が聞くと「問題なく倒しました」と答えた。


「「「はあ?」」」

「ですから、盗賊もクラーケンも私達が退治しました」


 アルフレッドがまさかな、と思いながら聞いた。


「……騎士団でも連れて行ったのか?」

「まさか。四人で倒しましたよ」


「四人って誰だよ?」

「私といつもいるメイドのサチと料理長とメイド長です」


「「「はあ?」」」

「いや、お前とサチは分かる。お前らはおかしいからな。料理長とメイド長ってなんだよ」

「私の師匠たちですよ」

「どうなっているんだ、ターナー領は!」


 王子は叫ぶしかなかった。


「領主からはさぞ感謝されただろうね」


 学園長がため息交じりに聞いた。


「はい。サカとヒラタの領主からはたくさんの報奨金と接待を受けました。そうそう、サカの領主は私に令息と婚約しないかとからかわれたのですよ。ヒラタの領主は弟に令嬢と婚約を申し出ましたし」


「婚約? レイシアが?」

「まあ、私の婚約話は冗談でしょう。弟の方はかなり本気のようでしたが」


 アルフレッドはレイシアの婚約話になぜかショックを受けていた。


「あ、これはアルバイトに入りませんよね。冒険者ギルドを通しましたし」

「ああ、冒険者活動は認められている。それに休み中は何をしていても関係ない。犯罪以外はな」


「レイシア、もういいですから魔道具の話を。ケルトさんにあったのでしょう」


「そうですね。ヒラタの街で魔道具を作っているケルトさんに出会いました。そこで魔道具の作り方を学びました。ケルトさんが作った冷暗庫をバラしては組み直して教えてもらえたので、同じものをもう一台作ってみました」


「「はあ?」」

「私も初めて聞いた時はそんな反応だったわ」


「まあ、報告はその位ですね。ターナーとカミヤ商会の契約、孤児院の見学ついでに盗賊とクラーケン退治。魔道具の勉強。あ、石鹸の改良アイデアもありました。それから帰りにラノベの神にあったことくらいかな?」


「なんだ、そのラノベの神って!」

「アルフレッド様。ラノベを最初にこの地にもたらしたクロウ様は『ラノベの神』として全ての作家から崇められているのです」

「よく分からないが人間だな。ならいい」


 レイシアの報告に疲れ切った三人。


「それで、ゼミで一体何をやりたいのかね?」


 学園長はこれからのことに心配をしながら聞いた。


「そうですね。私は商品開発と流通を学んでいきたいと思います。ゆくゆくは商店を立ち上げられればと思っていますので、とりあえずは魔道具の開発ですね。しかし魔道具は成功するかどうか不安もありますので執事喫茶の立ち上げと運営の計画を実践として行っていきます。それからターナー製の製品を王都でブランド化するための計画ですね」


「それって学園外で活動するということかしら?」

「はい。イリアさんも出版社と契約しながら小説家として活動していましたよね」


「そうね。私のゼミなら前例もあるわね。基礎学も終わった三年生以上ですし、経営を学ぶということであるなら許可しない訳にはいかないわね」

「しかしだ。魔道具作り? 軍も絡む案件だ」

「魔道具の師匠がケルト先輩なのよ。止められないわ」

「ケルト?」

「ケルト・コールド」

「あのケルトか!」


 なにか心当たりがあるのか、ケルト・コールドという名前で学園長はあきらめたように話を進めた。


「レイシア。君にはコーチング・スチューデントの要請が来ています。騎士コースと冒険者コース。騎士コースは魔法実践もですね。冒険者コースはともかく騎士コースは受けておきなさい。魔道具を作るならなおさらだ。あれは軍が躍起になって開発しているものですから。恩を売って繋がりを作っておくのは大切ですよ」


「分かりました。騎士コースと冒険者コースのコーチング・スチューデントはお受けいたします。どれくらい関わるかは相談していいのですよね」


「ああ。ドンケル先生とククリ先生に相談しなさい。アルフレッド様には騎士コースとダンス実践の依頼が来ているがどうします?」


「騎士コースは受けます。ダンスはもういいや」

「そうですか。それからレイシア、君は貴族コースの基礎を続けて受けるように。一年始めるのが遅かったのですから。必ず履修するように。私からは以上です。質問はありますか?」


「なぜ貴族コースを受けなければいけないのですか? 平民に落ちるのが奨学生の条件でしたよね」


 レイシアは貴族女性のコースに戻りたくなかった。


「そうだね。それは元々高位貴族が奨学生制度を使わないための縛りとしてつけられたものだったんだよ。法衣貴族なら平民として生きる者も多いからね。我々も戸惑っているのですよ。君が平凡な成績ならそのままでよかったのですが。君は成績がトップ、そのうえ騎士団員より戦闘能力が高い。サカの領主の婚約の申し込みもかなり本気だね。学園にサカから調査員が来ていたよ。オズワルド様も貴族でいて欲しいと寄付を上乗せしている。ドンケル先生は軍に引き抜こうと画策している。他にも様々あるが、君は君が思っているより高く買われ始めているんだよ」


「私の人生は私が選ぶわ」


「そう思うならなおさらだ。知識がなければ対抗ができないぞ。奨学生制度の見直しを行わなければいけなくなったのはレイシア、君の存在が影響したのだよ」


「レイシア。あなたの人生が素晴らしいものになるように応援はするわ。私のゼミはそういう所だから。だから賢く立ち回りなさい。貴族の基礎講座を終わらせているのといないのではえらい違いなのよ」


 レイシアは心の底から納得はできなかったが、貴族コースをいくつか履修することを受け入れた。

 アルフレッドは、サカの領主が本気で婚約を画策していることにえらく動揺していた。


 そうして、学園長との話し合いは終わった。

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