稲荷さまの幸福定義
鳥栖 瑠璃
序章
また、救えなかった。
「ねえ聞いた?
「自殺……?いじめられてたりしていたのかしら。でもそんな話、今まで聞かなかったけどねえ」
「ここだけの話、どうやら青酸カリを飲んで亡くなったそうよ」
「青酸カリ?どうやってそんなもの、手に入れたのかしら」
「インターネットじゃない?最近はどんな物も簡単に手に入るようになったから。ほんと最近は物騒ねえ」
四十代くらいだろうか、葬儀場の外でヒソヒソと二人の喪服姿の女性が話していた。
無神経で、どこか他人事のような話。
そんな話を私の耳は自然と聞き取ってしまう。
この話だけではない。あらゆる周囲の音が息をするように、鮮明に耳に入っていく。
まるで、私を責め立てるかのように。
これは彼女が亡くなってから二日後の、とある晩秋の日のことだった。
―――――――――――――――――――――――
葬儀が執り行われている今日は、重たく分厚い鍋の蓋で蓋をしたように空は曇り、鼻を詰まらせるような雨の匂いを漂わせている。
降り出しそうで振り出さない、そんな天気だ。
彼女の葬儀はもう執り行われているが、私は参加せず、ただ外から葬儀場を眺めていた。
私には、彼女に合わせる顔が無い。
何故なら彼女を救うと言っておきながら、タイムリープをしては常に失敗し続けているからだ。
私は人間ではなく、人智を超えた"神"という存在だというのに。
一回目は誘拐事件だった。 夕方、彼女が学校から帰る途中に何者かに襲われ、命を落とした。
二回目は前回と同じ誘拐事件がまた同じように起こった。
私は彼女と仲良くなろうと、正体を隠して彼女に近づいた。
彼女と仲良くなれば、私のそばで守ることが出来るだろうと思ったからだ。
でもそれは、失敗に終わった。
――ねえ、そこのあなた。橿原 梓幸、よね。私と仲良くならない?
――……あの、なんで私の名前を知ってるの?
あからさまに警戒された。
私の話しかけ方が悪かったのか、それ以来、様々な手を使って接触を図ったが、逃げ続けられた。
そして結局彼女とは仲良くなれぬまま、彼女は殺された。
もしかして、私は不審者だと思われていたのだろうか。
しかし私の姿は本来の歳とはかけ離れた、非常に愛くるしい八歳ほどの見た目をしているというのに。
人間とは、やはりよく分からない。
それから三回目、四回目と、誘拐事件を免れたとしても、その後に必ず新しい出来事が起こり、その度に失敗し続けた。
そして今回は自殺。私が一番避けたかった結末だ。
事件や事故から身を守ることが出来ていても、心までは救えていなかった。
その事実が、胸を突き刺すように痛くて苦しい。
たとえどんな結末になったとしても、この結末にはしたくなかった。自分で自分を殺させるようなことなんて。
今回を合わせてタイムリープした数は計十四回だ。次で十五回。
十五という数字は、日本で縁起の良い数字とされている。それが、吉と出るか凶と出るか。
たとえどうであろうと、失敗にはさせない。神として、彼女を愛する者として、あの日、彼女が願ったことを叶えるために。
私は桜柄の美しい着物を翻し、葬儀場に背を向けて歩き出した。
今度こそあなたを救うために、私はもう一度過去へ戻る。
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