図書室にて

 レイシアは、(昨日はお父様にお母様を預けたから、今日は私が独り占めしてもいい日ね)、と朝からワクワクしていた。だけど……


 朝食を食べようと食堂に行ったら、お父様もお母様もいなかった。料理長もメイド長もいなかった。仕方がないから一人で食べた。


 (うん。今日の味付けはシムね。味がボンヤリしてる。塩胡椒の振り方が均一じゃないから……。切り方も雑ね。丁寧さが身につけば見習い卒業なのに)


などと、一人前の料理人として、元先輩(今じゃ立場が逆転)の心配をしながら一人で食べた。



 (何やら難しい話し合いが終わって、みんな疲れているようね。こんな時は、ほんの少しだけいつもより甘めに味つけるといいわ。そうね、ジャムはブルーベリーにしてね。分かった? シム)


 調理場でシムを指導し始めるレイシア。お母様に早く元気になってもらいたかった。



 やっとお母様と二人きりになれた。お母様も朝食を取り落ち着いたようだ。


「昨日はありがとう、レイシア。あなたがあのパーティー考えてくれたの?」


「うん。お父様に任せたらなんにもしないと思ったので、みんなと一緒に頑張ったんだよ」


 信用のないお父様……


「ありがとう。とっても嬉しかったわ。あんなに楽しかったパーティー初めてよ。じゃあ、今日はお礼にレイシアのしたいことをしましょう。なんでも言ってちょうだい」


 アリシアに褒められて気分が上がる。楽しんで貰えたことがとても嬉しい。お母様がここにいることが嬉しい。


「お母様と温泉に行きたいです。お母様の疲れを取って、今日はゆっくりお話がしたいです。だめですか?」


「いいわよ。それじゃあ今日は、温泉に行って、そうね、教会にも寄りましょうか。その後お買い物して帰りましょう。外でランチをするのも良いわね」


「買い物? ですか?」


 レイシアは、買い物のイメージがなかった。


「あら、レイシアは買い物したことがなかった? じゃあよい機会ね。一緒に楽しみましょう」


 レイシアは、買い物とはなにかよく分からなかったが、その分、胸のドキドキが高鳴った。



 温泉に浸かりながら、お母様はレイシアにこの一年半どんな風に過ごしていたのかたずねた。


「素敵なお姉さま計画を立てて頑張っていました」


 ニコニコとレイシアは答えた。


「素敵なお姉さま計画ってなあに?」


「素敵なお姉さま計画は、私が弟のクリシュのために、どんなお世話でもこなせるよう、日々努力するために作ったプログラムです」


 どうだとばかりに胸を張るレイシア。でもアリシアはよく分からない。


「頑張ったのね。それで素敵な……」


「あっ、お母様、そろそろ上がってもいい?そろそろ限界みたい」


 そう言って脱衣場に行くレイシア。メイドのポエムもついて行く。


 アリシアは、モヤモヤしながらも温泉を上がった。



 教会に行ってお祈りをした。

 レイシアは、お母様のお迎えのために最近来ていなかったからと、孤児院へ顔を出しに行った。


「お母様は来ちゃだめです。孤児院なのですから。新入りが来たのでいろいろ大変なんです。私はみんなのお姉さまなのですから」


 そう言って一人で孤児院に向かった。アリシアにとっては好都合。神父にレイシアの今までの生活がどうだったか聞こうと思っていたから。


「素晴らしい生徒ですよ。レイシア様は」


 神父はアリシアを図書室に連れて行きながら話した。


「素敵なお姉さま計画を立てたレイシア様は、わずか2ヶ月で読み書きと、四則演算と、基本マナーをマスターしました。孤児であればそこまでで十分なのですが。それからはこの図書室で自由な発想のもと学び続けています」


 そう言ってドアを開けた。中には田舎の教会とは思えない程の蔵書があった。


「元から教会にあった神殿関係本はこの位でしたが」


 神父は手を広げて棚を指し示す。


「こちらが、私の蔵書とクリフト様がご友人達から頂いた、もう使わない学園時代の教科書や参考書。いらなくなった趣味の本。そういった、捨てられる本を提供頂いた蔵書の数々です。最近では、中央から、売れ残った本や不要になった試作本が送られて来ることもあります。平民の識字率を上げる実験として注目されているようです。レイシア様は、ここで平日読書と勉強をしていますので、学園の2年生位の座学の知識は、一年程で学び終えました。今はファンタジー小説にハマっているみたいです。内容より、魔法の使い方の、オリジナリティな考え方に興味があるみたいですね」


 アリシアは、頭を抱えた。だって娘は6歳。なんで学園の基礎学全部終わっているの⁉ おかしくない? 


「皆さん、一体娘をどうしようとしているんですか」


 静かな声だが狼狽えている。いや、怒っているのかもしれない。


「私の娘はまだ6歳なのよ。一年半前は、なんにも知らない無垢な子供だったのに。何してるの、あなた達は」


 アリシアは、理解不能な娘の成長にどう対処していいか分からない。しかし、神父はそんなアリシアに非情な真実を伝えた。


「それはアリシア様が一年半前レイシア様に、『素敵なお姉さまになるように頑張ってね』と仰ったからですよ」


 アリシアは、(そんなこと言ったかしら)と、ゆっくりと記憶を探った。


〈コピペ〉

「……おかあさま、いなくなっちゃうの?」


「ちゃんと帰ってくるわ。その時は赤ちゃんも一緒よ」


「赤ちゃん……」


「赤ちゃん連れて帰ってくるわ。それまでいい子で待ってて」


「……わかった。いいおねえさまになるためにがんばる」


「そうね、

〈コピペ終了 傍点後付〉


 (確かに言ったわ……えっ、私のせいになっているの? 違うから。こんなの、普通の親子のお別れの定形パターンよね。よくある感動シーンよ。せいぜい『お片付けが出来るようになりましょう』とか、『ワガママ言わないでお行儀よくしましょう』程度の話じゃない? わたしは万能少女を作れと命じてないわ!)


「レイシア様は、[素敵なお姉さま計画]という壮大な計画書を、当時の孤児院のリーダーだった『サチ』と作り、それを一つひとつクリアしていきました。その計画書がこちらです」


 手渡された計画書を開いた。5枚に渡る冊子には、箇条書きにされたチェック項目が300以上あり、そのほどんどの項目に完了済のレ点が入っていた。


「最初は30項目だったのですが、すぐにクリアなされて、どんどん増えていったのです。レイシア様はどこまで上をめざすのやら」


「掃除だけでも20項目。何なのこれ。家政婦にでもなる気なの?」


「あとはレイシア様とお話下さい。私はここまで……あっそうだ」


 神父は隠し扉を開け、中から大量の冊子を出した。


「アリシア様。以前から機会があればお渡ししなければと思っていたのですが、なかなかうまくタイミングが合わず遅くなりました。こちらが、ご友人のノーラル様よりお預かりしてました冊子です。5年ほど前のことですが、ノーラル様が訪ねて来られて、『私も結婚するからアリシアに渡しておいて。彼女こういうの大好きだから』と手渡されましたのがこちらの本の束です。さすがに子供たちに見せるのもどうかと思いしまっていましたが…………、お持ち帰りなさいますか?」


 見るとそこには、見てはいけない禁断の薄い本が……。


 (ノーラル、押し付けたわね。あいつ……なんてことを)


「……処分して頂けますか」


「かしこまりました。では秘密裏に」


 薄い本の束はなにごともなかった様に、隠し扉に戻された。


 ひっそりと控えていたノエルは(今のは見なかったことにしよう)と目をそらした。

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