アオイ夏の日

谷村ともえ

アオイ

 飯村アオイ、彼女は僕の憧れだ。男勝りで、スポーツ万能。身長も僕より少し高いし、明るい性格で僕なんかとは正反対だ。幼馴染の僕は小学校まで仲が良かったが、いつの間にか自然と縁を切ってしまった。


 中学二年の夏休み前日。今日は終業式があり、学校は午前中に終わった。計画的に荷物を持って帰ればいいのに、全く持ち帰らず大量の荷物を抱え、夏の暑い田舎道を歩いていた。途中、雑木林の横で僕はアオイを見つけた。彼女は、木の下にあるお地蔵さまのお供え物を食べていた。


「何食ってんだよ」

「モナカ」

「見れば分かるよそんなこと。なんでお前が食ってるのかって」

「もったいないでしょ?カラスやアリにやるくらいなら私が食う」


 昔からこういうところがあるのは知っていた。まるで猫で、気分の赴くまま、好き勝手やって人生を謳歌している。そんな姿が、幼稚園から一緒の僕には羨ましかった。ドジで不器用で勉強ぐらいしかできない僕からしたら、アオイは憧れだった。それと同時に妬みの対象だった。


 そんな彼女を見ていると、もう一個の袋に入ったモナカを僕に投げた。賞味期限は7月30日。今日の日付だ。


「食べたいんでしょ?あげる」


 顔は良いのに口の周りに餡子を付けて、本当にもったいない奴である。この大雑把で自由人過ぎる性格のせいで、誰とも付き合ったことが無い。


「別にいいよ。渡されても困るし」

「モナカがうらやましいから見てたんじゃないの?」

「はぁ....」


 まぁ、モナカを食べたぐらいじゃ罰は当たらないだろう。とりあえず貰うことにした。木漏れ日の中、僕はその場に座って彼女とモナカを食べ始めた。後ろの林では蝉が、目前の田んぼではカエルが喧しく鳴いている。あぁ、夏か。僕は改めて季節を実感した。口の中の水分を奪われながら。


 隣を見ると、アオイは黙ってモナカを食べている。汗ばんだ首筋に張り付いた髪と小麦色の肌が、ちょっと色っぽく見える。気づいた彼女がこちらを睨む。僕は急いで目を逸らした。


「そんなに見てても上げないよ。これで最後だからもう無いし」

「もういらないよ。口の中パサパサだし」


 思えばこうしてゆっくり話すのはいつぶりだろうか。小学校の卒業式以来かもしれない。それから二年。僕たちは疎遠になってしまった。なんでそうなったか僕にもよくわからない。思春期特有の気恥ずかしさか、それとも単に彼女に飽きてしまったのか。僕は大きなため息をついた。


「...悩みでもあるの?」


 アオイが田んぼの方を見ながら聞いてきた。この際、聞いてしまった方がいいのかもしれない。


「アオイは....僕が中学になって話しかけなくなったけど、どう思ってる?」

「悲しいよ。今まで一緒だったのに。裏切られた感じだね」

「.......」   


 淡泊に答えたアオイに僕は何て言っていいか分からない。事実なんだから。蝉とカエルたちが沈黙の空気を紛らわせようと、誤魔化してくれている気がする。


「あんたは?」

「え?」

「なんで私と距離を置くようになったの?」


 分からない。


「分からない」

「は?」

「分からないよ、僕にも。恥ずかしくなったのかもしれない。女子と話すこと自体。それでアオイと距離を置くようになったんだと思う」


 アオイが呆れたようにため息をすると、立ち上がった。


「この後、暇?」

「うん...」

「じゃあ、荷物置いたら家行くから」


 そういうと、一人であぜ道を歩いて行った。ほぼ手ぶらで帰っていく彼女を見て、自分の荷物の多さに絶望した。

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