第14話 初めての夜2


 下水の側道を駆けていると、ときおり汚水がザバザバーと天井の孔から噴き出してくる。

 その都度、ケルビンとビージーは器用に避けていく。

 ところどころ、天井のマンホールから下水の側道に梯子が下ろされている。

 その梯子は上の通りから下水へ出入りするためのものだ。



「小舟が側道の上に置いてあるけど、アレは何のためにあるの?」

「下水掃除の人夫が下水の底をさらったドロをあの小舟を使って運河まで運んでいる」

「運河でドロをどこに運ぶの?」

「いろんなところだ。下水のドロは肥料になるらしい」

「そうなんだ」



 そういった話をしながら数回側道を折れ、進んだ先の曲がり角で、

「ビージー、向こうの側道に跳び移るぞ」

「普段だったらとても跳び移れそうにないけど、今なら簡単そう」

「いくぞ」


 まずケルビンが助走をつけることもなく楽々三ヤードほどの幅のある下水を跳び越え、その先の側道に下り立った。

 ケルビンに続いてビージーも軽々下水を跳び越えた。

 速さのフラバの効果で空中にいる時間をかなり長く感じた。

 ケルビンの言ったように宙に浮いた敵はいい的になるとビージーも納得した。


「ビージー、その先に大ネズミが二匹いる。分かるだろ?」

「うん。ちゃんと分かる」

「いつもなら俺を見ただけで大ネズミは逃げ出すが、お前を獲物と思っているようだ。

 斃してみるか?」

「やってみる」


「今のお前なら間違いはないと思うが、連中に噛まれないようにしろよ。

 噛まれたら病気になることがあるからな」

「分かった。

 だけど、影の御子は陰の中だと見つかりにくいんじゃなかったの?」

「さっき跳んだ時、音がしたから一度注意を引いた。それと連中は俺たちの姿が見えなくても、影の御子の装束の臭いがわかるらしい」


「そう言えば、この服は大ネズミの皮って言ってたもんね」

「その通りだ。

 ビージー、それじゃあいってみろ」

「うん」


 ビージーが腰の左右の鞘から二本のナイフを抜き放ち一歩前に出た。


「相手が大ネズミだといっても、ナイフが骨に当たるとナイフが傷む。

 最悪折れることもある。特にダガーナイフはな。

 薬を飲んでいれば余裕があるはずだから、なるべく相手の骨は避けるようにしろ。

 一番簡単なのは横から首の動脈を切ることだが、位置取りをしっかりしないと大ネズミの血を浴びるぞ」

「分かった」



 鼻先から尻までの長さが二フィートほどの大ネズミが三ヤードほど先で二匹並んでいる。

 二匹とも前足を伏せて後足を緊張させ、いつでもビージーに向かって飛びかかれるように身構えている。


 右半身を前に半身はんみになったビージーはすり足で右足を半歩進め、次に左足を半歩引き寄せる。

 これを繰り返して、ビージーと大ネズミとの距離は二ヤードまで縮まった。


 大ネズミの跳躍力がどの程度あるかビージーには分からなかったが、既に大ネズミの跳躍の間合いに自分は入り込んでいるとビージーはなんとなく感じていた。

 まだ大ネズミは跳びかかってくる気配はない。


 さらに半歩ビージーがにじり寄る。

 とうとう片側の大ネズミがビージーに跳びかかってきた。


 思った以上にゆっくりと、ふんわりという感じで、口を開けた大ネズミがビージーの首あたりを狙って空中を滑ってきた。


 ビージーは余裕で右に回り込むように避け、大ネズミの喉元に右手に持ったダガーナイフの切っ先を二インチほど突き立てそこから横に引き切った。大ネズミはそのままビージーの目の前を通り過ぎていき、一瞬置いて血しぶきが噴き出してきた。


 それを見た二匹目の大ネズミは側道の上から下水の中に飛び込んで潜ってしまい、そのままどこかに逃げていってしまった。


 ビージーに喉元を切り裂かれた大ネズミは血を流しながらしばらくぴくぴく動いていたが、すぐに動かなくなってしまった。


「ビージー、なかなか良かったぞ」

「えへへ。

 ケルビン、この大ネズミの死骸はどうするの?」

「こいつの肉は臭くて食えないが、毛皮はそれなりに高く売れる。ここでバラしてもいいが、今日は他の仕事があるからよしておこう」

 そう言って、ケルビンが大ネズミの死骸を下水に蹴落とした。


 大ネズミの死骸はしばらく下水の水面に浮いていたが何かに引きずり込まれるように急に沈んでいった。


「ねえ、下水の中に何かいるんじゃない?」

「ああ。俺も見たことはないが、何かいるのは確かだ。万が一下水に落ちたらすぐに側道に這い上がらないと今の死骸みたいに引き込まれるからな」

「怖いね」

「落ちなけりゃいいだけだ」

「さっき逃げていった大ネズミは下水の中に潜って大丈夫なのかな?」

「たまに泳いでいるところを見るから、生きたネズミは大丈夫みたいだな」

「ふーん」

「それじゃあ行くぞ」

「うん」



 そこから十五分ほど二人は下水道の側道を右に折れ左に折れて進んでいった。


「ビージー。もうすぐ目的地だが、ここまでの道順を覚えているだろ?」

「うーん。……。あれっ? 全部思い出せる。あんなに右左みぎひだりに曲がったり下水を跳び越えてここまで来たのに全部覚えてる」

「お前はもとから覚えがいいが、ブルアを飲んでいつも以上に覚えが良くなったんだ」

「これなら下水道がどうなっているのか全部覚えられそう」

「俺じゃあもう無理だが、ビージーなら簡単そうだな」


 ビージーの口元は見えないが、声を出さずに頷いていた。


 ケルビンが立ち止まっていた場所からすぐ先の側道の壁に人一人が何とか通れるほどの亀裂があった。

 その亀裂の中にケルビンが入っていった。ビージーもケルビンのすぐ後に続いて亀裂の中に入っていった。


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