第5話「歳月」最終話
芽依さんが交通事故に遭ってから十年の時が流れた。
二〇一号室に引っ越してきた一条夫妻には六年前、
事故当時幼稚園児だった蓮くんも、もう高校生だ。
月日が流れるのも早いものだ。
紬ちゃんは隣の部屋に住む蓮くんと仲が良いらしく、時折公園で遊んでいる姿を見かける。
私の探偵事務所は相変わらず
早朝の牛乳配達と新聞配達と深夜のピザのデリバリーとコンビニのアルバイトも継続中だ。
ある日、蓮くんの親である三上夫妻が探偵事務所を訪ねてきた。
紬ちゃんと蓮くんが交通事故に遭い、事故現場からこつ然と姿を消したという。
事故から数時間後、紬ちゃんは一キロ先の公園で無傷で発見されたが、発見されたときからずっと眠ったままだという。
三上夫妻の話では、紬ちゃんと蓮くんは公園でボール遊びをしていたらしい。
紬ちゃんが持っていたボールが道路に転がってしまい、紬ちゃんはボールを追いかけて道路に飛び出した。そこに飲酒運転の車が突っ込んできた。
蓮くんは紬ちゃんを助けるために道路に飛び出し、車にひかれてしまったらしい。
近所の家に設置された防犯カメラに一部始終が写っている、よくある不運な事故だった。
被害者の二人が現場から姿を消したことを除いては……。
十年前、芽依さんが消えたときと全く同じ状況だ。
違うのは、あのとき助けられる側だった蓮くんが助ける側に回ったことだ。
「息子さんは異世界に誘拐されたみたいですね。紬ちゃんが目覚めれば詳しいことが分かるでしょう」
私は三上夫妻にそう説明しお引き取り頂いた。
三上夫妻が探偵事務所を訪ねてきた一週間後、病院に入院していた紬ちゃんが目を覚ました。
紬ちゃんは
「蓮お兄さんは私を助けるために車の前に飛び出したの。
女神様が現れて蓮お兄さんの怪我を治してくれたんだよ。
それでね女神様は『暴走する車から少女を助けたあなたはとても勇敢です。勇敢で心優しいあなたにご褒美をあげます。好きな世界に転移させてあげます。どこがいいですか?』って言ったの。
蓮お兄さんは『芽依お姉さんと同じ世界に行きたい』って言ってたよ」
と語った。
まさか芽依さんが転移した世界に、十年後蓮くんも行くことになるとは思わなかった。
これは「女神の掲示板」に掲載される漫画の更新速度から私が推測したことだが、芽依さんが転移した世界と、私たちのいるこの世界は時間の流れる速度が違うようだ。
私はこちらの世界の一年は、芽依さんのいる世界の一カ月に当たると推測している。
芽依さんは異世界で神子として活躍し、攻略対象者たちとの仲を確実に深めている。
蓮くんが今から「魔法学園の白薔薇」の世界に転移したところで、攻略対象達を出し抜いて芽依さんと両思いになれる可能性は低いだろう。
だが誰を伴侶に選ぶかは芽依さんが決めることだ。
蓮くんが同郷からの異世界転移者というアドバンテージをうまく活かせれば、あるいは……?
第三者の私に出来ることは「女神の掲示板」に掲載される漫画の更新を待つことのみ。ふたりの行く末を暖かく見守ろう。
私の寿命が尽きる前に芽依さんの花嫁衣裳が見られればよいのだが。
何せこちらの一年は向こうの一カ月。結果が出るまでに何年かかることやら。
紬ちゃんが「私も大きくなったら異世界に転移したい! 蓮お兄さんと同じ世界に行きたい!」と言っていることだし、恋愛バトルに決着がつくのはまだまだ先のことになりそうだ。
――終わり――
最後まで読んで下さりありがとうございました。
【完結】「また異世界誘拐が流行り始めたんだってよ!」 まほりろ @tukumosawa
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