呪われ子と災厄の騎士団

灰児

第1話呪われ子

 九〇二星紀、テファリーザ王国で待望の王子が生まれる。その王子は黒いまなこを持って生まれ、生まれた時から、呪われ子の汚名を着る。ようやく待ち望んだ我が子に女王は悲鳴を上げ失神した。取り上げた産婆も数日のうちに死んでしまった。明るい未来を見ていた、侍女達も全員口封じに毒を飲まされ殺された。父親の国王の判断だった。小国の主に生まれ、大国同士の軋轢あつれきに飲まれそうになりながら、懸命に政治のかじ取りをしていたが、タガが外れたように狂い始めた。


 貧しいが国民の豊かな農地を取り上げ、税率を上げ始めた。物価は上がり続けてその日に食べるものさえなくなり始めると、不満は高まり続けて爆発し、暴動が起こった。国王は兵隊を出してこれを鎮圧すると、それをきっかけに各地から火の手が上がった。王都には食えない農民が集まり始め、くわすきを取り王宮に押し寄せた。その内兵隊からも反乱者が出てどうしようもない状況に陥った。


 国王は誰の説得も聞かず、食べられないやせ細った国民の前で演説し始めた。テラスの下には兵隊や農民が集まっており、怒号を浴びせる。阿鼻叫喚あびきょうかんの中で、国王は「私の息子は呪われている。私のこれまでの知恵と研鑽は、息子に引き継がれるだろう。代々のこの小国の財産は息子に継承されたのだから」訳の分からないことを大声で叫び、テラスから飛び降り国民に殺される前に自害した。


 手の振り下ろす場所が無くなった様に呆然とする国民達。それから、国王の息子の捜索が始まった。それが終わる頃には、挟まった二つの大国に国土をもぎ取られていた。大国同士に二つに分割され、国民はもっと苦しむことになる。呪われ子の王子はリーザライトと似合わない名前を大司教からつけられ、外の大陸に追放になる。赤ん坊だった王子は運命を知らぬまま、孤児となり最果ての教会に預けられることになった。


 捨てられた子供達が集まる最果ての地で、生き抜く術も持たず、ただ死んでいくと思われていたが、数日のうちに森の魔女に攫われてしまう。森林奥深い森の中で魔女は、この日を用意して待っていた。儀式を用意して、腹に刻印をして何かを封じ込める。それはテファリーザ王国代々の当主の記憶や経験値だった。ただの赤ん坊になったリーザライトには抵抗の術はない。黒い眼が消え去り、魔女はただの赤ん坊を崖から落とした。渓谷に赤ん坊の声は響き渡り、川に落下する。そのまま溺れ死ぬと思い、魔女は森の家に戻る。


 リーザライトは聞いていた。父親の言葉を、父親の記憶や経験を。急流にわずかに体を浮かせ、息突きをしながら流される。岩にぶつかっても死ぬし、その先は滝で落ちていく落下間で生まれてから幾つも絶望を知る。滝壺に落ち流され体も裸で、冷え切っている。時期に自分は死ぬだろうと思うと、父親と母親の幸せな逢瀬が頭に浮かぶ。女王は国一番の美人で、国王は強かに生き抜く強さを持ち合わせていた。河原の石を掴み掴み、流れを殺しつつ、草陰にたどり着く。それでももう死が目前に迫っている。泣き出す声も寒さで出ない。


 そこに偶然猟師の大男が通りかかる。一日の食料を稼ぎに村から出ていたのである。必死に赤ん坊の声で泣きだすと、思った通り反応した。近づいてくる大男に見つかると、「こんなところに裸の赤ん坊が、捨て子か?でもこの腹の刻印は森の魔女の物か」冷静に不吉だと猟師の大男は判断する。

「魔女が子供を産んで捨てたか、魔術が使える子供かも知れない。高く売れそうだ」

 ほくほく顔で赤ん坊を毛皮で包み猟師小屋で連れ帰った。運が良かったと思う。魔女の子供だと誤解してくれたのだから。火を焚き、猟師はヤギを飼っていて、乳を搾り布につけて赤ん坊に吸わせる。ああ、生き返る。口に栄養を含みながら笑ってみる。

 

「おお、笑った、なかなかいい子だな、売り渡すのはもっと育ってからだ。顔の形が良すぎる気がするが、お前はハ、ザ、ン、ハザンだ。これから俺の息子だ。しっかり育てよ」

 笑う赤ん坊に長い孤独を癒されながら、猟師の大男、ダナンは人のいい方だった。

 助かった命どうするか考える時間はたくさんあった。上手く育って、あの魔女の儀式の刻印を解かなければならない。まず、第一に生き残ることだ。笑いながらハザンは僕に相応しいかなと思うようになる。少なくともリーザライトよりは呪われ子らしい。とにかく、このダナンという男に取り入り、怪しまれず成長しなければならない。自信はあった、父親の知識と知恵があり、生き抜く術を学び取ろうとこの猟師から吸い取るだけ吸い取ろうとした。


 三歳児、少しは歩けるので、地面に拾った棒で文字を書きつけるようになる。教えてもないのに文字を書けるのは、不思議だなと思い猟師は狩りに出ていて、思ったより腕の立つ猟師らしい。野兎や山鳥を時々捕まえてくる。熊も春先には出るらしい。三歳児ながらの指を動かして、ダナンの鳥罠の籠を藁で編む。

「おお、上手いな、ハザン。三歳児なのに俺の真似か、偉いぞ」ダナンが褒めるのを別にして、上手く手足を使って籠を一日中編んでいく。お金になるだろう藁の籠を上手く習得するために一日中触っている。三年触っていて、一人前に自分より大きな籠が編めるようになる。


 六歳児、自分でも毎日編んで自慢したいくらいである。ダナンはその籠を村まで売りに行き金に換え、子供服や子供用の鉈を買って与えてくる。藁を常に触っていた報酬らしい。僕は嬉しくて、「お父さん、ありがとう」と礼を言うのを忘れない。ダナンは照れて「本当に、いい子だ。魔女の子か、違う気がするな」すっかり六年の努力で気を許してしまっている。親子の繋がりはないとはいえ熱心に面倒を見てくれた。


 剣の扱いは記憶と経験値に残っているので、鉈を扱うのは習い覚え、振り回すのは時間がいらなかった。森で籠の材料を取って来て、籠を手早く編んでいく、大きなものから小さなものまで、村に初めてダナンと売りに行く日が来た。猟師小屋の周りには、記憶に習い覚えた文字の書付で一杯である。村に着くと、敷物を広げ、鉈で割った木に文字を書いて立てかけておく。籠は会心の出来で、大人より上手く、日常に取り扱うのに不自由しないくらいである。村人が寄って来て、ダナンに言葉をかけて行く。


「この子が森で拾った子か、顔は美人で、籠も作るのも上手い。よく見つけたな、ダナン」

 村人が褒めて籠を買っていく。出来がいいので、数個売れれば、塩漬け肉とパンが買えた。ダナンも照れて、「この子は頭がいい子だ、売ろうかと思ったが、三歳児で文字も書けるようになった。町の学校に通わせたい、自分で生活できるようになるだろう、自慢の子だよ」と機嫌が良い。籠もあっという間に全部売れて、「ハザン少し村で友達を作って来い、お父さんは村長と話がある。夕方までにはここに戻れよ」と頭をなでる。


 子供達が遊んでいる所を見て、一緒に加わる。六歳児だが、年長の女の子が寄って来て、抱きしめてくる。どうやら、顔の造りが綺麗で抱き着きたくなるらしい。すぐなじんで、一緒に遊ぶようになり、村長の娘も遊んでいる。何故か照れているので、後で色々都合が良いと、手を引いて遊ぶようになる。

「ハザン、もう文字がかけるの、私にも教えてくれない?」

「うん、アリアいいよ。数字と言葉はこう書くよ」

 木の棒で地面にすらすらと書きつけて行く。


「ふうん、すごいね、ハザン。村に来たら家に遊びに来てね」

「いいよ、アリアの頼みなら、軽いものだよ」

 アリアは顏を赤くして、夕方まで地面に文字や絵を書きつけていた。賢い子で、すぐ覚えて続きを聞いてくる。年長の子も、村は識字率が高くないのか感心して、頭をなでてくれた。夕方になり、友達となった子と別れて、元の場所に戻る。ダナンが待っていて一緒に帰る。

 

 どうやら、村長に話をして、本を借りてきてくれたらしい。大人用の書き物で、これで練習しろとと渡してくる。帰って塩漬け肉とパンを食べ、藁を編みつつ、獣脂のろうそくの下で、本を読んでいた。ここは辺境だが、公用語があり、ほとんど村人には扱えないものらしい。


「どうだ、ハザン、理解できるか?」

「はい、お父さん」文章を読み下していく。

「本当に頭の良い子だ、子供達にも教えてやれ、良いことを教えることだ」

「村長の娘のアリアは頭がいい、すぐ覚えたよ」

「友達になってやりなさい、俺も世話になっている」

 ろうそくを吹き消し寝てしまう。


 寝転んで、あの魔女に思いをはせる。どうやって、この腹の刻印は解けるだろう?

 刻印が消えれば数十世代に及ぶ記憶と経験値が手に入る。剣でも知識でも簡単に負けることはないだろう。今は成長して、時期を待とう。呪われ子として生きることをひたすら隠してあの国を取り戻すまで、生きていこうと決意した。どうやって取り戻すか今はわからないが、強かに力をつけて行こうと眠りについた。


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