第37話 ローゼット家3
帝都ハイスローン内に
買い物から帰ってきたケルビンが、留守番しながらトレーニングしていたビージーにその話を教えた。
「ハンコック家が皆殺しにあって崩壊した」
「そうするとどうなるの?」
「ハンコック家の栽培していたベルダの緑茸がまずなくなり、ベルダが手に入らなくなる」
「そんなの、誰かが引き継ぐんじゃないの」
「そうだろうな。残った四公家のうちのどこかが引き継ぐか、それとも別の貴族が引き継ぐか。
今の世の中、どこの公家にも属さない独立貴族でしかも有力な貴族はおそらくいないから、やはり四公家で引き継ぐのだろう」
「ふーん。
それで、ハンコック家を皆殺しにした犯人は誰だか分かっているの?」
「分からない。ハンコック家で各地の荘園から私兵を集めて何事かを企んでいることは知っていたが、他の公家では私兵を集めていない。
相手を皆殺しにするためには少なくともそれ以上の兵が必要だ。
私兵を集めていた当の公家が皆殺しになったわけだから、
となると、残る可能性は皇帝の審問官。しかし、審問官と言えども館にこもる私兵を半日で皆殺しにはできまい」
「ということは?」
「皇帝が自ら出張ってきたと考えた方がいいだろう。
ハンコック家が私兵を各地から招集していた理由は、よその公家を襲撃するためだったのかもしれないが、皇帝に反逆を企てていたのかもしれない。
そうでなくとも、多数の兵を帝都に入れたわけだから皇帝が出張る十分な理由になる」
「皇帝が出てきたんならわたしたちにとってチャンスだったんじゃない?」
「いや、皇帝の力を侮っていたようだ。
数百年前、皇帝たった一人で一つの公家を皆殺しにしたという話があったのだが、まさか本当のことだとは思ってもいなかった。
何か考えないと、皇帝を目の前にしても、俺たち二人でどうこうできるような相手じゃない」
「じゃあ、どうするの?」
「公家一つがたった一夜で丸ごと滅んだわけだから、残った四公家は次は自分のところかも知れないと恐れているかもしれないし、恐怖心は判断を誤らせる一番大きな要因だから、四公家がらみで何か起こる可能性は十分ある。
俺たちがそれに巻き込まれることはないだろうが、その動きを見極めてから動こう」
「そうだね」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ハンコック家の当主マティアス・ハンコックとハンコック家のほとんどの家人が帝都の屋敷と共に一夜にして滅んだ二日後。
残る四つの
同時に、残った各公家は帝都に館を強制的に構えさせられている意味を思い出した。彼らは皇帝によって生かされているだけだったのである。
そういったなか、帝城からローゼット家に対して書状が届けられた。書状を届けたのはもちろん審問官である。
帝城からの書状を受け取った筆頭家令キエーザは書状を一瞥後、当主のビクトリア・ローゼットのいる執務室に届けた。
『ハンコックの敷地を片付けること。その際の拾得物は届け出る必要はない。
敷地内の栽培場は手つかずのため至急接収し緑茸の栽培を引き継ぎ、ベルダを滞りなく生産すること。
ベルダ生産に必要なスラグシルバーは帝城より供給する。
スラグシルバーの価格は追って知らせる。
緑茸の栽培場は三カ月以内にハンコックの敷地よりローゼットの敷地内に移すこと』
と、書状にはしたためられていた。
「キエーザ、これは喜んでいいことなの?」
ビクトリアが筆頭家令に問うた。
「皇帝の命令ですので従わないわけにはいきませんが、スラグシルバーの当家の買い取り価格は、他家へのものに比べ相当高く設定されるでしょう。
収益性から見れば、ほとんどうま味はないと思います」
「それはそうよね。
とはいえ、ここでやらないわけにはいかない以上、さっさと片付けてしまいましょう。
あとは、ハンコック家の地方に残った荘園をこの機に手にいれたいわね」
「地方でのこういった動きに対して、皇帝はこれまで無関心でしたから問題はないでしょう。
今回皇帝はハンコック家の消滅を望んでいるでしょうから積極的に各家も動くはずです。
公家四家で争っても無意味ですので、すでに三家に対して分け取りのための話し合いをするよう提案しております」
「相変わらず気が利くこと。だけど、うちが皇帝から緑茸とベルダを任されたと、三家が知ればうちが不利にならないかしら?」
「そこは、交渉次第でしょう。
他三家も、当家がベルダを任されたと言ってもそれほどうま味はないだろうというくらいは分かっているはずですから。
とはいえ、ある程度の譲歩はやむを得ないかと思います」
「そこは任せたわ」
「ありがとうございます」
一礼をしてキエーザはビクトリアの執務室から退室した。
『審問官を黒衣団で抑え込み、兵を帝城に突っ込ませれば勝てると安易に考えていたが、皇帝自身の力、闇の御子の力を侮っていた。
皇帝が兵を持たぬのは、兵など必要なかったからだったとは』
これまで何とかして皇帝を打倒できないものかと考えていたビクトリアだったが、皇帝による不意のハンコック家の粛清を目の当たりにし、いつローゼットがハンコックの二の舞いになるか分からない現状、皇帝の打倒は何としても成し遂げねばならないと決意を新たにした。
しかし、これまで漠然と財力を蓄え私兵の数と精鋭中の精鋭である黒衣団の数を増やしていけば、いずれ。と、安易に考えていたことを反省した。
それと同時に、軽挙に及ぶ前にハンコック家の事件が起きたことに、ビクトリアは自分の運の強さを感じた。
『今回ハンコック家が粛清されたが、当主が自分の首を差し出せばハンコック家自体は許されたのだろうか?
そもそも、ハンコック家の嫡男が審問官を殺害したというのも、罠だった可能性が十分ある。
最低でも数年はおとなしくしていなければ。
その間に何か都合のいいことが起こるかも知れないし、何かいい手を思いつくかも知れない』
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