社長誕生

「帰ります」


 光速を超えそうな判断をした牙太に対して、秘書子は無表情で告げた。


「ここでお帰りになった場合、建物から出られない生活へ戻ることになります」

「そ、それくらいなら……」

「ご家族とも会うことができませんね」

「家族……」


 牙太は祖父、父親、母親、それと可愛い妹と弟のことを思い出した。

 一応、連絡は取れたのだが、実際に会えないことを悲しまれてしまっていた。

 この場から立ち去ろうとした足がピタッと止まってしまう。


「社長になられた場合、自由に外を出歩くことが許可されます」

「……実家に帰って家族に会える……? そういえば……妹と弟は泣いてたな……」

「私見ですが、ここですぐお受けにならずとも、とりあえず社長を体験して頂き、その間にご家族とお会いになるのが最善かと思われます」

「う……ぐ……実に秘書らしい的確な正論。わかりました。とりあえず……とりあえずです! しばらくは社長というのをやってみます!」


 秘書子はペコリと頭を下げた。


「感謝致します」

「えっと、それで様々な疑問はあるのですが」


 ちらっとエルフの姫――森焼イセルの方を見てから、頭をブンブンと振って最初に質問する言葉を選んだ。


「まずVTuber事務所の社長って何をすればいいんですか?」

「偉そうにしてください」

「……はい?」


 今まで的確な言葉を言ってきた秘書子が、突然ふざけたようなことを言ってきた。

 急にウィットに富んだジョークにでも目覚めたのだろうか。


「面倒なことなどはすべてこちらで処理をします。外部とのやり取りなども、政府が噛んでいるので問題なしです」

「なる……ほど……?」

「なので、牙太社長が期待されている役割は二つあります。一つは会社のイメージを背負うようなキャラになること」

「キャラ……ですか」

「はい、なので偉そうに」

「一番偉い社長が敬語を使っていてはダメということですね。わかりました……ではなく、『わかった。秘書子くん』……みたいなのでいいですかね?」


 これでミスっていたら、ほぼ初対面の女性に対してため口で偉そうに話す痛い奴である。

 挙動不審になりながら顔色を窺ってみると、どうやら秘書子はそれで満足らしい。


「はい。では、もう一つの業務です。それは――」

「それは?」

「VTuberを導くこと」

「……すごくざっくりですね……じゃなくて、ざっくりだ……な。具体的にはどんな感じだ?」


(我ながら口調の違和感がすごいけど我慢、我慢……)


「そうですね。VTuberの配信にアドバイスをしたり、配信外でもメンタルを管理してあげたりです。できれば一緒に戦ってあげてください」


(配信を過酷な戦いとたとえているのか……)


 牙太なりにそう解釈したが、本来それをする役職は別にあるはずだ。


「それはマネージャーさんのお仕事では?」


 企業に所属しているVTuberには、マネージャーと呼ばれる存在がいる。

 先ほど言われた業務内容をこなしたりしていて、各VTuberに一人ずつ付いたりする。


「一応、スケジュール管理や、権利関係のチェックなどをするマネージャーは存在しています。ですが、牙太社長にはすべてのVTuberに関わって頂く特殊なポジションに収まっていただくので」

「すべての……VTuber……!?」

「ですが、ご心配なく。まだ・・実働できるVTuberは二人で、しかも、もう一人の〝湯蓮ゆはすサキ〟は業務中のケガでしばらく休養中です」

「ケガ……? 喉を酷使でもしたのか?」

「そのようなものです」


 なぜか言葉を濁してくる秘書子。

 しかし、そんなことよりも質問したいことがまだあった。

 というより、ようやく本題だ。


「どうして天球世界のエルフのお姫様がいるんだ? しかもVTuberって……」

「やはり気になりますか?」

「アレをVTuberと呼んでいいのか悩むけど、常識的に考えてエルフがVTuberをやってるのは気になる……」


 部屋の片隅に設置されている透明なボックス型の個室――いわゆる防音室というやつである。

 その中に人間離れした美しい容姿の小柄なエルフの姫が、配信をしているのだ。

 もっとも、配信と呼ぶにはお粗末すぎる。

 詳しくない人間にはわからないかもしれないが、配信中に本のページを無言で見つめ、しかも画面には立ち絵と呼ぶのもおこがましい落書きが一枚貼り付けてあるだけだ。

 一流のVTuberというものを知っている牙太は顔をしかめるしかない。

 端的に言ってVTuberを馬鹿にしているレベルだ。


「説明……そうですね……どこから説明すればいいのか……。なかなか言葉だけでは難しい感じも……」


 秘書子が珍しく悩む表情をしていると、急にスマホが鳴り出した。

 それを手に取って画面の〝ギャラルホルン・アラート〟というアプリを見た秘書子は、どこかへ短い連絡をしてスマホをしまう。


「どうした、秘書子くん?」

「牙太社長に見て頂きたいものがあります」

「えーっと……配信に関わるもの?」

「はい、配信に関わる〝戦闘〟です」

「……は?」

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