第4話 Gospel to The Vampire(10/6 '22 改
♪ 喉に噛み付いて
あなたは私を支配した
血潮が身体中を駆け巡り
私の脳漿は犯された ♪
(ゴスペルトゥヴァンパイアーズ/侵食)
ヴィジュアル系バンド『ゴスペルトゥヴァンパイアーズ』のベースのジュンは、ライブ後に出待ちをしていた女、コノミとホテルで一夜を共にした。
曰く、デビュー時からのファンであったらしい。
ジュンは「なんで中々名前を覚えてもらえない自分なんだ」と言うと、女は「皆は地味っていうけど、ベースこそバンドの土台なのよ」と熱弁してみせた。
この女はどこまで音楽のことがわかってんだ、と思わなくはないが、そんなことが瑣末に思えるくらい熱い夜だった。
熱くなったのは、コノミが持ってきたスロートバイトのせいだったかもしれない。
そうだ。きっとそうだ。何故なら、日に当たることが出来なくなったのだから。
***
「――困ったことがあったらここに連絡して」
ジュンはコノミから渡された紙のことを思い出した。
その紙を引っ張りだしたところ、そこにはスマホの番号が書いてある。
ジュンは躊躇ったが、他に頼れるところもないので、意を決して、紙に書いてある番号にかけることにした。
『もしもし』
スマホから男の声がする。
「いきなり申し訳ありません。コノミという人から『困ったことがあったらここに電話して』と言われたので、この番号にかけたのですが...」
『では、日没後、指定された場所に来てください』
男はこう言い残し、通話を切った。
***
日没後、ジュンは男が指定した場所へ向かう。そこはビジネスホテルで、入口にはスーツケースを持った男が立っていた。
「ジュンさんですか?」
男はジュンの姿を認め、声をかける。
ジュンは「そうですが」と返し、共にホテルの中に入っていった。
***
「お加減はどうですか?」
男はジュンに尋ねる。
すると、ジュンは苦虫を噛み潰したようような表情を浮かべ、悲痛な声をあげた。
「...お加減って...…どうもないでしょう!何が起こったんですか!」
「その様子ならどこも悪くはなさそうですね」
激昂しているジュンに対して、男は冷静に答える。
「ひとまず、今日はこれをお飲みください。住所を教えていただければ、1週間分の食料をお送りいたしますよ。
その際、健康診断表をお送りしますので、できればでいいのですが、それにご記入していただければ幸いです。何かあった時に、当方でサポートできますので。
診断表は、郵送ではなくてスマホ撮影したものでも構いません。そちらの方が、都合がつきますでしょうし」
男はジュンに今日分の食料が入った袋を渡す。
ドンッ!
「いいから説明しろ!」
ジュンはテーブルを思い切り殴りつけた。部屋には鈍い音が響き渡る。
「あなたはジュン。ゴスペルトゥヴァンパイアーズのベース。このバンドのメンバーはヴァンパイアでしょう。良かったじゃないですか。本物になって」
「ふざけるな!バンド活動はライブとプロモーションだけじゃないんだ。昼間も仕事してんだよ!」
自分のことを他人事のように話す男に対して、ジュンは苛立ちを隠せない。
「では、お話はこれで以上です」
用が済んだので部屋を出ようとする男をジュンが引き止める。
「待て!ひとつ、聞きたいことがある。コノミの連絡先を知らないか?
「……いや、あの時、これきりだと思ったから聞かなかったんだ」
男は、メモを取り出す。
そこに、スマホの番号を書くと、ジュンに手渡した。
***
その日、ジュンはマンションに戻り、渡された食料を口にした。
これからどうしようか。ジュンは将来のことなんか考えたくなかったが、頭から遠ざければ遠ざけようとするほど、将来に対する不安が募ってきた。
バンド活動は基本夜になされるとはいえ、打ち合わせなんかは昼間にやるものだ。今はリモートでできなくはないとはいえ、メンバーやスタッフに迷惑をかけることは間違いない。
それにしても『スロートバイト』、名前は聞いたことがあるが、文字通り人生を一変させるようなクスリだとは思いもよらなかった。
なんでも、キメたとき喉に噛みつきたくなるから『スロートバイト』という名前がついたのだそうだ。
ジュンはこの話を聞いたとき、「喉に噛みつきたくなるようなクスリとは、どんだけヤバいんだ。そんなもんが流行ってるとは、まったく世も末だ」と思ったことを、ふと思い出した。
しかし、興味がないわけではなかった。
というのも、ジュンは度々、薬物に手を出していたからだ。
初めは好奇心だった。
でも、何かあるにつけて、薬物に頼ることが多くなってきたため、今ではすっかり、ジャンキーになってしまった。
先のスロートバイトの話だって、懇意にしているバイヤーから聞いたものだ。
だから、あのとき、コノミから「スロートバイト」を出されたとき、ついキメてしまったのだろう。
『好奇心は猫を殺す』とは正にこの事だ、などと妙に冷静になっている自分にジュンは苦笑する。
再会したところで事態が好転するなんて思ってはないのだが、ジュンは男に教えて貰った番号にかけてみた。
電話にはコノミが出てきた。
コノミは、思いがけない人物からかかってきたというので、妙に沸き立っていた。
会う約束を取り付けると、ジュンはさっさと電話を切った。
***
日没後、ジュンはコノミと約束した場所に向かうため外に出る。
夜の光景なんか今まで気にも止めなかったが、以前と比べると妙に賑やかしく、煌びやかにも見えた。
夜間でも、仕事でしょっちゅう外出してたので夜には慣れているつもりだったが、今では夜の方が好ましいとさえ感じる自分に、恐ろしくなってきた。
そんなことを考えてるうちに、ジュンは目的地に到着した。
コノミが先に来ていたので、二人は人気のない所に移動する。
ジュンは辺りに人がいないことを確認すると、コノミに詰問した。
「なんで俺にあんなもん飲ませたんだ!」
コノミは詰問されても動じず、むしろ恍惚とした表情を浮かべながらこう言い放った。
「ゴスペルトゥヴァンパイアーズは、ヴァンパイアがメンバーなのよ。むしろヴァンパイアこそ本来の姿じゃない。私は眷族よ。身も心もバンドに捧げたの」
こんなイカれた女のせいで俺の人生は終わったのか。
夢見心地になっているコノミに怒り心頭に発し、殴りかかろうとした――
その時である。
ジュンの後頚部に、刺すような痛みが走ったかと思うと、体が四散した。
目の前にいるジュンが、突如、原型を留めぬ肉片に変わり果てた。
コノミは何が起こったのか理解できず、立ち尽くす。
少し時間を置いて、コノミの体も四散した。
***
「ヴァンパイアを2体発見したから、始末したぞ」
放ったコウモリを回収しながら、ジェイはウラトから支給されたスマホで、アサトに連絡をする。
『まさか、屋外でやったのか?見てるものがいるかもしれないのに』
「誰も見てない。そこは確認した」
『まあいい、今日は帰るとしよう』
「ところで、携帯端末も随分前時代的だな。わざわざ触るか話しかけないと操作できないから面倒なんだが。オマケに目視操作ができないときてる。やっぱり二しゅ」
アサトはスマホの通話を切った。
***
――後日。
「ただいま戻りました」
カナは、ウラトに「アトロでウニクロの服とスニーカーを買いたい」と無茶を承知で申し出る 。
ウラトから「今の服装の方が余の好みだがよかろう」という許可を得たので、レイハと共にアトロで買い物をし、帰ってきたところであった。
カナは、先程買ってきた、パーカーとショートパンツに着替える。
その最中、レイハはスマホを操作しているのだが、通知欄に、こんなニュースが飛び込んできた。
『ゴスペルトゥヴァンパイアーズのジュンが行方不明。バンドは新メンバーを加入』
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