第12話
翌日。
銀髪少年との力の差に、眠れなかった俺は朝早くに自室から出た。
少しでも身体を動かそう。
そう思いながらギルドの広間に出ると――臥牛さんが土下座していた。あまりにも綺麗な姿勢過ぎて、思わず俺は隠れてしまった。
頭を下げた先には織納さんが。
椅子に座り、投げ出した足の裏を臥牛さんの頭に乗せていた。
グリグリと臥牛さんの頭よりも小さな足を動かす。
「勝手に欠片を持ち出して、【ダンジョン】を生み出し、最終的には顔も知らない相手に奪われたってことでいいんだよねー?」
織納さんが笑顔なのが余計怖かった。
「はい! 何一つ間違えてません!」
臥牛さんが溌溂とした声で答える。声を張る臥牛さんが不満だったのか、織納さんは「うるさい」と空いている足でも踏みつけた。
両足で踏みつけた織納さんは、そのまま器用に立ち上がる。行進でもするように足を動かす織納さんの目は完全に据わっていた。
こ、怖い……。
「申請しても国が【タウラスと牡牛】に攻略許可を出さないから、新人のためってリーダーの気持ちは分かる。でも、だからって、【闇ギルド】と同じことしたら、意味ないでしょ?」
「それは、もう……。仰る通りで……」
「せめて、リーダーが一緒に行けば良かったじゃないか。なんで一緒に行かなかったの?」
「いや~。俺がいると安心感があり過ぎて、【ダンジョン】の緊迫感が薄れるかなって。やっぱり、ちゃんとした【ダンジョン】の雰囲気を、経験を二人には積んで貰いたかったんだ」
臥牛さんは新人思いの、格好いい上司の言葉を口にする。
だが、どれだけ良い言葉を並べようと、今の臥牛さんは土下座の姿勢で、頭の上には織納さんを乗せている。
誰がどう見ても威厳はない。
このまま、部屋に戻ってもいいが、【
俺は、「おはようございます」と二人の前に姿を見せた。
「マイマイ、おはよう。無事で良かったよ」
「おお、おはよー!」
二人は俺に挨拶をしてくれる。失敗した俺を責めるでもなく、しっかりと挨拶してくれるなんて、なんていいギルドなのだろう。
土下座と人の上に立っていなければだけど……。
「昨日は悪かったな。お前は何も悪くないから気にするなよ?」
臥牛さんは顔を上げないまま(物理的に上げられない)、右手を振りながら俺の心配をしてくれた。
「お前はしゃべるな」
頭の上に乗っていた織納さんが、軽くその場で跳躍すると、躊躇うことなく着地をした。「ガンッ!」と鈍い音がギルドに響く。
こ、怖い……。
織納さんが厳しいのは分かっていたけど、何かあったら直ぐに報告しようと心に決めた。報・連・相の重要性をリーダーが身体を張って教えてくれているのだった。
「悪かったよ」
一度だけでなく、何度も小さな跳躍を繰り返す織納さん。その度に、「ガン、ガン、ガガン」と額と床をぶつける。
かなり痛そうな音だけど――「だから、反省してるってば」と何事もないかのように話していた。
なんというか、完成された二人の空気感だった。
少しだけ居心地が悪くなった俺は、当初の予定通り身体を動かすため、外へ出ようとする。
「お、お邪魔しました……」
俺が扉に触れた時――、「ちょっと待ってー」と、織納さんに呼び止められた。
「マイマイ……、【闇ギルド】に付いて知ってる?」
「……」
【闇ギルド】
そんな存在があることは学園では全く教えてくれなかった。銀髪の少年と何か関係があるのだろうか?
「やっぱり、知らないよね! 私が教えてあげるからこっちおいでよー」
織納さんは、乗っていた頭から降りると椅子に座った。そして、隣にある空席を叩いて俺に座るように合図を出す。
リーダーが踏み台にされる姿を見て、誰が逆らえるというのか。
俺は「いいんですか?」と、ぎこちない笑みで従った。
「あのね、闇ギルドっていうのは――簡単に言えば私たち攻略ギルドと逆だと思ってくれればいいかな」
「逆?」
「うん。私たちギルドは【ダンジョン】を攻略するのが目的だけど、闇ギルドは【ダンジョン】を生み出すことが目的なんだよー」
「【ダンジョン】を生み出すって……!」
そんなことをしても、なんの意味があるのだろう?
【ダンジョン】の数が多くなれば、それだけ人々が危険に晒されるだけ。理解できぬ考えに困惑する俺に、織納さんは話を続ける。
「【闇ギルド】がなんで、【ダンジョン】を生み出してるのか、直接聞いた訳じゃないから、本当か分からないけど、噂だけは聞いたことがある」
織納さんは、馬鹿らしい噂話から逃げるみたいに、静かに視線を閉じた。
「【ダンジョン】を使って自分たちが世界を支配しようとしてるらしいんだ」
「世界の支配――」
「そう。全ての【ダンジョン】を自分たちが管理すれば、モンスターも自由自在に生み出せる。それらを使って人々すらも管理しようっていうのが彼らの目的らしいんだ」
「そんなことしたら、多くの人が――死ぬんじゃ?」
「かもね。でも、【闇ギルド】にとっては、今の国が管理してる状態が気に入らないんだよ」
簡単に言えば【ダンジョン】を管理するのは国ではなく自分たちだ。
そういうことらしい。
実にシンプルで分かりやすい考えとも言える。【ダンジョン】の攻略に当たり戦うべき相手はモンスターだけじゃなかった訳だ。
その事実に俺の気は重くなる。
そんな俺の思いすらも吹き飛ばすように勢いよく臥牛さんが頭を上げた。
「ほら! 俺は国に代わって管理するとか、そんな高尚な理由は持ち合わせてなかったぞ! 全ては新入りであるイタコ 舞兎と生形 スイのため。それだけだ!」
「理由はともかく、やってることは同じだって言ってるんだよ」
上げた頭を再び踏みつけた。
もはやそれは踏むというよりも蹴りに近い威力だった。
「……」
しかし、臥牛さんのお陰で少しだけ気持ちは軽くなった。
敵が増えようと俺がやることが変わらない。
身体を鍛え、【
改めて自分のすべきことを理解した時、織納さんのポケットから短い電子音が響いた。
直ぐにポケットから取り出し、スマホを操作する。
届いたメッセージを読んだ織納さんが、「はぁ」と小さく眉を顰めた。
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