閑話 アリシアの疑惑❷

 部屋に入ってもまだ幸せの余韻に浸っていられる。


 ノエルとポエムも興奮気味。そうよね。私がこの家に嫁いでからこんなイベントなかったものね。


「アリシア様、本当によかったですわ。ここまで歓迎されるなんて思いもよりませんてした」


「まさか、あの旦那様がこんな素敵な催しを行えるなんて」


 私は思わず笑いながらそれはないなと思った。


「あの人にあれは無理よ。執事かメイド長が気を利かせてくれたんだわ。でも、本当に素敵だったわ」


 興奮は冷めやまない。タキシード姿の夫は本当に素敵だったわ。私の乙女心がざわめいてる。

 

 あの人も私がいない一年半で成長したのね。私も頑張らなくては。


 さてと、素敵な非日常イベントは終わり。これからは妻として母として頑張りますか。そう思ったときお茶が運ばれてきた。


「奥様の無事のお帰り、メイド一同心より喜んでおります。お帰りなさいませ。アリシア様」


 メイド長がメイドを引き連れ挨拶した。まだ非日常は続いていたの?

 美味しいお茶とクッキー、それに初めて食べたジャム。こんなに大切に扱われて……あれ?


「僭越ながら、本日のメニューはわたくしが用意させて頂きました」


ってレイシア⁉ えっ? メイド服着て何してるの?


「本日の紅茶はグラニュール地方で採れたカーラードの一番摘みの茶葉で入れております。クッキーは、いつもよりバターと砂糖を減らし小麦の味を立たせるあっさりとした仕上げに。そして、この度の一押し、サクランボのジャム。今が旬のサクランボをジャムにしました。砂糖に蜂蜜を加えることで単純でない甘さを出すことに成功。そこに酢を適量加えることによって、爽やかな酸味と保存期間の延長に成功しました。今まで痛みやすく他領に出荷していなかったサクランボを加工する事によって、新たなターナー領の産業、名産品として活用できると自負しています」


 (えっ! えっ! 何? なんでそんなスラスラと解説始めるの? 名産品? レイシア、あなた何歳? 何したいの?)


「お母様、このように弟がいつ来ても心遣いができ、更にターナー領が発展することで弟の将来に希望が持てるように、私は姉としてお母様がいない間頑張ってきました。安心して弟のお世話をお任せ下さい。では、本日はごゆっくりお過ごし下さい」


 言うだけ言うと、メイド達の拍手を受けドアから出ていった。


「少しだけ、一人にしてもらえるかしら」


 そう言ってノエルとポエムを下がらせた後、私は思いっきり椅子に持たれて脱力した。


私のレイシアはど〜しちゃったのよ〜。



 夫がディナーのお誘いに来る? 


 えっ? 普通の夕食じゃないの? まだイベントが続くの? 


 ドキドキが止まらない。


 ドレスコードを確認し、Aラインの山吹色のドレスを着た。


 何年ぶりだろう。ここに嫁いでから社交界にも出席することも無くなったから。

 主人と気合の入ったデートなんて新婚の頃だけ。


 でも、久しぶりに袖を通したドレスは、私にあの頃のトキメキを思いださせた。


 なに、もう、素敵ってしか言いようがないわ。


 燕尾服を着用し、オールバックに決めた夫はなんて素敵なの。私が恋していた時の夫がそこにいる。


 恋に恋していた素敵なあの頃のよう。


 乙女心が暴走しそう。夫にいざなわれ……えっ? 社交ホール? なんで?


 ホールの中は、まるで舞踏会の会場のようでした。


 キラキラと煌めくシャンデリアの下でワルツが流れる。


 クルクルと数組のペアがワルツを踊る。


 私達も見つめ合い踊る。夢じゃないわよね。眼の前の夫の頬をつねりたくなる。こんなに大切にされていいのかな。うん、これは夢。楽しまなきゃ。


 曲がタンゴに変わった。情熱的な夫のリードに私も応える。何も考えられない、ただ好きという感情だけで踊ったわ。


 もう一度ワルツが流れホールには私達だけが躍っている。ゆったりと流れるリズム。いつまでもこうしていたい。


 執事に案内され席に着いた。


 「お帰り、アリシア。久しぶりに見る君は本当に美しい。まるで出会った頃の様に…君がいない間ずっと君の事を思っていたよ」


 「私も、いつでもあなたの事を思っていました。一刻も早くあなたの元へ帰りたかった」


 二人で乾杯した。

 出会った頃の話や学園での出来事、懐かしい思い出話をしながらの美味しい食事。


 料理長がメインディッシュの説明をはじめた。どうやら息子クリシュのための幼児食にもなるようにいくつもの工夫を凝らしている料理だという。


 私だけでなく、息子のことまで気にかけてくれているなんて。私はその料理を考えた料理人に、お礼と感謝を述べるためにここまで来てもらった。……ってレイシア⁉ 調理服を着たレイシアがこちらに寄ってきた。


「あっしが担当いたしやしたレイシアでさぁ」


 ドスの効いた声で話すレイシア。レイシア?


レイシアなのあなた? なに、その言葉遣いは。あっしって……


「いやー、弟のためにいろいろ頑張りましたぜ。でも出来上がったのは師匠のおかげでさぁ。あっし一人ではとてもとても。師匠、ありあとやんした!」


 私がいなかった一年半で何があったの、レイシア!



「おかーさまにも認めてもらえたし、これで弟がいつ来ても大丈夫ですねぇ。がはははは……では片付けがあるんであっしはこれで」


 レイシア、私の可愛いレイシアは?????


 嵐のように去っていく娘。


「――――――――――――」


 美しかった夢の世界は、声にならない私の叫び声で崩壊した。

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