エルフの姫が配信する理由
「魔力か……」
事務所に戻ってきた牙太はそう呟いた。
目線の先には、未だ気を失っているイセルがいた。
エルフなので実年齢はわからないが、こうして見るとまだあどけない少女だ。
「魔力切れは割と良くある症状だから、たぶんすぐ目を覚ますはずだ」
「そうですね。
イセルが寝かされているソファーの近くで、秘書子はデスクワークをしながら答えていた。
「前回もって……こんなことを繰り返しているのか……」
「はい、そうしなければ地球も天球のようになってしまいますから」
「どういうことだ……?」
秘書子はデスクワークの手を止めて、牙太の方に視線を向けてきた。
その目はいつも以上にマジメだ。
「天球世界は何かおかしいと思いませんでしたか?」
「そりゃ、地球より争いが多くて、マガツカミやモンスターも現れるけど……」
「では、その原因は?」
「原因……?」
牙太はそんなこと考えたことなかった。
知らない世界で生きることに精一杯だったからだ。
「結論から言うと、マガツカミやモンスターを倒すと土地が死にます」
「……は?」
この時点で言いたいことはあったのだが、まずは秘書子の話を聞くことにした。
「天球世界ではマガツカミやモンスターを殺し過ぎたために、人間が住める土地が死んでいき、残り少ない資源や食料などを求めて争いが起こりました」
「でも、それって……地球でもマガツカミやモンスターが現れているってことは……」
「はい、何もしなければマガツカミやモンスターに殺され、マガツカミやモンスターを殺せば土地が死にます」
「詰んでるな……」
「その通りです。天球世界は一度詰みかけました。ですが――」
秘書子の視線が、今度はイセルへ向けられた。
「カソウシンの力を使えば、土地を殺さずに、マガツカミやモンスターだけを殺せると判明したのです」
「なるほど、そういうことか……」
先ほど倒した人面樹兵士は、カソウシンを纏ったイセルが倒していた。
そのおかげで土地が死なずに済んだのだろう。
「さらにカソウシンの研究が進めば、死んでいる土地の復活方法もわかるかもしれません」
「じゃあ、人間嫌いで傲慢なイセルが協力してくれる理由は……」
「天球世界では大体のマガツカミを殺し尽くしてしまったので、地球のマガツカミを倒して研究するしかないということです」
「地球でカソウシンを使ってマガツカミを倒すことが、イセルの故郷である天球世界を救うことにもなるってことか。そりゃ魔力切れになっても必死になるわけだな……」
ただの傲慢なエルフかと思っていたが、自分の救いたいモノのために頑張っていたのだ。
「しょうがない、俺も社長として出来る限りやってみるか」
「ありがとうございます、牙太社長。早速ですが、起きてきたイセル様とお話になってはいかがでしょうか?」
「え?」
よく見ると、イセルは瞼を開けて蒼く綺麗な瞳を見せていた。
その表情は怒りだ。
「ど、どこから起きていた?」
「貴様が『人間嫌いで傲慢なイセルが協力してくれる理由は……』というところだ」
どうやら最高すぎるタイミングで起きてしまったようだ。
笑うしかない。
「……聞き間違いということにならない?」
「誰が貴様に助けてもらおうなどと思うか! 自分はなぁ! 人間などより何でもできる存在なのだ!」
「あ、一人称は『自分』なのか。VTuberとして結構キャラが立ちそうだな」
「聞いているのか、人間! だから、自分はぶいちゅーばーというくだらないやつはやらんぞ!」
牙太は比較的大人の対応をしていたが、どうしても聞き捨てならないことがあった。
それは――
「VTuberがくだらない……だと?」
「そ、そうだ。くだらない」
急に立ち上がった牙太はイセルのソファーへと近付いてきた。
今までとは違う本気の剣幕だ。
いかに平常時は強いイセルでも、今の魔力切れの状態ではただの女性である。
多少なりとも男性の牙太に対して恐怖を感じてしまう。
「イセル、お前はVTuberについてどれほどのことを知っているんだ?」
「ぶいちゅーばーは、PCと呼ばれる機械の前で配信開始ボタンを押して、座って普段通りにしているだけでいいと聞いたぞ」
牙太は最大限の不快そうな表情でこめかみをピクピクと動かしながら、その説明をしたかもしれない秘書子を睨み付けた。
秘書子は表情を全く変えず、首を横に振った。
「私ではありません。お年を召した〝上〟の方々です」
スゥーッと牙太は息を吸い込んだ。
そして一気にオタク特有の早口でまくし立てる。
「またいつものアレか! 知らない新しいモノはすぐに舐められる! な○う系のときもそうだった! 『ただ痛い妄想を垂れ流すだけで楽だね』とか! どれだけの試行錯誤の積み重ねや技術が使われていると思っているんだ! そして次はVTuberだ! 同じようにまとめサイトだけで面白可笑しくマイナス方面だけ取り上げられて、『ただ喋っているだけで』とか『ただゲームをしているだけで』とか『ただカラオケをしているだけで』とか! どれだけ多目的な技術をやり直しの利かないリアルタイムでやっているか理解しているのか!!!!」
――そこで牙太はハッとした。
驚きに満ちたイセルの視線と、いつも通り冷めた眼の秘書子の視線が向けられていたからだ。
恥ずかしくなって、照れ隠しの咳払いをコホンと一つ。
「と、とにかく、VTuberっていうのは手軽にやろうと思えば手軽にできるが、本気でやろうとすると本気の結果が出るものだ。……イセル、キミの剣術はどれほどの腕前だ?」
「ふん、舐めるな。アルヴァンヘイム女王国の騎士団長を務めたこともある。国で一番の使い手と言っても過言ではないだろう。妹からも『すごいすごい』と言われてな……!」
「じゃあ、一つ聞こう」
自らの得意分野を語ることができて上機嫌のイセルに向かって、牙太は泥を投げつけるような言葉を吐いた。
「もし、剣術の基礎も知らない人間が『エルフ女が媚び売って、剣をブンブン振り回していれば騎士団長になれるって楽だな』って言ったらどう思う?」
「殺すが……?」
「その通りだ。イセル、キミは長い時間一から努力して、様々な競争相手を乗り越えながら現在の〝キミ〟になったのだろう」
「……ほう、わかっているではないか」
「それも、剣術自体は先人たちの積み重ねすらある。様々な要素の奇跡と研鑽の上に成り立ってる」
「そうだ。長きにわたり受け継がれてきたエルフたちの誇りある剣術だ」
「VTuberというのも、そういう類のモノだ」
「なにっ!?」
イセルの目が驚愕で見開かれていた。
低俗なものと見下していたVTuberが、自らが命を賭してきた剣術と一緒だというのだ。
「ど、どういうことだ……?」
「一言で説明しろというのか? キミにとっての剣術は、一言で何も知らない相手に説明できる軽いモノなのか?」
「くっ、失礼した……」
初めてイセルが謝罪する姿勢を見せた。
どうやら剣術というのはそれくらい重いものなのだろう。
「少しずつだが、俺がVTuberというモノを教えていこう」
「よ、よくわからないが、本当にVTuberというものを自分がやらなければならないのか……?」
まだ抵抗があるらしい。
あと一押しだ。
「イセル、俺は深い事情は知らない。だが、キミにはカソウシンの研究を進めるために魔力が必要なのだろう。魔力を得るにはVTuber活動が一番と聞く。……俺は構わないが、大きく回り道をするか?」
「うっ、くぅ……わかった。やる、自分は真剣にVTuberをやる……」
あのイセルを押し切ることに成功した。
秘書子も『お見事です』と言っている。
満足感で一杯になった牙太だが、冷静になるとすべてが秘書子の掌の上で転がされているような気もしなくはない。
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