お前は、確実に―――

(―――今、なんて…?)



 実は大きく目を見開く。



 何を言われたのか理解できない。

 理解したくない。



 しかしそんな願望とは裏腹に、長い時間をかけて、言葉の意味が脳の髄まで染み込んでいって……



(冗談じゃない!)



 湧き上がったのは、そんな拒絶。



「……馬鹿言うなよ。そんなふざけた話を、信じろって言うのか!?」



「地球の人間が花を認識できないのは、すでに実証済みだろ? 教室に咲いた花は、実が抜こうとするまで誰にも抜かれなかったんだから。」



「………っ」



 突きつけられた事実に、言葉がつまる。



 ここまで言われれば、拓也が言わんとすることが嫌でも察せられる。

 しかし、それを認めるのは無理な話だった。

 導き出された結論に、吐き気すら覚える。



 話を理解できない苛立ちに、微かに全身が震えた。



「じゃあ………一体、俺はどうなるんだよ…っ。俺はなんで、これが見えてるんだよ!?」



 実は花を指して怒鳴る。



 理不尽な怒りだとは十分に承知している。

 しかし、そうせずにはいられなかったのだ。



 こちらがどんなに力を込めて睨んでも、拓也の無表情は崩れない。

 それが、ささくれ立った神経をさらに逆なでする。



「おれ、実に知ってもらわないといけないことがあるって言ったよな。」



 こちらの質問に答えず、拓也は勝手に話を次に進めてしまう。

 そんな彼の態度に、実は大きく顔を歪めた。



 いい加減、我慢も限界だ。



「は? その前に、こっちの質問に―――」

「いいから聞け。」



 拓也の目に険しい光が宿った。

 その鋭い視線にさらされたことで、忘れていた彼への恐怖が鮮やかによみがえる。



 実が恐怖で口をつぐんだ一瞬の間をのがさずに、拓也はまた話し始める。



「始業式の時、ふらふらしてるって実の手を触ったよな? 実への疑問が、ほとんど確信に変わったのはあの時だ。察するに―――」



 一旦そこで区切る拓也。





「―――毎晩、同じ夢を見ないか?」





 そう問いかける紺碧こんぺき色の双眸に宿る険しさが増す。



「なっ…!?」



 実は目を剥いた。



 夢のことは誰にも話していない。

 それなのに、どうして……



 実の反応から、十分に答えは得られたのだろう。

 拓也は続ける。



「それと昨日、その夢になんらかの抵抗をしなかったか?」

「―――っ!?」



 瞬間、鮮やかにフラッシュバックする夢の記憶。



 自分の意志ではなかったけど、あの手を撃退したのは確かだ。

 拓也の指摘は、正確すぎるほどに自分の状況を言い当てていた。



「どうして……」



 茫然とした実の口から、無意識にその一言が零れる。



「今日は、街中に魔力の残滓ざんしが満ちていた。」



 拓也は部屋をぐるりと見渡し、目を細める。



「特に、ここは濃度が一際高い。ここに実しかいなかったんだったら、この魔力の源は実しかいないだろ?」



 その言葉に、実は横に首を振った。



 嫌だ。

 聞きたくない。



 そんな思いが、脳内を暴れ回る。



「ここには、二種類の魔力が残っている。一つは、実が夢に抵抗したもの。もう一つは、実に夢を見せるためのもの。実が毎日見ている夢は、魔法干渉から見るものだ。偶然じゃなくて、誰かによって見せられているんだよ。夢を媒介にする術はたくさんあるから、どんな術とまでは断言できねぇけど…。でも、実を呼び寄せるための術と見て間違いないと思う。」



「……呼び寄せるって、どこに?」



 うめくように漏らした実に、拓也の目にまた憂いが満ちた。



「言うまでもなく、向こうの世界にだろうな。」



 ガンッ、と。

 鈍器で殴られたような衝撃が全身を襲う。

 よろよろと拓也から後退していると、ベッドにぶつかった拍子に膝が砕けた。



 ベッドに尻餅をついた実の表情は呆けたまま。



「実…」



 拓也の表情が歪む。



 その表情は、心底こちらに同情しているかのように悲しそうだった。

 何かをこらえきれなくなったのか、ぎゅっと目を閉じる拓也。



 そして彼は、静かに告げたのだった。





「―――お前は、確実に向こうの人間だよ。」




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