第27話 準備


 二人は何事もなくアパートに帰りつき、ケルビンは荷物を片付けて昼食の準備を始め、ビージーは井戸から水を運んでケルビンの手伝いをした後、腹筋や腕立て伏せといったトレーニングを始めた。


「ビージー、メシの支度ができた」

「はーい」



 昼食を食べながら、ビージーが自分の考えをケルビンに話し始めた。

「皇帝を暗黒の塔から引きずりだすため、まずは審問官の数を減らそうよ。そうすれば、今までに考えられなかったことが帝都で起こって皇帝が塔から出てくると思うんだ」

「続けてくれ」


「今日見た審問官は五人だったでしょ。その五人が助けを呼ぶ前に斃してしまえばいいんだよ。そうだよね?」

「その通りだ」


「だから、一瞬のうちにケルビンが三人斃して、わたしが二人斃せばいいんだよ」

「ビージーの言う通りだ。

 ただ、俺もお前も明るいところでは、一人だって簡単に審問官を斃せないってことが問題だな」


「もっと空が暗くなればいいのかな? 夜になってから襲えばいいのか?」

 ケルビンは頷き、

「暗闇の中でなら、俺とビージーで一人ずつ、二人までは斃せると思う。最初の二人は簡単に斃せそうだが、残りの審問官に気づかれて仲間を呼ばれるだろうな」


「ということは、審問官が二人のところを襲うか、わたしたちの仲間がもう一人いればいいってことじゃない?」

「審問官はたいてい3人から五人で出歩いている。二人だけで歩いていることはまずない。

 それと、俺はビージーが『影の御子』だったことでさえ奇跡と思っている。さらにもう一人『影の御子』が見つかるとはとても思えない。

 万が一見つかったろして、そいつが俺たちの仲間になるとも限らない」


「『影の御子』じゃないとだめなの?」

「そうだな。『影の御子』でなくとも審問官程度の能力があれば十分かもしれない」

「審問官を仲間にできないかな?」


「うーん。ビージーは俺には想像もできないようなことを思いつくな。

 確かに連中の大部分は帝国、特に自分を捕まえて審問官ばけものに変えた審問官に恨みを持っている可能性もある。そこは考えておこう。

 それよりも声を出されたら仲間を呼ばれてお終いだぞ?」


「そんなこと分からないよ。今は夕方霧雨が降るだけだけど、もしかしたら大雨が降って仲間を呼ぶ声が聞こえなくなるかもしれないよ?」

「ビージーは大雨を見たことがあるのか?」

「一度だけ。空も周りも夜みたいに真っ暗になって雨の音しか聞こえなくなった」


「そうなのか。俺はこの都で長年暮らしているが今まで一度も大雨に出くわしたことがないから大雨と言っても想像することしかできない。

 大雨の中だと音が聞こえないのなら、審問官との戦いに少々時間がかかっていいから5人は斃せるな。運次第だがそういう時が来たら積極的に仕掛けてもいいかもしれない」


「そのつもりでいればチャンスはきっと来るよ」

「そうだな。そのつもりでいよう。出歩くときは少々危険ではあるが、ナイフを持っていこう。

 そういえばまだビージーにナイフの磨き方を教えていなかったな。昼からはナイフの磨き方を最初に教えるか」




 食事を終え、片付けも終わったところで、さっそくナイフの磨き方の講義が始まった。


「こっちの目の粗い方が荒砥あらと、こっちのつるつるした方が仕上げだ。そして、目が中ぐらいの砥石が中砥なかとだ。

 刃こぼれしたりしていると荒砥で全体を均して、中砥で大まかに均して最後に仕上げ砥で磨くが、まだビージーのナイフは刃が欠けてはいないから仕上げ砥だけでいいだろう」

「刃が欠けてと全体を均しちゃうと刃が薄くなって小さくなるんじゃないの?」

「その通りだ。刃が欠けているということは、ナイフの本体にひびが入っていることもあるから、買い替えなくちゃならない。それまでのつなぎだな」

「わかった」


「ビージー、まずはダガーナイフからだ。

 お前のダガーナイフを寄こしてくれ」

「はい」


 ビージーが自分のダガーナイフの刃先を持ってケルビンに渡した。


「それで、仕上げ砥だが、最初に砥石に水をかけて、ナイフをこんな風に持って手前から押し出すように磨いていく。刃と砥石の角度はこんな具合であまり浅くも無く深くもなく」


 右手にナイフの柄を持ち、左手の人差し指、中指、薬指の三本の指で刃先を抑えてケルビンがビージーのダガーナイフを磨いていった。


「四、五回磨けば十分だ。両刃なので裏返して同じように磨いて、持ち替えてまた磨く。……。

 よし、こんなところだ。

 次はスタブナイフを寄こしてくれ」


 ビージーが手渡したスタブナイフを持ったケルビンが、

「スタブナイフの場合刃がないから先端だけを荒く磨くだけでいい。ということで中砥なかとに水をかけて先端を回しながらこんな具合に磨くだけでいい」


 数回スタブナイフの先を中砥なかとの上で滑らせただけでスタブナイフの研ぎは終わってしまった。


「こっちは簡単なんだね」

「硬いものに突き刺せばスタブナイフでも先端が傷むが、よほどじゃなければ大丈夫だ。スタブナイフはダガーナイフのような刃もないし相手の武器を受けたとしても太い分折れにくい。

 こんなところだ。

 これからはナイフを使ったら簡単でいいから刃を磨くようにしろ。自分で刃を磨いていれば、戦闘の時でも知らず知らずのうちに刃先に注意が向き刃先を大事にするようになる」

「分かった」


 ケルビンからスタブナイフを受け取ったビージーはダガーナイフと一緒に自分の物入れにしている木箱の中に仕舞っておいた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る