石鹸作りを学ぼう

「そういえば、石鹸ってどうやって作るのかしら」


 レイシアはそこからつまずいていた。石鹸は買うもの。作り方が書いている本など存在しない。石鹸を売っている商店主から仕入れ先をたずね、なんとか作っている人のもとへ聞きに行くことができた。



「おやまあ。石鹸を作りたいのはあんたかい? なんでまたこんなものをしりたいのかねえ」


 町の外れのあばら家に行くと、おばあさんがお茶を飲みながらレイシアを待っていた。レイシアは、今日はドレスではなくワンピース姿。ポエムを説得して一人で来ていた。


「初めまして。レイシア・ターナーです。私、孤児院を手伝っているんです。孤児の仕事にならないかと思って。それに石鹸をもっといいものにできると思っているんです」

「あれま。領主の娘さんかい! 変わり者とは聞いていたけど、こんなかわいいお嬢さんだとは。それでなにかい? あたしの仕事を孤児にやらせてあたしは仕事を失うのかい?」


 おばあさんに指摘をされて、レイシアははっとした。


「ははは。いいよ。石鹸作りは、匂いはきついし誰もやりたがらない仕事なんだよ。あたしももう引退したいんだが他にやるひともいなくてねえ。ギルド長に頼んで後継者を紹介して貰ったんだが、みんなすぐやめてしまって困っていたんだ。石鹸がないと困るってのはみんな知ってるはずなんだがねえ。孤児が作るってんなら、それはまあお似合いだろうさ。いい機会だ。あたしゃいままで稼いだ分で余生を送るさ。指導料はちゃんともらうよ。それでいいかい?」


 レイシアはおばあさんに感謝を言い、石鹸作りを体験させてもらった。



「こいつが灰汁あく。この桶に柄杓ひしゃく10杯の灰と水を八分目まで入れて一日以上置いたものをしたものさ。この灰汁が重要だからね。分量間違えるんじゃないよ。こいつに石灰をこのスプーン4杯混ぜてこの鍋で沸かしたお湯に放り込んでよく混ぜたら更に一日寝かせるんだ」


 レイシアはメモを取りながら頷いた。そうして灰と水を入れ、灰汁を作る準備をした。


「こいつは、ボアの脂身だ。まずはここからラードを作る。分量は脂身がこのくらいだね。ここにひたひたになるよりは少ない程度の水を入れて火にかけるんだよ。じっくりと煮ていくとアクが出てくるから丁寧に取り除くんだ。焦げ付かないように気をつけてな。お嬢様には難しいかねえ。やったら分かるがボアの脂身を煮るのはとにかく臭いんだよ。体中に臭いがしみ込むから誰もやりたがらないんだ。あんたも逃げ出すならそうするがいいさ。でも指導料は払っとくれよ。材料集めるのだって金がかかっているんだ」


 レイシアは「ああ」とうなずいた。新鮮なボアならそうでもないが、古いボアの脂は本当に臭くなる。石鹸用に大量の脂身を集めようとすると自然と古くなっているのだろう。


「師匠、ボアの脂は新鮮なもので作ってはダメなのでしょうか?」

「新鮮なものかい? そんなものが手に入るのならそれでもいいが、値段が高くなるねえ。昔から廃棄する脂身で作っているんだ」

「では準備しますね」


 レイシアはカバンからボアを一頭取り出すと、脂身の所だけをサッと切り分け残りをカバンにしまった。


「はい、これでいいですか?」

「は? えっ? ああ? ……。 今のは何だい! ボアが丸ごと⁈ い、いや、まあ脂身ならばなんでもいいさ。そいつを使おうか」


 おばあさんはひとしきり戸惑った後、分からなさ過ぎて気にしない事にした。理解できないものはないものと同じ。あるもので作ればいい。


「野外で煮るのは臭い対策なのですね。ではかまどに火を付けてっと」


 レイシアはおばあさんに見えないように魔法で火を着けた。鼻歌を歌いながら鍋をかき混ぜ火加減を調節し、アクを取る。火も起こせないだろうと高をくくっていたおばあさんは呆然と見つめていた。


「えらく手際がいいねえ。信じられないよ」

「お料理と一緒ですね。ラードづくりは料理の基本ですから」


「あんた貴族なのに料理をするのかい? 料理人を雇ってるんじゃないのかい?」

「料理長に仕込まれました。火加減が大事ですよね」

「おう。強火はいけないね。弱火でことこと煮るんだよ」


 あまりにも手際のよいレイシアのラード作りは速やかに終わり、今日できる作業はなくなってしまった。


「今日はここまでだね。こんなに早く終わるとは思ってなかったよ。そもそも途中で投げ出すと思っていたんだがねえ」


 石鹸作りなど興味を持ったのが貴族と聞いて、どうせ駄目だろうと思っていたおばあさん。レイシアの手際の良さに驚き、そして石鹸作りを伝えるのはこの子しかいないと確信した。


「後は明日くればいいさ。明日こさえて2~3日置いたら固まるさ。そうすりゃ出来上がりだ。今日はもうやれるこたあないさ」

「そうですか? ではお昼ご飯作りましょうか?」

「作ってくれるのかい? ああ、でもあたしゃ歯が悪くてね。固いものは食えないのさ」

「分かりました。支度しますね」


 レイシアはカバンから取り出した野菜のスープの具材を潰し、かまどで煮なおした。そしてふわふわパンを焼き、バターを乗せてテーブルに置いた。


「なんだい? これは」


 ふわふわパンを不思議そうにおばあさんは見つめた。


「パンですよ。柔らかいので食べられると思います」

「こいつがパンだって? 柔らかいパンなんて見たことも聞いたこともないが。貴族の食べ物かい?」

「王都の食べ物ですね」

「そうかい。いただくよ」


 おばあさんはスープに付けてからふわふわパンを口にした。


「何だい、このやわらかさは!」

「スープに付けずにそのまま食べてみて下さい」

「あ、ああ。……うまい! そのままでも噛めるじゃないかい! おまけにこのスープの味の濃さと言ったら。ああ。死ぬ前にこんな御馳走が食べられるとは思わなかったよ」


 レイシアはおばあさんが美味しそうにスープを飲んでいるのを見てこう提案した。


「パンは私がいないと作れないけど、スープなら孤児院でいつも食べているものとそんなに変わらないわ。よかったら、石鹸作り、孤児院で孤児と一緒にしてくれませんか? そうすれば、おいしいスープをいつでも食べられるようにできますし」


「孤児院でかい? まあどこでもやることは一緒だね。食事作りも手間っちゃあ手間だからね。……いやいや、移動が大変だね。ここからじゃあ行き返りは無理だね」


 おばあさんの話を聞きながら昼食を終え、レイシアは孤児院に向かった。

 神父様と話をし、おばあさんを教会の近くの空き家に引っ越しできるように手配をした。


 レイシアは、石鹸作りを学びながらおばあさんに引っ越しの提案をし、おばあさんは喜んで提案を受け入れた。


 半年ほど孤児と楽しく過ごしたおばあさんは、「最後にこの子たちと過ごせて、よい人生を送らせてもらったよ」と言い残しこの世を去った。レイシアとの出会いが一人の老婆の老後を救い、ターナー領での石鹸作りの技術の伝承を守ったのだった。

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