ビジネス作法 ①

「今日は商売の基礎と特許について解説しましょう」


 ビジネス作法の授業で特許の説明が来た! レイシアはいつもに増して授業に集中した。


「特許とは、神との契約です。教会は古き良き伝統を守ることを良しとしていますが、商いの神ヘルメス様は新しい技術や考え方を受け入れる神なのです。商売の基本は『信用』『品質』『価格設定』『流行』そして『投資』です。1つずつ見ていきましょう」


 生徒たちは真剣に聞き入っている。


「まず信用。これは簡単に獲得できるものではありません。逆に失うのは一瞬です。信用を失えば商売は成り立たなくなるのは分かりますか? その信用を得るためにビジネス作法があるのです。言葉遣いひとつで信用を失う事があるのですよ。お店の掃除、店員の身だしなみ、そう言う一つ一つが店の信用を高めたり落としたりします。分かりますか? 去年のレイシアのような『旦那ぁ、ひとつよろしく頼んまっさぁ』などという会話は、下町の平民相手ならいざ知らず、貴族相手では信用を失うのです。分かりますよね」


 生徒たちはぶんぶんと首を縦に振った。


「その信用を得るために、『品質』『価格設定』『流行』が大事になってくるのです」


 教師は黒板に大きく『品質』『価格設定』『流行』と書いた。


「品質。これは高めれば高めるほどよいというものでもありません」


「高い方がいいのではないのですか?」


 生徒の一人が声を上げた。それに頷く他の生徒は多い。


「そうですね。そのように思いがちです。しかしそこに『価格設定』の問題が出てきます。たとえば、みなさんが最高級のレストランに入って食事をしようとします。ワイン一瓶金貨1枚、もちろん最高級のワインですので適正価格です。どうですか? 料理どころかワインも頼めないでしょう?」


 教師はそう言うと、ほぼ法衣貴族の生徒たちを見渡した。


「品質は、その生活レベルに似合ったものでなければいけないのです。下町では低品質でも安いものが好まれる。法衣貴族、男爵家、子爵家、伯爵家以上、それぞれ適正な品質と価格帯があるのですよ。高くてよいものと一口に言っても、要求されるレベルはそれぞれなのです。法衣貴族が考える最高級は伯爵家では普段使い程度なのです」


 生徒たちはなんとなく思っていたことをはっきりと語られ、一部の者はショックを受けていた。レイシアは、(そうね。うちで使うものとオヤマーのお祖母様の持ち物は数十倍ちがうわね)と思っていた。


「店ごとにどの様なお客様をターゲットにするのか変わってきます。お店によっては、同じ商品でも高く価格設定した方が好まれるお店もあります。なぜなら、そのお店には金に卑しい客が来なくなるからです。例えば紅茶一杯を銅貨5枚で出すお店と小銀貨1枚で出すお店と小銀貨5枚で出すお店があります。あなた達ならどのお店に行っていますか?」


 そう言って、それぞれの金額を言いながら手を上げさせた。


「そうですね。ばらばらです。これが適正価格というものですね。小銀貨5枚のお店に通っている者にとっては安い店は小汚くうるさい様に感じますし、逆であれば敷居が高いのです。お客様の着ている服装や身分が変わるのはイメージできるでしょうか?」


 生徒たちが頷いた。レイシアは(制服ってすごいな。お祖父様と会う時でも安い店でも制服ならOKだし)とどうでもいいことを考えていた。


「しかし、同じものだけでは飽きられる。また、ドレスなどはスタンダードだけでは何着も売れなくなる。そこで流行というものが大切になるわけですね。流行は『季節』単位と『年』単位が大切になってきます。色であれば、夏は涼し気な寒色、冬は暖色が好まれる傾向があります。また柄であれば季節を取り入れたものが流行る訳です」


 花の名前などを出しながら説明が行われると、非常に分かりやすくなった。


「問題は年毎の流行です。今年の流行はいつ決まると思いますか?」

「今年の流行は今年決まるのではないのですか?」

「では手を上げましょうか。今年決まると思う人」


 半分くらいの生徒が手を上げた。ほぼ男子だ。


「さすが男子ですね。ドレスの事を分かっていない。いいですか? ドレスは半年前にオーダーしないと仕上がってこないものなのです。物によっては半年でも遅いほどです。毎年毎年大量の発注を受けてお得意様の分を作りながら新たな顧客を抱える。職人の数は限りがあるのです」


「では、半年前に決まるのですか?」


「それでは遅いのです。なぜなら布を織る時間、染める時間、柄物であればどれほどの時間がかかるか。つまり、ドレス業界は5~6年前から今年の流行を予想して仕込んでいるのです。今年は6年後の流行について話し合っているのです」


 気の長い話なのだが、この位の時間が無ければ大量のドレスなど作れないのが現実。


「貴族のお嬢様、奥様方は、5年も前に考えられたものを『最新の流行』と争っているのですが、デザイナーにしてみたら5年前に終わった流行なのですよ。おっと、この話はここだけにして下さいね。よい商人は口が堅くないといけませんよ」


 威圧をかけながら教師は続けた。


「それらを実行するために必要なもの、それが投資です。信用を得るためには店構えを常によい状態に保つ。店員に気持ちよく働いてもらうために給料を適正に出す。職人から買いたたかない。情報を素早く手にするために付け届けを怠らない。よい人材を引き抜く。イベントを行う。全てお金がかかります。しかし、それを投資と考え実行することで『信用』が生まれてくるのです。信用は『物・金・人』によって出来てくるものです。出る金を惜しんではいけません。流通させることで大きくなって戻ってくるのです」


 レイシアは経済の基本を学んでいたが、こうして本だけでなく教師を通して聞くことで知識が定着していくのを感じた。


「さて、流行を超えるもの。それが特許になります」


 教師は声を改めて特許についての説明を始めた。


「特許とは今までなかった物や技術に対し、神が祝福を与えたものです。先ほど言いましたが、流行は5年前に作られるものです。ですが特許はいきなり訪れ流行を変えていく、そのような暴力的な力があります」


 暴力的という言葉に生徒たちは反応した。


「例えば、数年前に特許が認められた『握り飯』皆さんも食べたことがあるでしょう。それまで『米玉』として今一つ人気のなかった米が、握り飯によって爆発的なブームになったのは覚えていますね。それにより米の消費量が増え米の値段が跳ね上がりました。逆に麦の値段が下がりました。幸い、米の流通量が少なかったため影響はさほどなかったのですが、もし制限なく米が流通していたら麦を扱う商会は大ダメージを受けたことでしょう」


 レイシアの血の気が引いた。握り飯にそんな影響があったとは思ってもいなかったからだ。


「現在はブームも落ち着き麦・米ともに価格が落ち着いていますが、米の値段は特許以前に比べて5倍程上がっています。それによって、米酒の値段も跳ね上がりました。そして米酒は酒としての信用も上がりました。それまでの米のイメージを変えてしまったからです。この様に特許というものはいきなり現れ経済を変えていく、我々の想像を超えた諸刃の剣のようなものです」

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