クロモの教会

 魔道具の冷暗庫は、その重さと大きさが移動させることに無理があったため、レイシアがカバンに入れて保管することになった。次にターナーへ帰った時に食堂に置く予定になった。

 固まらない石鹸についてはすぐに特許を取ったのだが、販売方法と値段について商人たちを交えて話し合う事にお祖父様が提案したためすぐに生産に入らずに、クリシュがターナーの孤児たちと品質向上の研究をすることにした。


 レイシアは、お祖父様から研究の時間を決められ、無茶な徹夜はできない事になった。朝教会でスーハーを行いケルトと朝食。研究と昼食。3時には研究を止めお祖父様と過ごす。時間管理はサチが一手に引き受けた。

 その後、お祖父様とこれからのビジネス、執事喫茶黒猫甘味堂やターナーの米の事業など数々の打ち合わせやアイデアを出しあった。夜は9時にはベッドに入るようにした。健康的でやりたい放題の研究三昧。有意義な期間はあっという間に過ぎ去っていった。



「明日からお前の飯が食えなくなるのか。どうにもまずいな。一度覚えた贅沢は元に戻るだけで苦痛になるんだ」


 お昼ご飯の握り飯と温かなスープを食べながら、ケルトが名残惜しそうに言った。


「そうですね。冷暗庫に少し入れておきますが、マジックボックスほどの効果はないですからね」


「そうだな。お前のカバンのような魔道具があればいいのか。確かあれは闇魔法。そうだな、研究して見るか」


「では私は魔道具の小型化に向けて研究します」


「ああ、それはいいな。重くて移動できない魔道具では中々使いようもない。それに魔石の確保も大変だしな」


 レイシアは、カバンの中に大量の大型魔獣の魔石を持っているのだが、さすがにそこまでは言えなかった。


「とにかく、なんでもいいから発明したら即特許を取ること。特許を取ったら私もすぐに見る事が出来るからな。手紙でのやり取りは危険だ。どうしても相談や報告をしたいのならドンケル先生を通じて軍の諜報部を使うように。なるべく絡ませたくはないのだが、それ以外は危険すぎる。魔道具とはそういうものだ。慎重に扱え」


「はい」


「あ~、それにしてもお前の魔法は研究しがいがあるな。卒業したら住み込みで研究しないか。まあ考えておいてくれ。そういえば、今年から三年生か。どこのゼミにはいるつもりだ?」


「ゼミですか? シャルドネ先生に誘われています」


「シャルドネ、あいつか。そうだな、彼女なら大丈夫か」


「お知り合いなのですか?」


「ああ、ちょっとな。何かあったら私の名前は出していい。自由に研究できるように祈っているよ」


 三時まで時間はあったが、最後だということで研究は止め今後の事について話し合う時間にしたケルトとレイシア。途中からお祖父様も混ざり、小型化した魔道具が出来た時の発表方法など話し合った。物がものだけに、王族への献上からではないかなどと話したが、「まあ、絵にかいたステーキみたいなものだな。そこまで心配するほど魔道具の開発は簡単じゃないさ」とケルトが言ったところでみんな我に返ったのだが。



 翌日、レイシアとサチを交えたオヤマーの一行は、教会での礼拝、朝食を終え帰路についた。教会の孤児への差し入れはヒラタの教会のスーハー同盟が秘密裏に行うこととなった。マックス神官は、早い時期にレイシアたちと別れ、あちらこちらの街の教会でスーハーの布教活動を行っていた。各地で信頼できる若手をスーハー同盟に引き込み、勢力が拡大していったのはまた別のお話。




 午後2時過ぎにクロモの町に着いた。今日はこの町で一泊する。


「レイシア。この男爵領は、昔は大したことのない農村だったが、今はちょっとした文化の中心地になっているのだよ。お前が好きな本屋と図書館が充実しておるので見に行ってはどうだ」


 お祖父様がレイシアにそう言った。レイシアは喜んでサチと一緒に商店街を目指した。


 商店街に繋がる道の途中に教会があったので、レイシアは立ち寄ってみた。神父に寄付を渡すとここで祀る神の名を聞いた。


「ここの神は風の女神アイロス様です。昔は海からの風が砂を運んで農地が荒れていたのです。アイロス様を祀ることで風は相変わらずですが砂が混ざらなくなるようになったのでございます。ですから、以前は人々が感謝の祈りを捧げていたのですよ」


「そうなのですか。文化の中心地と聞いていましたので芸術の神を祀っているのかと思っておりました。そうですよね。農地は大切ですよね」


「分かってくださいますか。ここは本当に小さな農村だったのですよ。私が子供だった頃から、少しづつ作家という方々が集まって来て、やがて絵師と言われる絵描きが集まってきました」


「作家と絵師、ですか?」


「はい。その後、印刷所が出来たころからでしょうか、急に人が増え商人が集まるようになったのです。見ての通りこの教会はさびれ、教会でもない小さな祠というか個人宅に祀った神を拝みに行きたいという人が増えてきたのです。とある作家の家なのですが、中には弟子と認められたものしか入ることができないため、外から家を拝む者が集まってくるのです。それでこの村は裕福になったのですが、風の女神の恩恵で生き延びていけたことを忘れてはいけないのです」


 レイシアは孤児院の事を聞いた。


「孤児院。昔から貧乏なこの村では孤児院を開くだけの余裕はなかったのです。昔は、乳飲み子はそのまま見殺しにされ、働ける孤児は農家が農奴として働かせていたんですよ。最近はサカの異教の教会が孤児を引き取ってくれるので、そちらにまかせています」


 サカの孤児院の様子を思い出して、レイシアは嫌な気分になった。


「しかし、この間スーハーの伝道師マックス神官様がこちらに立ち寄ってくださいました。ご存じですか、神の呼吸スーハー。信じられない程の神の祝福に、朝の礼拝者が急増しているのです。若い神父見習いは心酔し率先して行っております。この教会もこれから明るい見通しが出来ました」


 レイシアは何といえばいいか分からず、「ソウデスカ。ヨカッタデスネ」と感情が載らない相づちを打った。

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