第6話 Nice to Meet You (10/6 '22改

 ――ここには、採血機器や心電図や、MRIといった数多くの医療器具が見られる。

 その一方で、番号が着いた動物が入った檻があったりする。

 どうやら、ここは病院ではないようだ。


 この建物の奥に、厳重にロックがかけられている扉がある。

 扉の向こう側は、強化ガラスで出来た仕切りのある部屋があり、そこには、一人の男がいた。


 黒い短髪で、入院服のような服を着ている。

 身体は程よく筋肉がついてはいたが、背は平均より高めであるため細く見える。

 なにより、ルビーのように赤い目には、狂気の色が浮かんでいた。


「321号!仕事だ」


 白衣を纏った研究員と思わしき男が、ドアを開けた。男にスーツを渡す。


 男は、渡されたスーツに袖を通しながらぼやく。

「僕、ずっとここにいて暇なんだから、シャツのアイロン掛けくらいやるのに」


 白衣の男は無視して、自分の作業を続けた。


「いくら僕のことが嫌いでも、無視はやめてほしいな。僕、泣いちゃうよ?」


 ――ミドリ製薬本社。特殊総務部。


「今日、特総に新人が入った」


「はじめまして。キノシタ=アンリと申します。至らないところがあるのでご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします」


「そんなに謙遜しなくていいよ。誰にも初めてがあったんだからね。困ったことがあったら相談してね」


 アンリは、一通り挨拶を済ませた。

「……えーと、特殊総務部というのは何をするところなんでしょうか?」

 聞いたことのない部署であったため、アンリは、部長であるフジノ=コウゾウに、おずおずと質問をする。


「ここは所謂、窓際部署というところだ」

 コウゾウは笑顔で返す。


 それを聞いたアンリは、つい、顔が引きつってしまった。

「その顔、バカにされたと思ったね?いやいや、ここは暇な方がいいんだって」


 コウゾウはふと、アンリの足元を見やる。


「キノシタ君、ここは外回りが多いからパンプスはやめた方がいいよ。スニーカーでいいくらいだ。なに、窓際部署の足元なんか誰も気にしないって」

「は、ハイっ」


 暇なのに外回りが多いとはどういうことだ。それに総務なのに。アンリの頭にはクエスチョンマークだらけになった。


「……まあ、その時がきたらわかるよ」


 ――トゥルルルル。

 しばらくして、コウゾウの席にある電話が鳴った。


「はい、こちら特殊総務部――わかりました」

 電話を切ると、コウゾウは部下に電話の内容を伝える。


「外回りが入った。セントウダ君も来るそうだ」

「部長。失礼します。セントウダとは?」

 アンリが割って入る。


「セントウダ=サトシ君はここ所属なんだけど、普段は別なところで、リモートワークをしてるんだ。

それにしても入って早々セントウダ君に会えるとは。ラッキーなのかそうじゃないのか……いやいや、これ以上はやめておこう。


早速ですまないが、キノシタ君も外回りしてほしいんだ。大丈夫だよ、こっちでフォローするから。それにセントウダ君もいるしね。


そうだ、セントウダ君は、日が暮れないと出てこられないんだ。その前に準備を済ませようか。とりあえず、靴を変えた方がいいな。経費で落ちるから、領収書を貰っておいてね」


 アンリは言われるまま、靴を買い求めに出ていった。


「ただいま戻りました」

「おかえりなさい。あ、そうだ。これはお守りなんだけど」


 買ってきたスニーカーに早速履き変えたアンリに対し、コウゾウはホルスターに入った銃を渡す。


「部長!これ銃ですよね!?」

 アンリは悲鳴を上げた。


「そうだね。一応、こっちで使い方説明するから」

「部長!使い方わかるんですか!?」


「うーん、ここに来てから使い方の説明は受けたんだけど、幸い、使ったことはないな。

「でも、こういうのは、キノシタ君の方が上手く使えるんじゃない?

だって、ガンシューティングゲームで全国クラスのスコアを叩き出してたらしいし」


 確かに、アンリは全一クラスのスコアを叩き出す程の凄腕ゲーマーであった。

 しかし、アンリは自分はゲーマーであるという話は気の合う同僚としかしていない。

 ましてや全一クラスのスコアをたたき出したという話は殆どしたことがなかった。


 なぜ、今日初めて会ったコウゾウがそのことを知っていたのだろうか。アンリは恐怖を覚えた。



***


「日が暮れてきたな。もうそろそろ、セントウダ君が来るはずだ」

 コウゾウとアンリは会社のエントランスのところでセントウダ=サトシを待っていた。


 すると、キャスターが付いた大きな棺桶のようなケースを引いて来たもの達が現れた。

 蓋を開けると、その中には拘束具に包まれ、口にはマズルがつけられている男が現れる。


「セントウダ君。対面は久々だね。調子はどうだ?」


 異様としか言いようのない光景であったが、コウゾウは構わず男に挨拶をする。

 それに対しサトシは頷くが、マズルのせいで喋ることができない。


「拘束を解いてやってくれないか。これじゃ話もできないよ」

 運んできた者たちは、渋々、戒めを解く。まず、マズルを外す。


 口が解放されたサトシは、とりあえず上司であるコウゾウに挨拶をした。


「お久しぶりです、部長」

「ところで、隣にいるのは?」


 サトシに尋ねられたので、コウゾウはアンリを紹介した。

「じゃあ君は、僕の後輩になるんだな。よろしくね、キノシタ」


 一連の流れを呆然と見ていたアンリは、ただただ、薄ら笑いをするしかなかった。

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