閑話 お茶会までのそれぞれの動き③
〈王子の場合〉
今日は月に一度のAクラスの補習。レイシアと俺は自分の研究テーマを発表する。俺は騎士団の改革へ向けての基本方針と手順について発表した。とにかく一度しかないチャンスだ。なんとしてもやり遂げなければならない。発表の後の質疑応答が相変わらず厳しい。シャルドネ先生もレイシアも痛い所をついてくる。だが、俺にとってはありがたい助言になっている。やはり一人で考えるより信頼できる者たちと話し合えるのは素晴らしいな。計画書に修正と加筆を書き入れた。
レイシアの発表は……はぁ? お茶会のやりかた? それ? 本気? そんなもの、執事やメイド長に任せればいいじゃないか。
「貴族コースの課題なのです。私には執事もメイド長もおりませんので。開催する屋敷や別荘もありませんから、準備が大変なのですよ」
そうか。まあ、聞いてから判断すればいいか。
「お茶会を開くために必要なもの。場所・ホストorホステス・給仕のためのメイド・上質なお茶とお菓子・共通の話題・そして参加者。まずはこれを整えなければいけません」
「そうですね。先ほどのアルフレッドとの会話では、場所もメイドもいないようですがどのようにするつもりでしょう」
シャルドネ先生がレイシアに尋ねた。
「ない物はほかにもあります。というかお茶は買う事がたやすいのですが他はなかなか。メイドはいつもいるサチとポエムだけです。さらに、高位貴族の出席は期待できない感じです。ですから、今回の発表はそこを踏まえてこれから行わなければいけないお茶会の計画を発表し、さらによいものへとするためのご意見を伺おうと思っています」
なるほど。一から新規事業を立ち上げるようなものか。それならば様々な事に応用が利く。俺はレイシアのお手並みを拝見することにした。
「まずは今回のお茶会のテーマですね。『本好きの法衣令嬢のためのお茶会』こんな感じにしようと思っています」
「まあ、いいのではないでしょうか。共通の話題があれば話に詰まることもないでしょう」
「そうだな。サロン的な感じか。同好の士であれば雰囲気も良くなるだろう」
「そこで、学生作家のイリア・ノベライツ様を特別ゲストとしてお呼びし、サイン会を開こうと思っています」
「サイン会はお茶会なのか?」
「まあ、トップクラスのサロンでのお茶会では、気に入った芸術家を呼ぶという事はたまに行われますが。イリア・ノベライツ、あの子ですか?」
「ご存じですか?」
「ええ。ゼミで行き場がなさそうだったから私のゼミに入れたのよ。もっとも自由に書きなさいってほったらかしにしているけど。たまに読んで添削してあげるくらいだから、ゼミ生って感じじゃないけどね」
イリア・ノベライツ、あの平民みたいな先輩か。
「イリアをゲストにするのなら、あの服装や喋り方ではだめだ」
俺はレイシアに注意をした。
「お茶会は雰囲気をとても大切にする。いくら才能のある作家でも、平民のような恰好では場にそぐわない。出来る限りの上質なドレスを着させろ。そして喋らせるな。もし話すのであれば単語だけだ。ごきげんようとかありがとうとか。文にするな。単語で話させろ。できるだけお上品にだ」
「そうですね。レイシア、アルフレッドの言う通りです。あの子をそのまま出すのはマイナスです」
レイシアは顔を輝かせた。
「さすがアルフレッド様。ありがとうございます」
お、おう。レイシアに褒められたの、初めてかも知れない。
「これで共通の話題と参加者を募るための基盤ができました。次に場所と給仕のためのメイドです。こちらをご覧ください」
レイシアが大きめの紙を広げた。そこには建物の展開図とラフな内装のスケッチ。そして、メイドたちが給仕を行っているイメージ画があった。
「こちらは平民街にある『黒猫甘味堂』という喫茶店です。普段から給仕はメイド姿でお客様の対応をしている他にはない特別な喫茶店。メイド喫茶黒猫甘味堂。このスタイルは特許として私が権利を持っています」
特許だって? レイシア、何考えているんだ!
「まあ、特許と言いましても一店舗だけしかありませんからそこまで凄いものではないのですが」
待て待て待て! 特許だぞ! 凄いものでないってそんなわけないだろう!
「客席数、最大40名。今回は20名程度を予定し、広々とした空間で優雅なお茶会を開こうかと思っております」
絵だけで判断するなら、この感じならお茶会の会場として文句はないが。
「レイシア、平民街で行うのはどうなのでしょう? どうやってゲストの皆様はそこまで行くのですか? 法衣とは言え貴族にとっての平民街は、門を通るのも
「そこに関しましては、学園に集合してもらいこちらが用意した馬車で送り迎えして頂こうかと考えております」
「う~ん。どうかしら。平民街ではねえ。馬鹿にされたと思われるかもしれないわね」
「そこはもてなし方でカバーできれば何とかなるとおもうのですが」
「いいわ、進めて」
平民街か。俺はむしろ興味あるんだよな。レイシアが普段過ごしているという場所だしな。
「おもてなしに欠かせないのはおいしいお菓子。今回は、こちらをご用意しました」
カバンからクッキーの入ったお皿をとティーセットを出し、優雅な感じで紅茶を注いだ。
「こちらは、サクランボのジャムを乗せたサクサククッキーです」
「サクランボのジャムだと!」
俺は叫んだ。去年一度だけ出た幻のジャム。姉が気に入ってほとんど回ってこなかったあの幻のジャムか!
「こちらがご試食用に用意いたしました。紅茶と共にお召し上がりください」
俺の叫びを無視したかのように平然とお茶を勧めるレイシア。そうだな、落ち着こう。言われるがままクッキーを頬張った。
サクッと言う音と共にホロホロと崩れ、バターの濃厚な香りが口いっぱいに広がる。その後、舌の上にジャムが当たり、甘酸っぱい独特の風味が踊る。
サクサクサクと快音を鳴らしながら砕けていくクッキーは、ジャムと混ざりながら甘味と酸味とバターの風味と塩味、そして小麦粉のうまさがとろけ合い、やがて喉の奥に消えていった。静かに紅茶を飲むと、口の中に残ったジャムの香りと紅茶の香りが混ざり合い、芳香というべき豊かな香りが鼻の先に抜けていった。
「うまい!」
「おいしいですね。これほどのお菓子と紅茶、いままで食したことがありません」
先生の言うとおりだ。けして甘ったるい感じはしないのだがうまい。甘さはここまで控えめでもいいのか。
「お気に召したようで何よりです。当日はこのほかにあと二品用意しようと思っています。このクッキーは前座ですね」
前座だと! このクッキーが! なんだ? 何を出すんだ!
「まあ、他は当日まで内緒ということで」
「出せ!」
「は?」
「いいから試食させろ! どうせそのカバンに入っているんだろう?」
「ダメです。1つは干しブドウですから珍しいものでもないし、もう一つのお菓子は特許で製法が守られているお菓子なのです。特許取得者とお店に投資している方と私で、貴族街には適切な時期が来るまで持ち込まないと約束しているのです」
「なんだと。また特許か」
「はい」
「どんなお菓子なんだ?」
「お菓子ですか? 柔らかく口当たりのいいふわふわのパンに」
「ふわふわのパンだと? なんだそれは」
「特許ですので。ふわふわの温かいパンにバターを載せるとバターがスーッと溶けるのです」
「うまそうだな」
「そこに蜂蜜をこれでもかと惜しみなくかけると、パンが蜂蜜をスーッと吸い込み、バターの塩気とハチミツの甘さが溶け合う素晴らしいハーモニーが奏でられます」
(ゴクリ)
「そこに生クリームを流すようにかけると、穢れのない白さが見た目にも美しい最高のお菓子、『ふわふわハニーバター生クリーム添え』が完成します」
「レイシア、俺をお茶会に呼べ!」
話を聞いただけでもうまいに決まっている! なんとしてでも食べたい!
「無理です! 王子が来たらお茶会のコンセプトが無茶苦茶になります!」
それがどうした。俺にもよこせ!
「だったらどこで食べられるんだ?」
「メイド喫茶黒猫甘味堂の看板商品なので、黒猫甘味堂でならいつでもお出ししていますよ」
「そうか。では連れていけ!」
「無理です! 王子を平民街に連れて行けるわけないじゃないですか! それにメイド喫茶黒猫甘味堂は女性専用のお店です。男子禁制なのです。従業員も全員女性なのですから」
「何だと。では、俺がそのお菓子を食べるのは……」
「無理ですね」
これだけお菓子について聞かせてお預けかよ! おれはまだ見ぬお菓子「ふわふわハニーバター、生クリーム添え」について頭がいっぱいになった。レイシアと先生がお茶会について意見を言い合っているが、もうどうでもいい。お菓子。俺のふわふわハニーバター、生クリーム添え~!
「じゃあ、昼食にしましょうか。レイシアお願いね」
今日はレイシアの料理を味わえる月に一度の日。でも頭の中でふわふわハニーバター、生クリーム添えが離れることなく渦巻いているため、いつものように料理を味わうことができなかった。あ~もったいない!
その後、レイシアに会うたび「お茶会に呼んでくれ」と頼んでいた結果、レイシアのお茶会は王子が出たがるほどのお茶会らしいという噂が巻き立っていくのだが、それはまた別の話だ。
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