閑話 レイシア・ターナー(14歳)

  貴族って……何?


 立派なドレスを着て、足の痛くなる靴を履いて、それで人間的にどうなるって言うの? 意味のない自慢話と、他人の悪口。冷たい食事。自由に料理も出来ない。

 ドレスにまで爵位で使える素材が違う。それがどうしたって言うのかな。くだらない。



 騎士って何?


 私のサチとポエムさんにあんないやらしい事を言って! ああ、思い出すだけでもイラっと来るわ。特にあの人事部長! 手加減なんかいらなかったよね。もっとちゃんとやればよかった。あの程度で止めるんじゃなかったよ。

 そうね。今手伝っている騎士コースの一年生にはあんな騎士にならないように教えよう! 女性に優しい騎士になるように徹底的に教え込もう! 



 それにしても、貴族社会は分からないことだらけだわ。バリュー先生もそこら辺は避けていたし……。クリシュが学園に入ったら、あの子大丈夫かな。心配だわ。


 そうね。お祖父様に相談してみようかな。



「そうだな。お前の所は極端に貴族同士の結びつきが薄いからな」


 知ってる。でも困らなかったの。


「では、儂が預かろうか? 夏と冬の社交の季節に」


 私が行かなかったあれ?


「ああ。だが貴族同士のつながりは大切だ。特に領主候補はな。誰も知り合いのいないまま学園に入学して困るのは分かっているだろう。お前は女同士でナルシアと上手くいかなかったが、クリシュは男だ。儂が面倒みるならどうだ?」


 う~ん。お祖父様とならなんとかなるかな?


「もうすぐ10歳になるだろう? 貴族の子は入学準備を始める年だ。早ければ早いほど入りやすくなるぞ」

「今年は誕生日が過ぎて9歳ですが……。そうですね。勧めてみます」


「ああ。儂が言うよりスムーズに運ぶだろう。もちろんクリフト・ターナー宛に手紙は出しておこう」

「ありがとうございます」


 私はお礼を言った。しかし、お祖父様は続けてこう提案してきた。


「ただしレイシア、お前は一緒にいない方がいい」

「は?」


「お前の学園での振る舞いは聞いておる。平民を目指すお前はそれでもいいが、クリシュは領主候補だ。幸い、お前が卒業してから入学するのだから、お前の影響は少ない方がいい。貴族相手の社交を学ばせるとき、レイシア、お前は邪魔になる」


 私邪魔なの? クリシュの役に立たない⁈


「お前も貴族として生きる覚悟があるなら一緒でもよい。その気がないのなら邪魔になる。それだけは儂ははっきりと言ってやろう。貴族とはそういうものだ」


 お祖父様は真剣な顔だった。貴族にならない私はクリシュにとって邪魔な存在。そうか。そうなのね。


「お前は貴族を知らなすぎるのだ。レイシア。学園できちんと貴族というもの、貴族の常識を学び直しなさい。お前の事は商売人として、また冒険者としては認めているんだからな」


 私はどうしたらいいの? そうね。知識は裏切らない。貴族にならないにしても学ぶ事に無駄はないわ。


「話は変わるが、あのメイドの喫茶店、オヤマーにも出店しないか?」

「黒猫甘味堂ですか?」


「ああ。あのシステムはとても良い。女性だけで運営し、女性のお客が盛り上げる。まったく新しい動きが起きているんだ。どうしても平民ができる女性の仕事も、女性のための娯楽も今まではほとんどなかったのだ。そこに風穴を開けたのだよ。あの喫茶店は。男も女も同じだけの数がいるのにおかしいとは思わなかった。それは場が無かったからだ。どうだ? 女性の救世主になる気はないか?」


 お祖父様、話が大きくなっています。

「黒猫甘味堂は、私の物ではありませんし、私の手はとっくに離れていると思うのですが」


「ああ。だがお前が関わるべきだと思っておるし、お前のためになると思っている。それに、成功させるためにはレイシア、お前が必要だ。店長たちと話し合ってみてくれ」

「分かりました。あ、こちらからも1つ」

「なんだ?」


「ポエムさんを冒険者として登録し、早くCランクまで上げた方がいいと冒険者コースのククリ先生から言われました」

「ほう。なぜだ?」


「目立ち過ぎたそうです。引き抜きなど合わぬように身分をつけた方がよいと」

「そうか」


「子爵のメイドでは立場が弱いとおっしゃっていました。Cランク冒険者であれば王家だろうが手が出せないと。私とサチの『ブラックキャッツ』に混ぜとけ、とも」

「分かった。お前たちに任そう」


 連絡事項はこれで全てね。それにしてもクリシュか。立派なお姉様になるために貴族の勉強頑張ってみるか。



 ……やっぱり、貴族は合わないや。


 言葉遣いも、裏の意味を使う言い回しも、嫌味の言い方も意識すれば難しくはなかった。


 だからと言って、人間関係がスムーズに流れるわけはないよね。


 メンドクサイナ。


 ダンスの時間、王子を独占している私にはきつい視線が飛んでくる。


「なんで他の方と踊らないのでしょうか?」

「お前が他の男と踊らないからだ。レイシア」


 そう。だれも私を選ばない。授業では女性からダンスを申し込めないルール。男性の方の数が多いため補助で数合わせをしている。王子はいつも最後まで指名しない。私はいつも最後まで誰も指名しない。必然的に王子とばかり踊ることになる。


「王子が最初に指名すればいいのでは? そうすれば皆様喜びますわ」

「そんなことをしたら面倒くさい状況になるのは分かっているだろう、レイシア」


 そう。女子に順位をつけてはいけない。ゆえに最後にしているのは先生たちの配慮。でも、ここまでになると逆効果じゃないの?


「まあ、俺としては楽でいい」

「私は大変なんですよ。ほら、冷たい視線が」

「気にしてないんだろう? 大体女子どもが頭悪いだけだ。派閥を超えて打ち合わせをし、男子に申し入れをしてお前の相手を見つくろえば順番に俺と組むことができるだろうに。俺は最後に残った奴と踊るだけだ。お前と踊っているのは、つまりはここにいる者の総意ということになる」


 メンドクサイナ! 本当にバカばっかり。


「それに、お前の運動能力のせいでステップがどんどん高度になっているんだ。ちょっと上手な1年生がお前の踊りと比べられたら、恥をかくことになるのは自覚している? 俺の足を踏もうとしてステップがどんどん早く複雑になっているだろ。お前の相手が出来る男も俺くらいしかいないんだ。あきらめろ」


 不条理だ。一曲終わってパートナーチェンジ。またあぶれた私に王子がエスコートに来た。授業なので仕方なく王子の手を取った。「またあの子」「ずるい」そんなざわめきは聞き飽きた。王子いらないから誰か持って行って!


 そう言う訳にも行かず、授業で減点されないように貴族らしい笑顔を張り付け、カテーシーをしてから王子と抱き合うように組んだ。


 ああ、メンドクサイナ。それでもクリシュのため、ステキなお姉様になるため、私は真面目にダンスを踊った。結局今日も王子の足は踏めなかった。

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