最終章 お隣さんから……

第44話 いなくなった恋人

 寿々花すずかさんが、いなくなった。


 ニュースでは、寿々花さんの親が社長を務める不動産会社『加苅かがりグループ』が、外資系と合併すると報道している。


「は、林田はやしだ先輩!」


 記事を見たのだろう。村井むらいが飛び込んできた。


「やばいですよ!」

「ああ。寿々花さんもいない」


 書き置きを見て、村井も青ざめる。


「これ、アレじゃないですか? 『政略結婚に同意しなかったら、どうなるかわかってるね?』的な」

「うわーやめろー。マジで、シャレにならんて」


 俺は頭を抱える。冗談に聞こえないのが、また辛い。ガチで想像してしまう。


「すいません。ムダに不安にさせちゃって。でも、どうすれば」

「俺、寿々花さんに会ってくる」

「マジですか?」

「ああ。だって俺、寿々花さんの恋人なわけじゃん。ここで守ってあげないで、何が恋人かっての」


 昔の俺なら、「邪魔したら悪い」って身を引いていたかもしれない。


 だが、今の俺は違う!


 俺は胸を張って堂々と、「自分は寿々花さんの恋人だ」って言える。


「それに、行き先もメッセで来てるんだよ」


 寿々花さんとご両親は、帝国ホテルでランチの予定らしい。

 そこで、話し合いの場を設けるという。


「その意気ですよ、林田先輩!」

「おう、行ってくる」


 会食なんて、なんの話をしているんだ?


 進退問題か、寿々花さんを後継として招き入れるとかか? 


 外資の人たちが、事業関連を全部まとめてしまう可能性も高い。


 ネガティブな思考が、俺を支配する。


 待て待て。考えていても仕方ない。


 まずは、会って話すんだ。


「それはいいんですが、先輩」

「なんだよ?」


 話に水を差しやがって。


「スウェットで会いに行くんですか?」

「……すまん」


 後輩に気を使われるとは。


「食べられないとは思いますが、食べておいてください。コンビニで済ませてもいいですけど、ゼリーとかじゃ体力が付きませんよ。作りますんで」

「そうだな。頼めるか?」


 村井に朝食を作ってもらう。


 その間に、俺は歯を磨く。舌まで念入りに洗い、ひげのチェックをする。


「寿々花さんほどではないですが」

「ありがとう。うれしいよ。うんま!」


 ふわふわのたまごサンドを、俺は咀嚼した。


「それは、寿々花さんに言ってやってくださいよぉ。そのレシピ、あのひとに教わったので」

「そうか。でもありがとうな」


 念入りにセットをして、もう一度歯を磨く。スーツに着替え、今度こそ準備万端だ。


「いったん電車の中で、仮眠を取っておいたほうがいいかも」

「遠いからな、寝ておくか。新幹線は、まだあるな」

「いってらっしゃい。ホントはこれ、寿々花さんの役割なんですが」

「いいよ。ありがとう。行ってきます」


 ネクタイを整えてもらって、俺は外へ。


 スマホで予約をして、タクシーで新幹線の走る駅まで。


 駅では、トリマーさんと女子大生がこちらに手を振ってきた。飼い犬だろうか、トイプードルがこちらに吠える。ここがトリマーさんの職場か。


「どちらまで?」

「恋人のご両親に、あいさつへ」

「へえ! やるじゃん! 行ってらっしゃい!」

「行ってきます!」


 プードルの頭をなでて、駅へ急ぐ。


「あれヒデじゃん。出張?」

北阪きたさか!」


 新幹線で、同僚の北坂と鉢合わせた。彼もスーツ姿である。


「ヒデ、お前どうして? 休日出勤だっけ?」

「いや、ちょっと色々あってな」


 小指を伸ばす。その後、お腹に半円を描いた。なるほどぉ大変ねぇ。


「そういうワケだ。で、相手方のご両親の元へごあいさつに行くってわけ」

「がんばれよ」

「こう見えて、真剣交際だからな。ホントだぜ?」


 まあ、そういことにしておいてやろう。


 二つ目の駅で、俺は北坂と別れた。あいつはもっと山の方へ行くらしい。


 で、駅前にドーンと構える高級ホテルへ向かうのだ。


「寿々花さん!」


 俺は、ランチの席に乱入する。



「あははー。せやねんよお父ちゃん。もうヒデくんったら優しいねんよぉ」

「さよかー。ええこっちゃー」



 そこには、デレッデレで寿々花さんの話を聞く中年の男性がいた。

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