初めてのお買い物

 レイシアが帰って来たので、逃げるように教会から出たアリシア。レイシアとメイド、従者らと一緒に歩いて商業地区へ行った。


 店が並ぶ手前では、バザールのように露店が並んでいる。いつもは馬車で大通りを行き来しているレイシアにとって、商業地区は初めて目にした光景だ。レイシアは頭の中で、[素敵なお姉さま計画]に買い物の項目を増やした。


「欲しい物があったら言ってね」


「分かりました。うーん、このトマト今一つね。あっ、こっちのネギは太くてみずみずしい。お母様、このネギ買いましょう。ネギがあるならメニューは……」


 露店にて、料理人の血が騒ぐレイシア。目がキラキラとしている。


 アリシアは、そんな娘の姿を見て、


 (初めての買い物がネギでいいの? ダメよレイシア。初めての買い物は、カワイイお菓子とか小物とか、ぬいぐるみやマスコットじゃないと。あぁ、従者がネギ買ってる)


と、慌ててレイシアの手を引いてこの場を離れた。ネギはカウントしないことにした。



「さあ、ここが女の子に人気のお店よ。2階は宝飾品を売ってるけど、1階はブローチやネックレスのような小物を売っているわ。ぬいぐるみとかもあるのよ」


 なんとか女の子のお買い物をさせようと頑張るアリシア。なんか興味なさそうなレイシア。


「ほら、これなんかかわいいわ。レイシア、つけてみたら?」


「そうですか?」


 一応気を遣うレイシア。心の中では


 (そんなの付けたら仕事の邪魔。何がそんなにいいのか分かんない)


と、そんな感じでスルーする。噛み合わない母娘ふたり。通じ合えない心と心趣味と実益。母は娘を甘やかしたいだけなのに。娘はどうせならよく切れる包丁とか、新しいエプロンとかが欲しいだけなのに。


 (この店に私の欲しいものはない)


そう諦めかけた時、レイシアは、黒猫のぬいぐるみを見つけた。


「お母様、これ。これが欲しいです」


 諦めかけていたアリシアに希望の光が照らし出された。


「それよ!、レイシア。それを買いましょう」


 重なり合った二人の思い。このぬいぐるみを持って寝る姿はカワイイはず。


「すみません。プレゼントなのでリボン掛けて貰えますか?」


「えっ! あなたのじゃないの?」


「この子は弟のクリシュにピッタリだと思いませんか? お母様」


 微妙にかみ合ってなかった。


 ぬいぐるみを持って寝る、レイシアの姿を想像したアリシア。

 ぬいぐるみを持って寝る、クリシュの姿を想像したレイシア。


惜しい! 


 ニコニコと受け取るレイシアを見ながら、(この娘は物欲がないの? それとも、思考がオヤジ臭くなってしまったの?)となやんだ。


「あなたの欲しいものはないの?」


頑張って声をかけたが、


「もう十分ですわ。お母様。クリシュ喜んでくれますよね」


と、そっけない。


「えっ、ええ、喜ぶと思うわ」


 アリシアは諦めた。

 結局、レイシアの初めてのお買い物は、「ネギ」と「弟へのプレゼント[黒猫のぬいぐるみ]」と言う、アリシアにとってはとても残念な結果になってしまった。。


その後、ランチを食べて家に帰った。



 夕食の後、アリシアの部屋でアリシアとレイシアは二人きりで過ごした。


「レイシア、私は昨日から驚きっぱなしよ。お迎えパーティーに今日のお出かけ。一番は、あなたの成長よ」


「私の成長ですか?」


「そう。私がここを離れたとき、あなたは5歳の誕生日を迎えた後。初めてのお出かけで目を輝かせて疲れて寝たのを覚えているわ。それが、今ではパーティーを主催するほど賢くなっているのよ。驚いたわ。私がいない間、一体どんな生活をしていたの?」


 レイシアは、今まであったことを話した。サチとの出会い。孤児院での日常。素敵なお姉さま計画。神父様との勉強。料理長とのやり取り。メイド長との特訓。聞きながらアリシアは頭を抱えた。


「レイシア、あなたはそんなに頑張らなくていいの。あなたはもっと子供らしく、いえ、あなたらしく育っていいの。弟のためでなくあなたのために生きていいのよ。そうね。土日は料理長やメイド長でなく私と過ごしましょう。女の子の楽しみ方を教えてあげるわ」


 レイシアは困惑している。


 (子供らしくって? 私らしくって何? 土日にお母様といられるのは嬉しいけれど、料理もメイドの修行も好き。何かおかしいのかな?)


 もやもやとした気持ちを持ったまま、その日はお母様とベッドで寝たのだった。

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