VTuberの下ごしらえ

「では、イセル。実際に配信をしてみてくれ。それを見て俺が問題点を挙げていく」

「心得た。『剣術を教えるために、まずは剣術を見せろ』というようなものだな」

「ああ、わかってきたじゃないか! あとは……メンタルをしっかりと保てよ?」

「メンタル? 何を言っている、自分が心折れるとでも言うのか? はっ、人間風情が笑わせるな。アルヴァンヘイム女王国の元騎士団長にして、姫騎士である自分が目にモノを見せてやる」


 明らかにフラグだが、イセルは配信を開始した。

 チャンネル登録者数は……300人程度いる。

 物好きな者がいるようだ。


 OPオープニング映像もない配信、いきなり背景が真っ白で、子どもが描いたような落書きっぽい立ち絵が表示されている。

 すかさず大手チャットサービスのDeathcordデスコードで文字によるツッコミを送信した。


牙太【立ち絵はどうした? 何だこれ?】

イセル【自分が描いた立ち絵だが、何か問題があるのか?】


 イセルは慣れない手つきながらも、きちんとチャットの返信をしてきた。

 どうやら自称上位種族のエルフだけあって、PC操作の上達も早いらしい。


牙太【イセルが描いたのか……あとで黒歴史企画用に保存しておこう。とりあえず、いつもの配信を続けてくれ】

イセル【承知した】


 イセルは身体を背もたれに預け、本を開いて目を通し始めた。

 マニュアルなどの配信に関係あるものではない……エルフ族に人気の戦記小説だ。


「……マジか」


 想像していた以上に配信……いや、配信と呼ぶのか怪しい行為だが、とにかく酷い。

 せめてもう少しそれらしくしてから本を読み始めたのかと思っていたのだが、開幕からこれだったのだ。

 これでは配信に一言も声が乗っていない。

 リスナーは、ただの落書きが映る変化のない画面を見続けているだけだ。

 さすがにこんなのを続けていてリスナーが来るはずは――


●お、謎配信やってる

●こういうミステリアスなの、ちゅき!

●声を聴けるまで根気強く待つであります

●一見すると幼児が描いたような絵だけど、これは宇宙人によるものだな


(おしい、異世界人だ)


 牙太はついツッコミをしてしまったが、防音室の外なので声は入っていないだろう。

 意外なことに、リアルタイムの視聴数は10人ほどいた。

 奇跡の10人と呼びたい。


(さて、最初にイセルに理解わからせるには丁度良いかもしれない)


 牙太は再びイセルにチャットを送った。

 本を読んでいたので、防音室の壁をコンコンと叩いて合図を送るのも忘れない。


牙太【では、そろそろ第一段階だ。カメラの方に向かって話しかけてくれ】

イセル【カメラの方に向かって話すだけでいいのか? ふん、楽勝だな】


 イセルは本をパタンと閉じて、牙太の言うとおりにカメラに向かって口を開いた。

 ……開いたのだが、何も言わずにそのまま固まっている。


イセル【何を話せばいいんだ?】

牙太【マジかよ、そこからかよ】


 さすがにここで躓くとは思っていなかった。

 今から会話デッキを用意するのも難しいので、最強の手札を使うことにした。

 これは誰が、何に対しても、どこでも、どんな時間帯でも使える。

 ゆえに強力すぎてジョーカーだとも言えるだろう。


牙太【天気の話をしろ】

イセル【はっ、楽勝すぎる】


「人間共、今日の天気は晴れだったな」


牙太【ミュート解除し忘れている】


 イセルは少し照れくさそうにミュートを解除して、画面の向こう側のリスナーへと再び話しかけた。


「……こほん。人間共、今日の天気は晴れだったな」


●キエエエエエエ! シャベッタアアアアアアアア!

●男だと思ってたのに……ショックです。登録解除します

●声が好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き

●こちらも船からの景色が快晴だったであります

●宇宙語を喋っていないから未来人か?


(おしい、異世界人だ)


 牙太は相手に聞こえないツッコミを入れつつ、イセルにチャットをする。


牙太【そのコメント一つ一つが、実際の人物が伝えてきていることだ】

イセル【なに!? そうだったのか……ちょっと読んでみる】


 イセルはしばらくコメントを眺め、そして泣き出した。


「う、うぅ……ひどいよぉ……登録解除するだなんて……」


●かわいい

●泣かないで

●私女だけど女の泣く声ってゾクゾクしちゃう。チャンネル登録する!

●俺おっさんだけど女の泣く声ってゾクゾクしちゃう! スパチャ……はまだできないか……

●おっさんを通報しました

●ひどい、ただおっさんとして産まれてきただけなのに……


「あはは! チャンネル登録ありがとう! 人間共、随分と楽しい奴らだな!」


●人間共って草生える


「草とは? そこもエルフの森なのか」


●草=楽しい(ってことでええやろ)

●エルフの森……もしかするとこいつぁすげぇ設定があるかもしれない

●設定言うな

●VTuberに設定などない

●イセルちゃんはどこに住んでるの?


「自分か? 自分が今いる住所は――」


(まずい、住所なんて言ったら大変なことになるぞ!)


 牙太は有無を言わせず防音室の中に突撃して、PCに映っている配信用アプリを落とした。


「あっ、人間! 何をする!」

「『何をする』……じゃねぇ! 開幕から放送事故をするつもりか! あと、そろそろ社長と呼べ、社長と」

「貴様のことを社長とは呼びたくないな……だが、他の人間と区別を付けるために牙太と呼んでやろう」

「一応、人間呼びからは一歩前進か……」


 溜め息を吐いてから、今回の配信の問題点を指摘していくことにした。


「指摘することが多すぎるから、心して聞けよ」

「ふんっ、人間程度の言葉など心に響くものではないけどな!」


 もうこのパターンはやった気がするが、気にせず続ける。


「まずは立ち絵、あんなものでVTuberを名乗るな。VTuberさんたちに謝れ。本当にありえない」

「が、頑張って描いたのに……一日がかりで……」

「さすがにそこまでとは思わなかった、すまんかった。で、次に配信が始まってから本を読んでいたよな?」

「ああ、普段通りにすれば良いと言われたからな! 自分は一人のときにはよく読書をしている!」


 どうやらイセルは何か勘違いしていたようだ。


「いや、一人じゃないぞ。少なくとも、今日は十人が見に来ていた」

「ハハハ、何の冗談だ、牙太。あの雷属性で動くPCという魔道具越しにだろう? 実際には目の前にいないじゃないか」

「その目の前にいない相手に対して、コメントだけで悲しんだり、笑ったりしていたのは誰だよ……」

「うっ、くっ……それは……」

「イセルが読んでいた本と一緒だ。相手が実際にその場にいなくても、ただの文字列だけで心が動かされてしまう」

「牙太、貴様……口だけは強いな……」

「お褒めにあずかり光栄です、エルフのお姫様」

「こ、このぉぉ~! 馬鹿にしてぇぇぇ~! だけど反論できないぃぃ!!」


 顔を真っ赤にするイセルのことを『意外と可愛いかもしれない』と思ってしまった瞬間だった。


「あと、致命的なのは住所を言おうとしたことだ」

「聞かれたら言うだろ。牙太、さては貴様――礼儀というものを知らないな? まったく……これだから人間は……困った奴だ……」

「いや、ドヤ顔で言われても」

「いいか! 騎士たる者、受け継がれた名、所属、階級、すべてを明かしてから決闘をするものだ!」

「ここは地球だぞ……もう戦ってる騎士なんていないし、決闘をしたら犯罪だ」

「な、なにぃ!?」

「こりゃあ、情報リテラシーを一から教えないといけないな……」


 聞き慣れない単語でイセルは首を傾げた。


「情報リテラシーってなんだぁ、牙太」

「あー、簡単に言うと、イセルみたいな可愛い女の子が、自分の個人情報をペラペラと話しちゃいけないってことだ」


 それを聞いたイセルは固まったあと、ボッと音が出そうなくらい顔を赤くした。


「な、ななななななな!? 自分が可愛いだと!? 貴様! 求婚か!?」

「いや、キミの外見が良いという一般論。それに……俺は……恋した女性を三年前に失っていてな……」

「失って……!? そ、そうか……牙太も辛い思いを乗り越えていたのだな。きっと、その女性も牙太の成長した姿を草葉の陰から喜んでいるだろう」


 ガチ恋勢がVTuberに失恋して、しかも相手が行方不明になっただけなのだが、ここで説明すると格好悪すぎるので止めておいた。

 たぶん彼女は草葉の陰ではなく、次の〝ガワ〟を手に入れて〝転生〟でもしているのだろう。


「まぁ、他にも色々とあるけど、それは追々だな」

「そ、そうか……これで終わりか……三回くらい心が折れたぞ……死にたい……」

「一日目で死ぬな」

「はっ!? おかしい、口が勝手に死にたいと……」


 どうやらメンヘラの片鱗もあるようだ。


「さてと、発注したいものとか、調達したい機材があるけど……どうしようかな。俺は業界のツテがないし……」

「ありますよ」

「それに機材も、種類が分かっていても、どれが適切かというのが判断難しいしな……」

「判断できますよ」

「うーん、どこかに詳しい人はいないか……って、秘書子くん?」


『ありますよ』『判断できますよ』と間に挟まっていたのは秘書子の声だった。

 あまりに唐突すぎてスルーしてしまっていた。


「キャラクターデザインをイラストレーターさんに。動く2Dを職人の方に。あとはOP作成やBGMなど――」

「ツテがあるの!?」

「はい。それで機材はエフェクターや、声質に合わせたマイク――」

「あの、どうしてもっと早く言ってくれなかったのかな~……?」

「申し訳ありません。聞かれなかったもので」


 まるでアニメでよくいる〝味方側にいる黒幕〟のような答えだ。

 こんな融通の利かない行動原理、リアルで聞くとは思ってもいなかった。

 もしかしたら、機材が中途半端に揃っている理由がこれだったのかもしれない。


「え、ええと……もしかして、俺よりVTuberに詳しいのでは? よかったら、今からでも社長を代わってくれても――」

「それは明確にしたくありません・・・・・・・・。あくまで私がするのは秘書としてのサポートです」


 釘を刺すように、強めに言われてしまった。


(たしかに俺が同じ立場でも、社長やらずに秘書でいたいな……。イセルはメチャクチャ問題児だし……)


 大きな溜め息を吐いたあと、牙太は発注のリストを確認して秘書子に手配を頼んだ。

 政府が絡んでいるので、VTuberに詳しい人材はともかく、資金はかなり用意されているようだ。

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