3.聖女、城に戻ると決める

 ◆ 石っころ――ベルグ ◆


 いやいや! だからぁ、その皇帝陛下が貴女を狙っているんだってばあ!


「で、ですから、そのフェリクス陛下が殿下のお命を狙っているのですが……」

「ええーっ!?」


 ソフィア様が叫んだことで、自分で傷の手当てをしていたアンジェとかって言う護衛がこっちに来る。


「殿下! いかがなさいました?」

「アンジェ……この方――ベルグ様が、わたし達が向かおうとしていた帝国でも、わたしの命を狙っていると仰るのです」

「ベルグ様? そんな者、どこにいるのですか?」

「ほらぁ、ここにいるではないですか!」


 ソフィア様は、そう言うと俺の服の袖口を掴んでブラブラと振って見せる。


「殿下……お一人で手なぞ振って――んん? えっ! う、うっすらと何かが見える気が……」


 俺です。人です。

 そう、俺の『路傍の石』は常時発動していて、誰であってもほぼほぼ俺の姿を捉えることはできないが、俺が誰かに触れる、若しくは誰かが俺に触れると、うっすらと姿が見えるようになる。双方が触れ合えばもっと見えるようになる。弱点って程ではないけどな。


 俺も触れた方が効果があるのだから、殿下の耳元にささやく。


「ソフィア殿下、肩にお触れしてもよろしければ、彼女にももっと私のことが認識できるでしょうが、よろしいですか?」


 ◆ 聖女――ソフィア ◆


 か、かかか! 肩? 触れるぅ? と、殿方に触れられるぅ?

 一瞬にして顔も耳も火を噴いたかのように熱くなる。

 でも、アンジェにもはっきりと見えた方がいい……と思う!


「ど、どどど、どうぞ……」


 ものごころが付いてから、お父様以外の殿方に触れられたことがないので、ドキドキします!

 肩まで熱くなっていないかしら? ちょっと心配です……


「では失礼します」


 ベルグ様が後ろに移り、わたしが袖口を握っている腕を上げて私の方に触れる。

 つられて持ち上がった私の手が、その彼の手に触れる。

 ドレスの生地の上からでも、殿方の大きな手だと分かります。大きくて、手の平はゴツゴツとしていて……でも温かい。


「なぁっ! 殿下の後ろにいきなり男が! お逃げ下さい!」


 ベルグ様の姿が余程はっきりと見えたのか、アンジェが慌てふためいた。わたしの「この方がベルグ様です」という言葉に構わずオロオロとしている。


「で、殿下がどこの馬の骨とも判らぬ男とお手を触れ合ってっ!」

「……落ち着くのです、アンジェ! 彼は我が国の諜報部の方だそうですよ」

「ち、諜報部?」


 ベルグ様は、肩に触れていない方の手で表に王国の紋章、裏に諜報部の紋が刻まれたメダルを提示して下さる。


「そっ! それにしても近すぎます! それに殿下に触れるなど……不潔――不敬です!」


 ベルグ様の「不潔って……」という囁きが聞こえました。続けて明瞭なお声で――


「私は“シーヴ帝国のソフィア殿下捕縛計画”を報告するために王国へ戻る途中でした」

「なに! 帝国が? ……そ、そんな」


 安全圏だと考えていた帝国もがわたしの命を狙っているということに、アンジェが項垂うなだれる。

 わたしも、改めてベルグ様に兄が私を狙っていることをお伝えする。


「進むも地獄退くも地獄なのです……」


 そうお伝えしても、ベルグ様が事もなげに言うのです。なんなら余裕すら感じます。


「それは大丈夫ですよ」

「何を根拠に、そんなにあっけらかんと言うのだ! ベルグ殿」

「いやあ、こう見えても――っていうか、アンジェさんが体験したように、俺は『路傍の石』っていう【神喩レッテル】持ちなんですよ。一人でいると、普通の人には全然見えなくなるんです。なんでかソフィア殿下には見えるみたいですけど……」


 偉ぶったり自慢げになるでなく、サラッと【神喩】を賜っている事を明かした……


「貴様だけ見えないなど、殿下に何の意味も無いではないか!」

「それが、有るんですよ」

「有る?」


 ベルグ様は、自分の四肢で同時に触れた物の存在も薄くすることができると、教えて下さった。

 そうすると、わたしは王国・帝国、どちらでも気取けどられること無く移動できると。

 四肢で触れる……わたしも成人。その意味が解からないでもないので、聞いている最中から恥ずかしさがこみ上げてきます……。アンジェに至っては、途中から目に怒りの色をたたえている。


「きっ! 貴様ぁ! 言うに事欠いて、殿下に四肢で触れるなど……不潔――不敬であるぞぉ!」


 顔を真っ赤にして怒るアンジェの剣幕に、ベルグ様は「また不潔って言った……」と呟くのが精一杯のようでした。


「アンジェ。落ち着きなさい」

「ですが!」

「落ち着くのです」

「は、はい……」


 わたしも成人。それも王女です。そのわたしが、殿方の四肢に触れられて過ごす事は不可能なのは理解しています。

 しかし、ベルグ様が我々への襲撃現場に近づいた時のように、馬に乗った状態で四肢で触れて頂ければ、あたかも空馬からうまが歩いていると偽装できるのは良いですね。


 王国に戻っても兄から狙われている事には変わらないですし、ベルグ様の話では帝国も私を狙っているとの事。


「どうしましょう……」

「どうするって、王国に戻って普通に過ごせばいいのでは?」


 ベルグ様が、またもあっけらかんと言います。


「き、貴様! 殿下に御身を狙われたまま過ごせと言うのか!」

「いやいや、護衛を強化しての話ですよ? 第一、相手は王子殿下でしょ? 尻尾を掴むと言うか……動かぬ証拠を掴まないと解決しませんよね? 逃げていたら解決しませんよ?」


 そして、ベルグ様の「堂々としていた方が相手が焦って、ヘマをするかもしれませんよ?」という言葉で、わたしも城に戻る決意をしました。


「そうですね……帰りましょう! ベルグ様、協力をお願いできますか?」

「もちろんです」



 お城に戻る為にと、ベルグ様が馬を確かめる。彼の乗って来た馬と襲撃者の乗ってきた馬の内一頭が無事のよう。

 私達の馬車の馬と襲撃者の馬四頭は足が折れているらしく、その場にうずくまっている。


「二頭だけか……」


 ベルグ様は、拘束している襲撃者も近くの町まで連行するつもりだったそうですが、移送手段が無いのならと、ひとりずつ担いで横倒しの客車に登って次々に中に落としていき、扉を開かなくなるほど壊して閉じ込めておくそうです。


「後で町の衛兵とかが回収してくれるでしょう」


 それにしても、ベルグ様は線が細く見えるのに、凄い力持ちなのですね。襲撃者と“触れ合う”形になっているので、彼の様子が見えるアンジェもビックリして、口をあんぐりさせていたわ……



 馬にはわたしとベルグ様、アンジェと侍女に分かれて乗ります。

 アンジェの騎乗する馬が、わたしとベルグ様の乗る“空馬”を連れている風を装う。


「貴様ぁ! ソフィア様に変な真似をしてみろ? 槍の餌食にしてくれる!」

「……そっちじゃないよ」

「なにぃ!?」


 アンジェがベルグ様に忠告しているけれど、わたしとベルグ様が馬に乗ったら姿が見えなくなるので、変な真似をしているかどうか見えないのではないかしら? 現に今、お一人でいるベルグ様とは全く違う方向に向かって話しかけているくらいですからね……


 ベルグ様のエスコートで私が先に騎乗し、彼も颯爽と私の後ろに飛び乗って四肢でわたしに触れたのですけれど……とっても恥ずかしいです!

 ドレスなので馬に跨れないのは当然なのですが……ベルグ様のももの上に横向きに乗り、彼の両腕の間に私の上半身が挟まり――まるでお姫様だっこのようになるのです。お顔が近いのです!

 さいわい姿が消えるので、アンジェや侍女には見られずに済むので良しとしましょう


「貴様! 殿下に失礼の無いようにしなさいよ!」


 アンジェの警告じみた言い草にも、ベルグ様は「しませんよ! そんなこと……」とお返しになり、「ねえ?」と私をご覧になる。

 お顔が近い!


 お父様以外の殿方の膝の上に座るなんて……そして、わたしを可愛いと言って下さった殿方に身体を預けるなんて……黙っていても顔が火照ってしまいます。



 当初の予定通り、アンジェと侍女の乗った馬が空馬を曳いている風を装って王都へと向かう。

 ベルグさんの仰る通り、たまにすれ違う商隊や旅人達は、全く私達が見えていないみたいです。


 彼らから「騎士様、から馬なら売ってもらえませんか?」と、アンジェに声が掛かるほどです。

 その度に彼女は「こ、これは売り物ではない! 大事なおか――荷を積んでいるのだ!」と、お断りしていました……


 動きだした当初は、お顔が近いし身体も触れられているしで気まずかったのですが、ベルグ様が穏やかな口調で世間話をして下さって少しずつドキドキが解れてきました。


 ◆ 石っころ――ベルグ ◆


 いや~、気まずい!

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