最悪の再会
「いや~、今日は最高の朝だな~! テレビの占いでも一番だし、ガチャを引けばSSR、しかもネットで以前のブラック勤め先が潰れているのを知れたし!」
牙太は、用意された個室で機嫌良さそうに伸びをしていた。
こういう日には良いことしか起きないと信じている表情だ。
そんな中、部屋に見知らぬ女性がやってきた。
年齢は二十代前半、体型は痩せ形、身長はヒールも入れて160くらいだろうか。
肩に掛かる程度の黒髪で、キリッとしたスーツスタイルだ。
印象としては、才女というのが頭に浮かんだ。
「烏部牙太様、政府からの頼み事がございます」
「頼み事……? 命令とかではなく?」
「はい。これは非常に特殊なケースなので……」
機嫌が良かった牙太は、美人の頼みでもあるので満面の笑みで答えた。
「自分にできることなら任せてください!」
「安心しました。現状、あなた様にしかできないことなので……」
「それで、どんな頼みなんですか?」
「VTuber事務所の社長になっていただきたいのです」
「……は?」
こんな日には良いことしか起きないと信じていたが、どうやらそれは間違いだったようだ。
***
牙太は目隠しをされて、車に乗せられていた。
「あの、どういうことか説明を……」
「目隠しの件でしょうか? それとも社長の件で?」
「ど、どっちも知りたいですね……」
「心得ました」
女性は落ち着き払っていて、メンタルが大変なことになっている牙太とは大違いだ。
「目隠しをしているのは、機密を守るためです。未だに地球では、天球側の研究などは秘匿されているので」
「な、なるほど……?」
牙太がいた場所を特定されないように、ということだろうか? と解釈をした。
もしくは、馬鹿げたVTuber事務所の社長になれという頼み事は大嘘で、目隠しをした相手を〝消す〟パターンだ。
映画でもよくあるし、戦場でも実際にあった。
想像するだけでゴリゴリとメンタルが削られていく。
「社長の件ですが、烏部牙太様はVTuberに詳しいですよね?」
「リスナーでしたが、そこまで詳しくは……。それに今はVTuberが嫌いなくらいですし……」
「失礼ながら三年前の視聴履歴も合わせて調べさせて頂きましたが、恐ろしいくらいのVTuber配信を渡り歩いていましたよね?」
「……う」
「一日十時間、酷い日には二十時間」
「もしかして、俺やべー奴と思われていますか?」
「いいえ、素晴らしいと政府に判断されました」
素晴らしい? 牙太は意味がわからなかったが、話を続けることにした。
「で、でも……それくらいハマってる奴なら世界中にいくらでも――」
「世界中という条件ならいるかもしれません。ですが、政府が探していたのはもう一つの条件を付け加えたモノです」
「もう一つの条件?」
牙太には見えなかったが、女性はコクリと頷いた。
「ええ。それは――異世界への長い渡航経験がある者です」
牙太は帰還したときのことを思い出していた。
たしか、牙太で帰還者は五人目だったはずだ。
その五人の中でなら、VTuberに一番詳しいのは牙太ということになりそうだ。
「それはわかりましたが、なんで異世界が関係して――」
「目的地の建物に到着しました。降りてください」
車のドアが開かれ、目隠しをされたまま手を握られた。
柔らかくてすべすべで、ほのかに温かい。
牙太が初めて握った地球女性の手だ。
少し……いや、かなりドキドキしてしまう。
「あの、そういえば貴女のお名前は……」
「みだれと申します。烏部牙太様が社長になられた暁には、私が秘書や会社の雑務を担当することになります。VTuber業界では本名は使わないらしいので、秘書子とでもお呼びください」
スタッフでも芸名のようなもので呼ぶのが業界のお約束だ。
珍しい本名だな、どういう字を書くんだろう――と思いつつ、これからは秘書子と呼ぶことにした。
「秘書子さんですね、わかりました。でも、社長になるかどうかはまだ決めかねていて……」
「返事は、しばらく社長の業務を経験したあとでも平気です。目的の部屋に到着しました。ここにあなたを必要とするVTuberがいます」
「VTuberか……」
事務所の社長ということだから、きっと数え切れないほどのVTuberが目隠しの先にいるのだろう。
もしかしたら、万が一だが、望みは限りなく薄いが――もう二度と会えないと思っていた彼女との再会も――
「……は?」
一瞬、理解できなかったが――。
目隠しを外されて見えたのは、PC画面の前に座って配信しているにもかかわらず、リスナーを放置して無言で本を読んでいる〝エルフの姫〟だった。
「さぁ、牙太社長。あのエルフの姫――異世界VTuber森焼イセルを導いて世界をお救いください」
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