新たなる提案
マックス神官との話が終わり、神官が帰ると少し遅い朝食を取った。これは、疲れているメイたちに気を使ったためでもある。今日はこれから視察をする予定なのだが、店を貴族街に作ることになるなら丸々無駄になるのではないかと意見が出たため、朝食会が会議の続きのようになった。
「まあ、行ける所は全部見ましょう。初めて来た方もいるのですし」
レイシアの一言で方針が決まった。王都から来た一行はもう一泊してもいいといい、レイシアはもう一泊してもいいけど学園があるから明日の朝走って帰ることにした。サチはこの状況を寮、黒猫甘味堂、カミヤ商会それぞれに伝えるため、一度王都に戻ることになった。サチは「馬車より走った方が早いですから」と言うと、それぞれから手紙を受け取った後さっと消え去った。
◇
最初は平民街を歩きながら建設予定地候補をいくつか見て回った。平民街は王都よりもごみごみとはしておらず、すっきりとした印象があったがその分活気にあふれた感じはなかった。おだやかな感じで住みやすそうな感じだった。男性は町中の一等地にある場所を気に入ったが、レイシアとメイは少し離れた郊外の広い土地が気に入ったみたいだった。
レイシアの提案で平民街でランチを取ることにした。混み合う時間帯を避け少し遅めに店に入った。労働者向けに安く設定された米メインのお店は、まだ王都でも珍しくカミヤ商会の人々は興味深くメニューを確認し味を確かめていた。
「なるほど。米というものは奥が深いものなのですね」
まだまだ米のイメージは王都では低い。屋台を中心に出されるファストフードとしてのイメージが付いてしまっていたからだ。濃いめのおかずにあっさりとした甘みのある米の取り合わせは最高のお昼ご飯だった。
「レイシアが作った握り飯の組み合わせを参考にしていったんだよ。食品開発部の久しぶりの大ヒットだ。どんぶり飯と言っておるよ」
お祖父様は嬉しそうに語った。レイシアも「なるほど、握る手間がいらなければ提供するのも簡単ですね」と感心していた。
◇
午後に貴族街を見終わって、一行は帰ってきた。そしてすぐに会議が始まった。
「さすが酒造りに特化した街ですね。実に効率的に区画が整備されています」
「そうじゃな。儂の義父、先々代の領主が思い切った区画整備を行ったのだ。都市計画をあれだけ大掛かりにできたおかげで、今のオヤマーの発展があるのだ」
「お祖父様もそこに関係していたのですか?」
「もちろんだ。あの頃は儂も若かったからな。どんどん発展していく街を見ながら、がんばっていたものよ」
レイシアを始め、皆が機能的な街のシステムをほめていた時、メイがぼそりとつぶやいた。
「なるほど。確かにこれでは女性は出ていってしまいますね」
「どういうこと? メイさん」
そのつぶやきを聞き流さずレイシアが拾った。人々の視線がメイに集まる。
「えっと、その……、女性の目線から見ると、機能的すぎて遊びと言うか華やかさと言うか、街全体が工場のようでつまらないのです。レイシア様は女性ですがどちらかと言うと効率重視ですよね。メイド喫茶にしても、私達スタッフやお客様とレイシア様のイメージが離れているのは以前から感じておりました」
「どういうこと?」
「ほう、面白い。儂に分かるように聞かせてくれ」
メイは戸惑ってしまった。しかし、黙っているわけにもいかず、なんとか言葉を続けた。
「レイシア様がメイド服で喫茶店の給仕を始めたのは、『女性を喜ばせたい』からではなく、『それが自然な行為』だったからですよね」
「もちろん。だってお茶を出すのはメイドのお仕事ですよね」
「そこからです。平民や、普通の法衣貴族ではメイドがいる生活など夢物語なのです。レイシア様はそのことが分からずメイドとしてお給仕を始めたのです。そのことは『メイド喫茶黒猫甘味堂』ができる時になんども言い聞かせまして何とか理解はしてもらったのです。ですが、レイシア様はあくまで効率として物事を考える方なのです。メイド姿の方がお茶を出すのに効率的、そこを中心に考えるので女性心理、女心と言うものが実はあまり理解できていないのです。そしてそれはここにいる男性の皆様もそうです。効率にしか目が行っていない。女性がときめくための隙や余白のない街づくりでは王都に出ていきたくなるのも仕方がないことですね」
この中で、唯一の女性目線を持つメイの言葉に、男性及びレイシアは混迷した。女性心理を取り入れた商売など、たまたま当たった黒猫甘味堂しかなかったからだ。
服飾店や宝石店でさえ男性中心で運営されているため、女性の意見を積極的に取り入れているところなどなかった。それでも王都で出している店は、オヤマーの町よりはお客様の志向は考えていたし、売るための努力は欠かしていない。
カミヤ商会は女性向けに特化した商売をしていなかったため、そういう視点がなかったのだ。
唯一の女性目線を持つメイの発言が、どれほど一般的な女性の意見なのか判断できる者はいなかった。
「どう思う、ポエム」
お祖父様、オズワルド・オヤマーはメイドのポエムに意見を求めた。
「私はこのオヤマーが好きではございますが、たしかに若いお嬢様方には堅苦しい感じはございますね。楽しめるようなお店も施設もほとんどありませんし」
控えていたメイドたちも黙ってうなずく。二人目の女性の意見で男たちは思考が停止した。自分たちの知るビジネスモデルに、当てはまらなくなったからだ。
「どのようにすればよいと思うのだ?」
「やはり、平民街にも作るべきです。平民の女性の割合が王都に比べて低すぎですね。それほど魅力度が低すぎる街なのです。女性のお客様に魅力ある店と働き甲斐のある職場は必要です」
「だが、それはレイシアから否定されたはずだが」
「レイシア様が効率中心だからですね。確かに同じ店では王都のような華やかさのある所で出店された所と比べられますね。ですから少し変えた、似ているけれどもやや違うコンセプトのお店が必要です」
「ほう。レイシアとは違うコンセプトとな。言ってみろ」
オズワルドが楽しそうに聞いた。オズワルドは楽しいかもしれないが、かなり圧が強い聞き方。それでもメイは女性の代表として言い切った。
「新しいコンセプト。それは女性が男装をして女性をおもてなしする『執事喫茶』です!」
「「「はあぁぁ???」」」
レイシア含め全員が理解できなかった。
「なぜ男装?」
「最初から男でいいのでは?」
当たり前に出た質問にメイが答える。
「男性でいいのではないか。確かにそう考えることでしょう。しかし、男性ではダメなのです」
「なぜ?」
「男性では恋愛感情が芽生えてしまうからです。そうなると女性同士いがみ合いが起きるのです。また、店員がお客様と怪しい関係になった時、特に人気を得ようと複数のお客様と関係を持ってしまったらお店として手の打ちようがなくなるのです。女性が男装して給仕をすることで、そう言った危険性は排除されます」
「それは女性が楽しめるものなのか?」
「もちろんです。疑似的なものであると初めから分かっていれば、後はその状況を楽しむだけです。お客様は夢とファンタジーに浸ることができるのです。もちろん店員は調理師含め全員女性。お客様も女性限定とさせて頂きます。これでしたら、平民の女性の仕事も増えますし、女性にとって魅力的な街になる第一歩を踏み出せることができます。王都と対になるまったく新しい『執事喫茶黒猫甘味堂』。いかがでしょう」
男性陣が固まった。何を言われているのか分からない。そもそもメイド喫茶黒猫甘味堂にお客として行った事がある男性はこの中ではお祖父様だけ。男性陣は経営には噛んでいるが、根本的な理解が足りていなかったのだ。
「メイさん。執事と言いますが誰が指導するのでしょうか? 私に若い執事を指導できる知り合いはいませんよ」
「兄猫様、サチさんがいます!」
「サチ⁉」
「はい。サチさんの兄猫様をモデルとし、オープニングスタッフを厳選して雇い入れれば大丈夫なはずです。ひと月ほどサチさんからご指導いただければ完璧に仕上がるでしょう」
「たしかにできそうね。でもそれって大丈夫なの? お客さん入るの?」
メイは胸を張って「大丈夫です」と答えた。
「メイド喫茶での兄猫様待望論がどれほど凄いのかご存じないのです。王都での少女歌劇団の人気も高いのです。絶対に流行ります」
前日のレイシアの話だけでも大変だったのに、さらに理解不能なメイの執事喫茶の提案に男どもは頭を抱えた。一体何を基準に考えればいいのか分からなくなり、一旦食事まで解散することになった。
そうこうするうちサチが戻り、レイシアとサチ、そしてメイが個別に話し合ったのは、また別のお話。
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