第一章 三年生前期
シャルドネゼミ
「今年は私のゼミに新人が二人も入ることになった。みんな温かく迎えてやって頂戴」
シャルドネがそう言うと、パチパチパチとまばらな拍手が起こった。
「じゃあ、自己紹介から始めましょうか。レイシアあなたから始めましょう」
指名をされたレイシアは相変わらずの制服姿でシャルドネの脇に立った。
「三年生のレイシア・ターナー、子爵令嬢です。とはいっても、私は奨学生ですので、卒業後は平民になります。商人を目指しています。よろしくお願いします」
パチパチパチとまばらな拍手。
「次、アルフレッド」
「三年生のアルフレッド・アール・エルサム。将来は国王になるつもりだ。よろしく頼む」
パチパチパチとまばらな拍手。なぜなら他に生徒は二人しかいないから。
「まあ、相変わらず訳アリしかいない。ナズナ、面倒見てやってくれ」
シャルドネがそう言うと、派手なドレスを着た先輩が立ち上がった。
「
レイシアに近づき、手を差しだすと握手を求めた。
「よろしくお願いします」
レイシアが立ち上がり握手で答えると、にっこりと笑って席に戻った。
「俺は?」
レイシアにだけ挨拶を終えたナズナに、王子は戸惑いの声をあげた。
「じゃあ、残りはポマール。あなたよ」
シャルドネが声をかけると、タキシードを着ている男子生徒がゆっくりと立ち上がった。
「……………………ポマール・ヴィーニュ」
ぼそぼそと名前だけ名乗ると座った。
「ポマールはね、口下手なのよ。四年生のヴィーニュ侯爵令息。三男だから跡を継ぐことはないし、頭が良いので学者になろうとしているわ」
シャルドネがフォローし始めた。
「まあ今年のゼミは全部で四人ね。一人増えました。このシャルドネゼミは実力があって変わり者しか入れないから、ゼミの共通のテーマとかはないわ。好きに研究して好きに過ごせばいいの。ただし、レポートと実績は出してもらうからね。私は何も教えません。でも質問には答えましょう。ただし、質問に値するものだけね。基本は自分で調べるように。では今から懇親会を開きます。レイシア、お茶とお菓子を用意して。アルフレッドはレイシアを手伝う。新人は先輩をもてなすところから始めなさい」
いきなり振られたがそこはレイシア。制服の上からエプロンを掛け、テーブルを動かし始めた。
「俺は何を手伝えばいい?」
段取りが分からない王子が手伝おうとレイシアに聞くと、「そこに立っていて。邪魔になるから」と言われた。
「大体何で王子がここにいるのよ。おかしくない? シャルドネゼミは通称『変わり者の巣窟』って言われているのよ。あなたがいる場所じゃないわ」
「そうでもないぞ。俺は国王になるから領主コースの授業じゃ間に合わないんだ。それに高位の女子が多いゼミだと色仕掛け、ゲフンゲフン。皆が落ち着かなくなる。かといって騎士に偏ったゼミも違うし、側近が多いゼミでは周りに気を使わせるだけだ。あいつらの成長につながらない。俺は、学生のうちに騎士団の改革を行うつもりだ。他にもやらなければならないことだらけだ。そうなると、自由勝手なシャルドネゼミが一番動きやすいんだ」
レイシアは「そ~ですか」と生返事をしながら、テーブルにクロスをかけ、お茶とクッキーをセットした。
「用意出来ました。ご着席ください」
レイシアが声をかける。アルフレッドはここぞとばかりにナズナ先輩をエスコートをしに行った。それくらいしかやれることが見つからなかったから。
「あら、御親切ですわね」
ナズナは優雅に手を預けると、エスコートを受けイスまで移動した。
「王子からのエスコート。こういう経験は今後の音楽活動に良い影響を与えそうですわね」
ナズナは嬉しそうに話した。シャルドネとポマールは黙ったままイスに座る。全員が座り終えた時、シャルドネが話し始めた。
「では、シャルドネゼミの懇親会を始めましょう。皆さまの実りある学園生活を祈って。乾杯」
「「「乾杯」」」
紅茶を飲み、クッキーを食べた上級生二人は思わずつぶやいた。
「んっ!」
「なにこれ! おいしいですわ」
これまで食べてきたクッキーは、固くてぼそぼそしたものが普通。まれに貰う高級店のクッキーでもパリンと音が出るような硬い物がほとんど。
「どこのお店のクッキーですの?」
高くてもお店の名前だけは覚えないと! そう思ってナズナは聞いた。
「黒猫甘美堂という喫茶店のクッキーです。まあこれは私が作った手作り品ですが」
「はあ? これが手作り? あなたお菓子屋を始めたらいいわ!」
「お菓子屋ですか? 私は流通にダイレクトに関わりたいのです。商品開発もやりたいですし。お菓子は黒猫甘美堂で出せるので」
「どこの通りにあるの? いくら? 高いんでしょう?」
「平民街の外れにあります。限定品ですがおみやげで買うと20枚1000リーフですね」
「平民街? 平民が食べているの? しかも20枚1000リーフ? 何でそんなに安いの!」
「下町ですから」
そんなやり取りをしていると、シャルドネが止めに入った。
「レイシアは規格外だからゆっくり慣れていって。アルフレッドとレイシア。4人しかいないゼミだから仲良くやって。基本的に自由だし、この部屋に来なくてもいいけど、何かやる前には私に報告、場合によっては許可を取るように。2週に一度、第2第4金の日にレポートを出して発表してもらいます。12日と26日ね。その時はお昼ご飯をここで食べましょう。レイシア、お昼ご飯はあなたに任せます。ポマールとアルフレッドは、月に銀貨3枚お昼ご飯代として徴収します。私からレイシアに金貨1枚にしてまとめて渡します。ナズナは小銀貨2枚でいいわ。レッスン代と衣装代でお金がないのよこの子。レイシア、それでいいわね」
有無を言わせず、レイシアにご飯を出すように仕向けたシャルドネ。
「わかりました。メニューは私が決めていいのですね」
「任せるわ」
「あ、温かいのを頼む!」
アルフレッドは必死に頼んだ。
「料理人として、美味しいものしか出さないわよ」
ムッとしながらも王子に答えた。
「レイシアさんはイリアさんと一緒の寮でしたわよね。うらやましいわ。ジャンルは違えど同じ芸術を志ざす先輩に憧れていたのですが、執筆がお忙しく、中々お話できませんでしたのよ」
イリアは、お嬢様風のナズナに苦手意識を持っていたのであまり近づかないようにしていた。そのため、ナズナからは執筆に明け暮れるストイックな先輩と思われていた。
「イリアさん? 寮では……」
「まあ、私のゼミくらいしか芸術をやりたい変わり者は引き受けてもらえないですからね。昔は女優になりたい子もいたわ。今どうしているかしら。そうそう、バリュー神父もここのゼミ出身なのよ」
ナズナが持っているイメージを崩させないように、シャルドネは気を使って割り込んできた。
そんな感じで女性の話が盛り上がっていった。
それに対しアルフレッドは元々無口のポマール相手に話も続かず、レイシアからもすぐに話を終わらせるので、まともに会話をすることができないまま、最初のゼミを終えた。
◇
自由と放任。それがシャルドネゼミの方針。自学自習を尊ぶと言えば格好がよいのだが、もともと自分の研究がしたくて放ったらかしにしたのが始まり。それでも、ここでしか学生生活を満喫できない変わり者たちが集まるゼミになっていった。
かといって野放しにするわけでもなく、きちんと方針は示してあげる教育者としての才がシャルドネにはあった。
その後、レイシアとアルフレッドは、今後の学ぶ内容についてシャルドネと学園長を交えて話す事になっていた。今年のゼミ生はいつにも増して厄介ごとが多くなりそうだとシャルドネは覚悟をしながらも、どこかワクワクとする感情が芽生えていた。
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