第46話 二人の帰る場所

 加苅かがり社長は、娘の寿々花すずかさんが展開している事業について言及する。


「事業は、何人かスタッフよこすわ。数は少ないが、全国展開もできるやろう。地方に住んでる人を使ったらええ。ワシのツテもやる」

「ありがとう。お父ちゃん」


 寿々花さんが、頭を下げた。寿々花さんって、普段は関西弁なんだな。


「失敗してもええから、やったらええ。その代わり、アカンかってもケツは持たへんさかい」


 人員はセッティングするが、教育や仕事は一任するという。


「で、二人の関係やが」


 社長が、腕を組む。


「やはり、連れ戻すんですか?」

「なんでやねん。あんたら次第やんけ。もう親は口を出されへん」


 社長は、俺と寿々花さんの交際を認めるという。


「最初は反対しとったんや。会社立ち上げてて、男にうつつをぬかすとかありえんって。せやけどお母ちゃんがなあ」


 寿々花さんのお母さんは、ずっとニコニコしながら話さない。でも、寿々花さんをグッと大人にしたらこうなるんだろうなと想像できた。


「もう寿々花も、子どもやあらへんでしょ? 三〇過ぎてもらい手ができたんやから、歓迎したらんと」


 加苅夫人は、やんわりと社長に告げる。


「せやな。まあ、好きにしたらええ」


 その代わり、何のバックアップもしないという。


林田はやしださん。寿々花を助けてくれて、おおきに」


 寿々花さんの両親が、俺に頭を下げた。


 いつもなら取り繕うのだが、お店の中だ。黙って礼だけをして、その場を済ませる。


「ごちそうさまでした」

「いやいや。こんなんでよかったら、いつでもおいでや」


 あれだけ「支援しない」と言っておいて、もうそんな言葉が出た。


 俺の考えがわかったのか、奥さんがツッコんだ。


「二人はこのまま帰るんやな?」

「はい。一緒に」

「話すことも話したし、ええやろ。もうちょっと話したかったけどな」

「いつでも会いに行きます」

「さよか。ほな」


 ご両親は、ハイヤーに乗って帰っていった。


「いいんですか? おうちに泊まらなくて」

「私のおうちは、向こうだから」


 寿々花さんは、駅の方へ進む。


「もうちょっと、この辺を見学したかった? せっかく来たんだもんね」

「いえ、いいです。もうお腹いっぱいで」


 ここらは歓楽街だから、ずっと居座ってしまいそうだ。飲めない寿々花さんを連れてはいけない。


「あっちの方に、休憩できるところもあったんだけど」


 寿々花さんが、路地裏を指差す。


「冗談はよしてくださいっ。行きますよ」


 気が変わらない内に、新幹線のチケットを取った。


「あの二人って、どうなるんです?」


 帰りの新幹線の中で、寿々花さんに聞く。


 気がつくと、手を繋いでいた。


「役員職になるって言ってたね。引退するから、経営は後進の好きにさせるって言ってた」

「あんなバリバリだったのに、退くときはあっさりなんですね」

「仕事人間過ぎたからね。それがワンマンになっちゃって。もっと人を信用しようって考えを改めたみたい」


 あとね、と寿々花さんが耳打ちしてくる。


「孫の顔が見たいって」


 俺は心臓が跳ね上がった。


「寿々花さん、積極的ですよね。初めてのときも、つけなくていいって」

「私も焦っていたのかも。駆け引きとか遊びとか、もうわかんないもん」


 わかる。俺も恋愛ゲームはしんどい。普通に恋がしたかった。


「ごめんね。重い女だよね」

「いえ。うれしいです。信用してくれて」

「ありがと。ヒデくんのそういうとこ好き」


 寿々花さんが、俺にもたれかかる。昨日まで多少のお最中が残っていたが、今の寿々花さんはグッと大人になっていた。


「寿々花さん。気が早いかもしれませんが」

「はい」

「同棲とかじゃなくて、ちゃんと一緒に住みましょう」

「そうだね」


 眠りながら、寿々花さんが手を握り返してくる。


 しまった。ご両親のいるところで宣言すべきだったな。

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