第11話(1) 白く塗れ

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「なんだと⁉」


「……撤退するぞ」


「ああ」


「! 待て! ぐっ⁉」


 強風が吹き、白い男女と弥生と古墳がその場から消え去る。令和が呟く。


「き、消えた……」


「あ、後はレーダーでしっかり追えているよ!」


「課長⁉」


「ただ……二方向に分かれているようだね……」


「ならばこちらも二手に別れよう!」


「平成さん⁉」


「俺が古墳さんを、令和ちゃんが弥生ちゃんを助けにいく!」


「し、しかし、得体の知れない相手に対し、それぞれ単独で向かうのはややリスクが……」


「……私たちが助太刀するわ」


「⁉ 縄文さん! 旧石器さん!」


「よし! 奴らの後を追うぞ!」


「え、ええ!」


 平成と令和がそれぞれの方向に向かって走り出す。


「……レーダーによるとこの辺のようだが……」


 平成が周囲を見回す。旧石器が前方を指差す。


「平成、あれを見ろ!」


 指差した先には空中に浮かぶ古墳と古墳に似た恰好をした白い男の姿がある。男が呟く。


「……来たか」


「お前は何者だ!」


「私は『はく』……」


「白だと?」


「ぐっ……」


 うなだれていた古墳が顔をゆっくりと上げる。


「古墳さん!」


「こ、こいつらは『空白の4世紀』や……」


「ええっ⁉」


 古墳の言葉に平成は驚く。


「266年から413年にかけて、中国大陸の文献には倭国に関する記述がない……よって日本史上でも最大の謎とされておるんや……」


「なるほど……ってことはアンタも時代なのか?」


 平成が白と名乗った男に尋ねる。白が答える。


「……そうだとも言えるし、そうでないとも言える」


「曖昧な答えだな……」


「古墳をさらった目的はなんだ?」


 平成に代わって旧石器が尋ねる。


「さきほどそちらの間抜け顔が言ったように……」


「おい! 旧石器さんのどこが間抜けだ!」


「いや、流れ的にお前のことだろう⁉」


「ええっ⁉ 俺のどこが間抜けだって言うんですか⁉」


「自覚がないのか……」


「……続けていいか?」


「ああ、すまん。続けてくれ」


 旧石器が白を促す。


「我々は非常に曖昧だ。存在したことは間違いないのだろうが、いわゆる『特色』がない」


「それ故に全身白いのか……」


 旧石器が頷く。平成があらためて尋ねる。


「さっき、『全てを白に染める』とか言っていたが、それはどういう意味だ?」


「……我々だけ白いというのも不公平だとは思わないか?」


「うん?」


「だから我々は一つの答えに行き着いた……」


「ん?」


「『いっそのこと、みんな白くなれば良いじゃん♪』と……」


「と、とんでもないことを軽いテンションで言うなよ⁉」


 平成が唖然とする。白はそれを無視して、古墳の方に向き直って呟く。


「まずは貴様、白くなっちゃいなよ……」


「いや、なっちゃいなよって⁉」


 古墳が戸惑う。


「何も恐れることはない……」


「いや、その手元に持っているのはなんや⁉」


「『漆喰しっくい』……古墳などにも使われていた建築材料だ、貴様も知っているだろう?」


「壁画とかに用いるものやろう⁉ 顔に塗るなや!」


 古墳が空中でジタバタとするが、思うように身動きがとれない。


「こ、このままじゃ古墳さんが白くなっちまう!」


「喰らえ!」


 旧石器が細石刃の槍を投げ込む。


「す、少しの躊躇いもなく投げた⁉」


「ふん……」


 鋭く飛んだ槍だったが、白には当たらず、なにかにぶつかったように勢いを失い、地面に落下する。旧石器が戸惑う。


「な、なんだ⁉」


「結界かバリアみたいなもんを張ってやがんのか?」


 平成が首を傾げる。白が呟く。


「塗装作業の邪魔はさせん……」


「うわあ⁉ 白く塗られてまう⁉」


「くそ! なんとかしないと!」


「次は俺に任せてくれ!」


「平成⁉」


「『召喚』!」


「⁉」


 旧石器が驚く。髪の毛を派手に脱色し、顔を黒く塗った女性が現れたからである。


「白には黒だ! 『ガングロギャル』! 頼む! 古墳さんを助けてくれ!」


「いや、平成ちゃん、意味分かんなくてウケる。ってゆうかーあの高さに届かないしー」


「だよな……呼び出して悪かった。帰っていいぞ」


「おつかれー」


 ガングロギャルは携帯をいじりながら去って行く。平成は一呼吸置いて口を開く。


「……駄目でした!」


「なんだったんだよ⁉ ……ただ、召喚と言うのは良い考えだ!」


「えっ⁉」


「出でよ! 大型動物たち!」


「ええっ⁉」


 旧石器が叫ぶと、『ナウマンゾウ』や『オオツノジカ』や『ヒグマ』や『バイソン』、さらに『マンモス』が姿を現す。旧石器が声をかける。


「お前らに決めた!」


「そ、そんな『キミに決めた!』みたいなテンションで⁉」


「それいけ、突っ込め!」


 大型動物たちがその巨体を突っ込ませる。


「!」


 白が戸惑いの顔を浮かべる。平成も平成で戸惑う。


「い、いや、旧石器さん! 古墳さんもいますからね! ただバリアを破壊すれば良いってもんじゃないですよ⁉」


「いけいけ! ぶっ壊せ!」


「聞いてない! 狩猟民族の血が抑えられなくなっている! ……まあ、いいか……」


「良くないわ! こっちに危害が及ぶやろ!」


 古墳が悲鳴に似た声を上げる。平成が叫ぶ。


「白く着色されるよりマシでしょ! 耐ショック体勢を取っていて下さい! しょくだけに!」


「やかましいわ! なにをうまいこと言った気になっとんねん!」


「……流石に多少は驚いたが、それくらいの衝撃でこの結界は破れん……」


 白は笑みを浮かべる。平成は声を上げる。


「駄目か! 旧石器さん! もっと大型動物を召喚出来ないのかよ!」


「手持ちの中では後1種しか投入出来ない!」


「最大6種か! ますますポケットなモンスターだな! と、とにかくその残り1種を!」


「し、しかしだな……」


「どうしたんですか⁉」


「最近全然召喚していないから、何の動物か忘れた!」


「そ、そんな⁉」


 旧石器の言葉に平成が困惑する。白が笑う。


「……余興は終わりのようだな。さて……」


「うわあー! 白く塗られるー!」


「くっ! 旧石器さん、なんでもいいから! ノリで召喚しちゃって!」


「ノリって! えーい、『???』! お前に決めた!」


「⁉」


 大きな生物が現れ、一瞬で結界を破壊したかと思うと、すぐに姿を消す。


「うおっと!」


 体の自由が戻った古墳が着地を決める。平成が旧石器を驚きの顔で見つめる。


「きゅ、旧石器さん、今のは……?」


「大きいトカゲだったな……あんなの狩ったかな?」


「いやいや、トカゲじゃないでしょ! あれはどう見てもきょう……」


「結界を破るとは……こうなったら、やってしまえ!」


 白が多数の白い人影を呼び起こす。その人影が平成たちに迫る。


「む! ⁉」


「はっ! 近づくな!」


 小さい紫の影が白い影たちをはねのける。大きい紫の影が微笑みながら呟く。


「何やら大変な事態になっているようだね……」


「飛鳥さん! 白鳳くん!」


 平成が驚きと歓喜の入り混じった声を上げる。

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