第7話(1) なんと見事な国際都市

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「う~ん……」


 令和が頭を抱える。平成が尋ねる。


「なんだ、どうかしたのか?」


「報告書になんと書けばいいものかと……」


「見たことをそのまま書けばいいだろう」


「そんな、『白鳳さんと平成さんがおもむろにラップバトルを始めました』と?」


「ああ」


「訳が分からないでしょう……」


「しかし、事実だからな」


「突き返されそうですね……」


「まあ、パパッと書いて提出しちゃえよ」


「はあ……」


「約束もあるからな」


「約束?」


 令和が首を傾げる。


「ああ、挨拶まわりする相手とのな」


「約束だなんて珍しいですね、いつも出たとこ勝負みたいに出かけているのに……」


「きっちりとしている方なんだよ」


「ふ~ん……」


「とにかく報告書を完成させなよ、『手に汗握るラップバトルでした』って」


「むしろ冷や汗をかきましたよ」


「『オーディエンスが大いに湧き立ちました』ってのも付け加えてな」


「通行人の方は何人かいましたが、唖然とされていましたよ」


「まあなんでもいいや」


「はあ……こんなものですかね。提出してきます」


 令和は報告書を手に席を立ち、課長の元へ向かい、しばらくして戻ってくる。


「どうだった?」


「特に何も言われませんでした」


「ラップバトルのこともか?」


「『熱い議論を交わされた』とだけ書いておきました。聞かれても面倒なので」


「なんだよ……まあいいや、それより飛鳥さんと白鳳から何かもらっていなかったか?」


「目ざといですね……埴輪をいくつか差し上げたら、飛鳥さんからは笏のスペアを、白鳳さんからは和銅開珎を数枚貰いました」


「飛鳥さん、よく分からないものをよこしたな……まあいい、そろそろ行こうか」


 平成が立ち上がり部屋を出る。令和もそれに続く。


「ここですか」


「ああ、ここだ」


「どこかで見た覚えがあります」


 令和は周囲をゆっくりと見回す。


「そうだろうな、ここは『平城京へいじょうきょう』だからな」


「! 710年に遷都した都ですね」


「よく知っているな」


「実に見事な都ですね。東西南北に道路が走り、碁盤の目状に区画されている……」


「唐の都、『長安ちょうあん』をモデルにしているからな、北端にあるのが『平城宮へいじょうきゅう』でその正門が『朱雀門』、そこから真っ直ぐ『朱雀大路』が南北に通っている。その大路の東西に『左京』、『右京』がつくられている」


「宮から見て右左ということですね」


「そういうことだ」


「……」


「な、なんだよ、こっちをじっと見て……」


「いや、わりとしっかりとした解説も出来るのだなと思いまして……」


「令和ちゃんは俺のことをなんだと思っているの? 俺は基本しっかりしているよ?」


「しっかりしているわりには遅れていますね……」


「⁉」


「うおっ⁉」


 平成の真後ろに、ゆったりとしている赤色の上着の下に派手なストライプ柄のスカート状の裳をはいた女性が立っている。頭の上に二つの輪っかを結った髪型が印象的である。


「そこまで驚くことですか?」


 女性が整った顔を少しほころばせながら尋ねる。令和が平成に問う。


「平成さん、もしかしてこの方が……」


「ああ、時管局古代課の『奈良なら』さんだ」


「奈良さん……」


「平成さん、こちらは?」


「ああ、新しい時代です。挨拶まわりをしています」


「令和と申します。よろしくお願いします」


 令和は奈良に向かって頭を下げる。


「令和……良い名ですね……」


 奈良が優しく微笑む。令和が頷く。


「ええ、『万葉集まんようしゅう』から引用させて頂きました」


「時に初春の令月にして、気淑く風和ぎ……」


「そうです」


 奈良の詠んだ歌を聞き、令和が笑顔を浮かべる。


「どうしてなかなか良いセンスをしていらっしゃるのですね……」


「恐縮です」


「英訳するとどうなるのでしょう?」


「え? え、英訳ですか?」


「ええ」


「えっと……『美しい調和』という意味で、『ビューティフルハーモニー』と各国には通達させてもらいましたが……」


 令和は戸惑いながら説明する。平成が首を傾げる。


「そんなことを聞いてどうするんですか?」


「大事なことですよ、この平城京は国際都市ですから」


「え?」


「そう言われると確かに……」


 平成と令和はあらためて周囲を見渡す。彼らの周りには様々な顔立ちをした人々が歩いている。平成が顎に手をやって呟く。


「東アジア系のみならず、インド系やもっと違う顔立ちの人たちがいるな……」


「彼らはペルシア人です」


「ペルシア⁉ イランの方もここまで来ていたんですか?」


「『シルクロード』を通してはるばるやってきたそうですよ」


「そ、そうなんですか……」


「平城京で役人として働いています」


「へえ……『ファイナルファンタジー』の天才プログラマーとして活躍したナーシャ・ジベリさんみたいなもんか」


「ちょっと違うと思います」


 平成の感想を令和が即座に否定する。


「しかし、そう言われると結構人が多いな」


「約7万人が住んでいます」


「そんなに⁉」


「七割は官人とその家族で、残りが庶民の方です」


「確か今の奈良県って、県民の半分が鹿だよな?」


「そんなわけないでしょう……」


 平成の暴言に令和が呆れる。

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