第2話「探偵」




――事故から一カ月後――


私の名前は秋月雷人あきづきらいと、二十四歳。「コーポ・ヴィント」二〇三号室の住人だ。


「コーポ・ヴィント」の一階に探偵事務所を構え、私立探偵を営む傍ら朝は牛乳配達と新聞配達。夜はピザのデリバリーとコンビニのアルバイトを掛け持ちし、日々忙しく過ごしている。


今回の依頼人は吉川夫妻。コーポ・ヴィントの二〇一号室に住む中年の夫婦で、車にひかれた少女吉川芽依よしかわめいさんの親御さんだ。


芽依さんは二〇二号室に住む少年、三上蓮みかみれんくんと仲が良かったそうだ。


交通事故が起きた日、芽依さんと蓮くんは近所の公園でボール遊びをしていたという。


芽依さんの投げたボールが道路まで飛んでいってしまった。


蓮くんは転がったボールを取るために道路に飛び出した。


そのことに気づいた芽依さんが蓮くんを助ける為に道路まで駆けたが、二人とも車にひかれてしまったそうだ。


なぜそれが分かったのかというと、近所の建物に設置された防犯カメラに一部始終が写っていたからだ。


よくある不運な事故だった。


大怪我を負ったはずの芽依さんが事故の現場からこつ然と消え、車にひかれたはずの蓮くんが一キロも離れた公園で無傷で発見された以外は。


「謎は全て解けました」


だが私は、吉川夫妻の話を聞いてピンと来た。


吉川夫妻は目をしばたたかせる。


「これは異世界誘拐です」


私の言葉を聞いて吉川夫妻はきょとんとしていた。


「異世界誘拐……ですか?

 しかしそれはひと昔前に終わったはずだ」


「残念ながら最近また増えてきているのですよ」


「異世界誘拐というのはあれですよね?

 教室ごと生徒が異世界に連れていかれるという。でも芽依がいなくなったのは学校ではなく道路です。

 芽依の失踪と異世界誘拐は関係ないと思います」


吉川夫人が私の考えを否定した。


「確かに一昔前はクラスごと人が誘拐されることが多かった」


一昔前に流行った異世界誘拐は通称「クラス転移」と呼ばれている。 


その名の通り、ある日突然教室にいた生徒が消えるのだ。


生徒だけではなく、生徒のいた建物の壁や床や天井も一瞬にして消えてしまう。


壁や床を一瞬で消すなど人間には不可能。


故に異世界誘拐は神が行っている説が有力だ。


「ですが最近は単身での誘拐も増えてきているのですよ」


「しかし単身で消える場合、いなくなるのは何年も家に引きこもりしているおじさんだろ?

 娘は高校生だ。事故に遭う前は毎日学校に通っていた。

 異世界誘拐とは関係ない」


吉川夫君ふくんが言った。


「一昔前は仕事をしないで家に引きこもっている成人男性が誘拐されることが多かった。

 ですが今は様々な職種の人間が異世界に誘拐されているのですよ。

 サラリーマン、OL、自営業、主婦、大学生……もちろん女子校生も例外ではありません」


私の言葉に吉川夫妻は息を呑んだ。


「異世界に誘拐される方法も様々だ。

 歩いていたら突然道路に穴が空いてそこに落ちたり、玄関を開けたら異世界だったり、階段から落ちたり、デパートの床に黒い渦が出来て引きずりこまれたり……などなど。

 ですが一番多い異世界転移のきっかけはやはり交通事故でしょう」


「じゃあ芽依は……」


「異世界に誘拐された可能性が極めて高いですね」


「そんな、芽依が異世界に誘拐されたなんて……!」


吉川夫人が顔を手で覆った。


「病院で眠っている蓮君が目覚めればもっと詳しいことが分かるでしょう。

 それに芽依さんが異世界誘拐されたなら、『女神の掲示板』に芽依さんの物語が掲載されるはずです」


この世界にいる我々に異世界に誘拐された人々のその後を知るすべはない。


ただひとつ「女神の掲示板」を除いては。


「女神の掲示板」は国家ですら削除不可能なサイト。


ネットにアクセスできる環境が整っていれば誰でも無料で利用することできるが、この世界の誰もそのサイトに干渉することはできない。


「女神の掲示板」には神によって異世界に連れ去られた人々のその後が、小説や漫画などの物語形式で不定期に掲載される。


「女神の掲示板」に芽依さんを主役にした物語が掲載されたら、芽依さんが異世界に誘拐されたことが確定する。





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