熱帯夜

 夏の暑い夜、エアコンのない私の自室、家族はすでに夕食を食べ終え恐らく眠りについたころだろう。私はというとこの蒸し暑い自室にこもり絵を描いている、

部活の顧問に「コンテストに出てみないか?」と言われたのが事の発端だ。

彼はイラスト部の顧問で2年生の担任をしている、私は3年生でなおかつ軽音部だ、関わりは一切ない。そんな先生から突然コンテストに出ないかと言われたのだ。


 何回断ってもその先生は断った次の日に、最低でも1回は聞きに来る。

あまりにもしつこいのでついに聞いてしまった。

「どうしてそんなに私を誘うのですか?」

 これを聞いたのには理由がある。

私はこの先生とはほぼ初対面だから、なぜそこまで食い下がるのか、確かに絵は描くのだが絵を知っているのであればどこで知ったのか? すると先生はこういった。

「君の中学校の美術の橋本先生とは同期でね、君のことを聞いたんだよ~。作品も見せてもらってね、是非やってほしいんだ」

 私は頭を抱えた。あの先生とまさか同期だったとは、橋本先生は私が吹奏楽部に入るときに、必要に美術部への入部勧誘をしてきた先生だ。さすがに担任に相談してやめてもらったが。

 しかしこの先生は一度断ると次の日まで勧誘することはほぼない、担任にも相談したのだが、

「うーん、まぁ少し様子を見てみよう、ほんとうにしつこいようなら俺から言うよ」と言われ、それ以降は特に何もしてくれていない。


 先生のスカウトから1週間担任がとある雑誌のコピーを持ってきた。そこにはイラスト部の先生の作品が載っていた、その作風はまるで自分の描き方にそっくりで、なおかつ自分よりも圧倒的に技量は上だ。

 それに感動した次の日、私は自ら朝一で職員室へ向かった。

「失礼します、イラスト部の田邊先生いらっしゃいますか?」

「はいはい!今行くよ~!」

 そう言って彼は職員室の奥の自分の席から小走りで近づいてきた。

「若ちゃん、どう?考えてくれた?」

 私の名前を言った先生に私はコンテストの返事を返す。

「はい、じっくり考えさせていただいた結果、参加させていただきたく思います」

 その返事を聞いた先生は、ぱあぁっと顔が明るくなる。

「やった! ほんとにありがとね! テーマ自由の対象は動物だからラフを描いて持ってきてね、待ってるから!」

 そう言って彼は職員室の中に戻っていった。その日は授業中も休み時間も使って絵の構想を練り、部活は田邊先生が手を回したらしく、軽音の顧問から、

「今日はお前は帰っていいぞ、頑張れよ」と、言われた。先生の手回しの本気度に私自身にも気合が入る。

 それから帰り道の1時間ちょっとの間に、

「…こっちの構図もいいな」

 と、ふと思いつき家に入ったら即お風呂に入り、ご飯は部屋に持ってくるようにお願いして自室にこもり2つ分のラフを描き続け、今に至る。

 気が付けば時計は23:44分を指している。家の前は大通りから大通りのバイパスなっており昼夜問わずいつもトラックやタクシーなどが行きかっているのだが、今日は珍しく一台も通っていなかった。

 ラフは1枚は完成、もう一枚もまなく完成の段階まで来た。もうちょっとだな…

と、思ったところで携帯が鳴る。ポップアップの通知欄を見ると、SNSの知り合いからDMが来ていた。


『お疲れ様~ 今日の夜も暑いね~』

 私はラフを描く手を止めて返信を返す。

『ほんとに暑いよね、嫌になっちゃう(笑)』

『そういえば私、イラストのコンテストに出るんだ』

 そう打つとすぐに返信が返ってくる。

『まじ? やるじゃん‼ みたいな~』

 そう言われて少し迷ったが、ラフを2枚とも写真にして送信した。

『お! すげぇ! ちゃんと絵だ!』

『なによ、私の絵が変だって言いたいの?』

 そう言うと彼は首を振るスタンプと、画像を添付して送ってくる、そこには何かの絵だとは思われるが何の絵なのかは不明な絵が送られてきた。

『え? なにこれ』

『俺の描いた猫』

 それを言われてあぁ…と思った。確かに耳が猫の耳になっている、しかし顔や胴体は、参考したであろう画像から一切原形をとどめていない。

『まぁ、そんなんしか書けないんだけどよ、応援してるぜ! がんばれよ!』

 そう言われた。元々知り合ったのは配信アプリで仲良くなったのだが、今ではお互いにDMを送りあう仲のいい人で若干推していた、微妙に貢いでいるのは親には内緒だが。

そんな人に「がんばれよ」と、応援され、より一層やる気も出てきた。


 明日はいよいよ先生にラフを見せる日だ、いつの間にか暑さはさほど気にしなくなっていたが書き終わった後に一気に暑い感覚が来たので、冷蔵庫の水をコップ1杯分飲んでベットに入る。

 その日の夢は不思議なことにコンテストで賞を受賞する夢で、賞状を受け取るところで目が覚めた。…ふと、時計を見ると7時半を過ぎている。

「やばいやばい遅刻する!」

 そう言いながら10分で制服に着替え、鞄を持って1階に駆け下り、テーブルにあった食パンを1枚ひっつかみ玄関へ走る。

「行ってきます!」

 そう言って私は元気よく玄関を飛び出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る