閑話 店主の動揺 ③
翌日店に行くと、昨日の少女がもう来ていた。少女はきれいな挨拶で、レイシア・ターナーと名乗った。
………………そこからの行動がおかしかった!
一瞬で着替えたかと思うと、ありえない速さと正確さで掃除を終え、失敗パンの改良点をあげ始め、クリームでお皿に芸術的な花の絵を描いていた。
「じゃあ店長、毎回この飾り付けで作って下さいね」
彼女の無茶な注文に、僕はただ一言「無理」と答えるのが精一杯だった。
「簡単ですよ。ほら、ここで手首をひねりながらクルっと……」
「ごめん、クリームは絵を描かずにかけるだけにして! でなければ無しで!」
僕は店長として彼女の提案を却下した。
「仕方がありませんね。ではお茶の入れ方を」
「は?」
「店長のお茶の入れ方では、お茶の葉の良さを殺しています」
そう言うと、丁寧な手つきで紅茶を入れ、僕に差しだした。
「どうぞ、お確かめください」
これでも、学生時代にバイト先のマスターから厳しく仕込まれた僕に味を確かめろだと? 少しむっとしながら紅茶を飲んだ。
「旨い……。なぜ?」
「店長の入れるお湯の温度は少しだけ高いのです。それと、注ぐときはより空気に触れさせるようにすると味が柔らかくなると言われています」
「そうか。僕もまだまだなのか」
「いえ、充分できていますわ。しかし、メイド道には終わりがないのです。紅茶道にも」
そんなことをしているうちに開店時間になった。
…………
…………
お客が来ない。
紅茶の入れ方をレクチャーされた。
どっちがバイトなのだろう。そんな気分になった。
…………
…………
いや、クリームの花の描き方はレクチャーしなくていいから! 残念そうな顔しない!
…………
…………
紅茶の入れ方、及第点もらえた。って、いいのかそれで。
カラン。 ドアベルが鳴った。彼女、レイシアが厨房から店へ向かった。
「いらっしゃいませ、お嬢様。どうぞごゆっくりおくつろぎ下さいませ」
どこ? 高級レストランでもしない挨拶をバイトのレイシアが始めた。
戸惑っているよ、常連のメイちゃん。彼女は本を読むためにティーセットで2時間居座る子。それでも大切なお客様なんだけど、お嬢様? 大丈夫メイちゃん。
「本日は黒猫甘味堂へようこそいらっしゃいませ。こちらがメニューになります。わたくしからのおすすめはこちらの『ふわふわハニーバター、生クリーム添えセット』でございますが、いかがでしょうか」
さり気なく、新商品押し付けている! その子いつもティーセットだから! 高いのダメ! あ~ 頼んじゃったよ。
◇
なんか、気に入ったみたいだから良しとするか。
メイちゃん、本読まなくていいの?
レイシアとメイちゃん、なにか話をしている。
「お気に召しましたでしょか?」
「はい! こんな素晴らしい料理初めてです。あの、あなたはいつからこのお店に?」
「今日からですわ」
「毎日いるの?」
「いえ、私は学生のアルバイトですので土日だけですね。でも……」
「どうしたの?」
「もし、ひと月お客様が増えなければ、このお店閉店してしまうのです。あ、すみません。お客様に話すことではありませんでした」
なにしれっと閉店とか言っているの?
「繁盛すればいいのね! このメニューは平日も出せるの⁉」
「はい。紅茶は店長が入れるので少しだけクオリティは落ちますが」
えっ、ディスられている? さっき及第点貰ったよね。まだなの?
「呼ぶ‼ お客さんを連れてくる! あなたは心配せず私をお嬢様にして!!」
どういうこと⁉ お嬢様? メイちゃんは本も読まずに駆け出して行った。
◇
すぐに次のお客様が来た。若いカップル。仲よさそうに手をつないで入ってきた。
「いらっしゃいませ、お嬢様」
レイシアは女性をエスコートして、女性だけに見える様に笑顔でイスにすわらせた。
「どうぞ」
男性にはそっけなく、女性の向かいのイスに案内した。
接客は、常に女性には笑顔で、男性にはそっけなく対応していた。デレとツン? デレツン?
◇
閉店間際、僕はレイシアに聞いた。
「どうして女性にばかり笑顔で、男性には笑顔を見せないの?」
「メイドの基本ですわ」
レイシアは、なにをいまさら、と言う感じで答えた。
「男性がメイドを注視すれば、相手の女性は不機嫌になります。また、立場の弱いメイドは男性に色目を使われると仕事がスムーズに動かなくなるのですよ。メイドの仕事の中心は、奥様方、お嬢様方に、心地よく過ごして頂くことです。そうすれば男性も安心した社交が出来るのです。ですから男性は放っておくのが最適解なのですよ」
よく分からないが、なんとなく筋が通っているので好きにさせていた。
◇
この時は一か月後、土日は男性が怖がって来なくなるほど、女性であふれる店になるとは思いもよらなかった。やがて、黒猫甘味堂は男性は入れない店と評判が立つようになる。
どうしてこうなった?
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