入学式の日の夕方

 お祖父様の馬車が女子寮の前に着いた。


「さあ、レイシア。着いたぞ。また会いに来てもいいかい?」


 お祖父様がそう言うと、レイシアはあわてて「ここじゃないです!」と言った。


「ここが学院の女子寮のはずだが」

「ええ、ここが女子寮でございますわ」


 レイシアがもう一度「違うんです」と否定した。


「ここは貴族街ですよね。私がいるのは平民街の3番地職人通り裏にある寮です」

「職人通りだと! なぜそんな所に」


 お祖父様は怒るように言った。


「とにかく、今はそちらに送ってください」

「お前……。レイシア、うちに住まないか?」

「いいえ、寮に戻りたいんです」

「とは言うものの」


 ノエルが助け船をだした。


「旦那様、今日の所はレイシア様を寮に送りましょう。寮の件は明日にでも学園側に問いただせばいいのです。レイシア様もいろいろあってお疲れでしょう。今日はレイシア様のご希望通り致してください」

「そうじゃな。……心配だがそうするしかあるまい。ではそちらに向かえ」


 馭者ぎょしゃは慣れない平民街を、道をたずねながら寮に向かった。


◇◇◇


 その少し前。寮にたどり着いたイリアはゼーハーいいながらカンナに水をもらっていた。


「何があったんだい? そんなに息を切らしてさ」


「いや~。いいネタ貰った!」


 にこやかな顔で親指を前に差し出すイリア。


「新入生の王子が、レイシアを名指しで誉めたんだよ。周りのお嬢様達の嫉妬と恨みがましい目線がこうゾクゾクしててさ、レイシア逃がしてきたよ。いや~いいもの見た!」

「レイシアが王子に誉められたって⁉ 今度はなにをやらかしたんだい!」


「制服着てだだけさ。やらかしたのは王子のほう。カンナさん、これから執筆に入るからご飯までほっといて。こういうのは鮮度が命なんだ」

「ちょっと待った! レイシアはパーティーに行きそうかい?」

 

「いや、帰ってくるよ。あれは無理! これからパーティー行ったら針のむしろさ。帰ってくるように言っておいた」

「そうかい。なら、お祝いしてやらないとね。ちょっと食料仕込んでくるよ」


 カンナはそう言って出かけることにした。


「じゃあ、部屋に籠るの無しか。いいよ、ここで書いてるから。いってらっしゃい」


 イリアは台所で執筆するため、道具を取りに一旦部屋に戻った。




「帰ったよ。どうだい、レイシアは帰ってきたかい?」

「カンナさん、おかえり~。誰も来なかったよ」

「そうかい。じゃあ、帰ってきたら肉を焼くよ。」


 そこへ、ここらでは似つかわない、黒塗りの貴族の馬車が寮の前に止まった。

 中から、メイドと立派な貴族、そしてレイシアが出てきた。


(なぜレイシアが馬車で送られてくるんだい?)


 カンナは口を開けたままその光景を見ていた。


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