第30話 襲撃3。泥片づけ


 最後に残った審問官に小石を投げ終えたビージーは、いったん鞘に入れていたダガーナイフを抜き出し審問官に迫っていった。


 すでに審問官は通路に面した建物の壁近くまで後退しており、これ以上下がれない。


 ビージーは左手に持ったスタブナイフを逆手に持ち替え、審問官に向かって一歩踏み込み、右手のダガーナイフで払ってみせた。

 そのビージーの動きに合わせてケルビンが審問官に向かって左右のナイフで連撃を放ち続けた。


 審問官からすればビージーに比べ圧倒的にケルビンの方が脅威度が高い。

 注意も7割方そちらに振り向けられている。


 審問官の受けが遅れ気味になってきた。


 そこだ!

 その声はケルビンの声か、ビージーの声か分からない。声に出さない声だったのかもしれない。

 ビージーは大きく一歩踏み込んで逆手に持った左手のスタブナイフを審問官の傷めているはずの右肩に向けて振り下ろした。


 ケルビンの攻撃を凌ぐことで精いっぱいだった審問官は、体を反らせてビージーの一撃をかわそうとしたが間に合わず、ビージーのスタブナイフは根元まで審問官の右肩に突き刺さった。

 ビージーの左手には骨を砕いた手応えと一緒にスタブナイフが途中で折れた手応えが伝わってきた。


 ケルビンはビージーの一撃で動きの止まった審問官に対して、喉元にダガーナイフを突き入れそのまま横に切り払った。


 審問官はわずかにメイスを動かしただけで、体を半回転しながら路上に斃れ伏した。

 雨に打たれ濡れた通りに審問官の首から流れ出た血が滲んで広がっていき、少しずつ流されていった。


「やったな」

「うん。

 わたしのスタブナイフ、先が折れちゃった」

「ルーガを飲んで突き刺したんだ。スタブナイフがもたなかったのは当然だ。

 それにナイフは消耗品だ。買い替えれば済む」

「それなら、よかった」


「俺たちの顔を覚えられているから、こいつは必ず仕留めなくちゃならなかった。ビージーよくやった」

「えへへ。

 死体はどうするの? 道に転がしたままでいいかな?」


 先ほどケルビンが喉を裂いた審問官の首から道路に流れ出て大きく広がった血を雨が洗い流していく。


「ここに放っておくほかない。野犬が始末するか、他の審問官が先に見つけるか、そのどっちかだろう。

 奴らが来ると面倒だ。そろそろアパートに帰ろう」

「うん」


 路上に置いた買い物の荷物を回収した二人は足早にアパートに戻っていった。




 大雨の中、五人の審問官を全て斃したケルビンとビージーはアパートに戻ってきた。


「ビージー、中まで濡れているだろうから早く着替えろ」

「うん」


 その場でビージーは服を脱ぎ、脱いだものを部屋の中の物干しロープにかけていった。

 買い物の荷物を置いたケルビンもビージーと同じように服を脱いでいき、物干しロープにかけていった。


 二人とも真っ裸になった時には、物干しロープは衣服で一杯になって、一部の衣服は重なってしまっている。


「物干しロープをもう一本用意しておけば良かったな」

「なかなか乾かないとカビちゃうよね」

「そうだな。お茶も飲みたいし、ストーブを焚くか」


 ビージーの体は相変わらずやせっぽちではあるが、ケルビンのもとにやってきた時に比べればかなり肉付きは良くなっている。それと同時に少しだけ胸も膨らみ始めていた。


 ケルビンはビージーの体を見なかったことにして、

「タオルで頭と体をよく拭くんだぞ。特に髪の毛な」

「うん」



 体を良く拭いて乾いた服を着たケルビンはストーブに火を入れ、薬缶をかけて湯が沸くの待った。


 ケルビンは、ポットに茶葉を入れ、沸いた湯を注いでしばらくおいてから二つのカップ注ぎ、その一つをビージーに渡した。


「ありがとう」


 カップのお茶を二人ですすりながら、

「五人も審問官を殺しちゃったけど、平気かな?」

「なにがしかの動きのあることを狙ってやったわけだから、それなりの動きはあるだろう。

 ここも安全じゃなくなるかもしれないから、御子の装束とか丸薬はすぐに持ち出せるように袋に詰めてとりあえず下に持っていくか」


 お茶を飲み終えた二人は、装束や丸薬を布袋に詰めて床の扉を開けたところ、下の小部屋の中は水浸しだった。


「この大雨で下水が増水したようだ」

「どうするの?」

「下には置けないから、上に置いておくしかない。

 水が引いたら大掃除しないといけないだろうな」


「薬屋のおばさんのところは大丈夫かな?」

「あそこもダメだろうな」

「やっぱりそうだよね」


「しばらく出歩くことは控えて掃除でもしていよう。審問官の動きが落ち着いたらビージーのスタブナイフを新しく用意しないとな」

「ナイフをダメにしちゃったこと、すっかり忘れてた」


「ビージーにしては珍しいな」

「うん。ちょっと動転してたからかもしれない」

「確かにな」


「でも、今日で2回目だったから、自分ではうまく動けた思う」

「俺から見ても、ビージーの動きは良かったぞ」

「そうだった? よかった」



 それからしばらくして雨が止み、わずかな時間ではあったが何十年かぶりに帝都に青空が広がった。



 翌日。


 ケルビンは先になって水が引いた下の小部屋に下りていった。

 泥の中に立ったケルビンのブーツはくるぶしまで泥に埋まっていた。


「下水が増水しただけで、こんなに泥だらけになるとは思わなかった」

「うわっ! これひどいね。どうやって掃除するの?」

「出口からすこしずつ泥を下水に掻きだしていくしかないな」

「わたしは何すれないい?」


「ビージーは下りなくていいから、まずは上から箒を持ってきてくれ」

「わかった」


 ビージーが箒を持ってきて梯子の上から顔を出した。


「上から落としていい?」

「ああ」


 上から投げ下ろされた箒を、ケルビンが受け止めた。


「後は何すればいい?」

「そうだなー。

 あるたけの桶に水を汲んでおいてくれ。泥をかき出したらロープで吊り下ろして部屋の中を流すから」

「分かった」


 桶に水を汲み終わったあと、下で泥片づけをしているケルビンにビージーが上から声をかけた。

「桶に水を汲み終わったけど、ロープはどれを使えばいいの?」

「俺の衣装の入っている箱は分かるだろ?」

「うん」

「その中に入っているからそれを使ってくれ」

「分かった」


 下水までの通路と部屋の中の泥があらかた片付いたあと、ケルビンが下水の側道を見てみたが、下水の側道も当然泥だらけで、こちらは当分元に戻りそうになかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る