第11話


「生形さん。人形の後ろに隠れて!!」


「あ、え……?」


 恐怖で思考すらもままならないのか。俺の言葉を聞き返す。


「早く! 人形の後ろに!」


 二回目の言葉でようやく【適能てきのう】で操る人形の裏に隠れた。俺はそのことを確認すると、自身の身体を軸に腕を振り回しながら回転する。

 遠心力で勢いを回した俺は、両手の指を複雑に動かして四方八方を闇雲に打つ。

 狙いも何もない広範囲攻撃。


「こんなことも!」「出来るのかよ!!」


 初撃は躱された。

 だが、俺は手を緩めることなく回り続ける。回れば回るほど、しなりを持って速度が上がっていく。

 二人の少年は俺の高速回転に押される。


「でも、慣れてきたな」「これくらいじゃ、俺は倒せない」


 俺の動きに目が慣れてきたのか、これまでナイフで防いでいた俺の指を悠々と躱して見せる。


「……だよね」


「あん?」「何か言ったか?」


「最初から、これが狙いなんだよね」


 攻撃を躱すだろうと思っていた。だから、俺の狙いは最初から二人の少年じゃない。【ダンジョン】に設置されている【欠片かけら】だった。

 俺の指が【欠片かけら】に触れる。

 すると、俺達の立っている場所が瞬間的に切り替わる。【ダンジョン】の入口に飛ばされた俺は、指で木々を掴んで宙へ浮いた。


「喰らえ!!」


 想定外に切り替わった戦場。

 そして、【ダンジョン】内では行えなかった空中からの攻撃。二つの要素が噛み合い少年の隙を生んだ。

 俺の指先に確かな衝撃が伝わる。

 決死の一撃。

 これで決まってくれ!!


「くそっ!!」


 鞭を受けた少年は吹き飛び、一人の姿へ戻っていく。

 樹木に身体を打ち付けた少年は、背を付けたまま俺を睨んだ。


「……んだよ、こんなの戦いじゃねぇ。つまんねぇことすんなよ」


 ダメージを感じさせない足取りで立ち上がる。

 駄目か……!

 俺は見切れぬ攻撃を、何としても防ごうと目を大きく見開くが、少年の攻撃はいつまでたっても来なかった。


 少年は俺が弾いた【欠片かけら】を拾い上げると、遊ぶように「ポンポン」と左右の手で交互に投げる。


「ま、【欠片かけら】は回収できたから良しとするか。少しだけど楽しめたしな」


 少年はそう言って俺達に背を向ける。

 良かった……。

 このまま帰ってくれ。

 しかし、俺の願いは誰にも届かなかったのか、少年は数歩歩いて足を止めた。


「柔らか兄ちゃん。次はさ、ちゃんと戦えるように努力してよ。そのままじゃ、モンスターにすら勝てないぜ?」


 振り向いた少年は俺を「柔らか兄ちゃん」と笑って忠告する。

 現実は残酷だと俺に突き付けながら。


「なっ……」


「嘘……でしょ?」


 俺と生形さんは揃って血の気が引いていた。

 目の前に立つ少年が、瞬きする間に何十人にも増えていたのだ。木の枝に立つ少年。枝にぶら下がる少年。地面に寝そべる少年。

 全員が全員、好き勝手な姿勢で俺達を笑っていた。


 出せる分身は一人じゃなかった。

 俺達に合わせて二人だけで戦っていたんだ。


「ま、こういう訳だから。今回は気まぐれで生かして上げるよ。ただし――次は殺すよ?」


 実力の差を見せつけた少年の声は――背後から聞こえていた。

 数十人の分身すらも目くらましに使ったのか。【欠片かけら】を持つ少年は背後で俺の首にナイフを沿えていた。


「こうすれば……斬れるよね?」


欠片かけら】を脇に挟み、片手で俺の頭を固定すると、ゆっくりとナイフを引いた。俺のを名匠めいしょうが作り上げた弦楽器かのように優雅に、響きを楽しみながら動かす。

 勢いを殺すはずの【蒟蒻石こんにゃくせき】は、ただの少しだけ硬い皮膚と化し、ゆっくりと削られる。

 皮膚を裂かれた俺の首から、ゆっくりと、血液が流れる。

 ツー。と、蛞蝓が這うように血は首を伝い、シャツが赤く染まった。


「じゃーな。今度はもっと楽しませろよ?」


 お前らはいつでも殺せる。

 少年はそう言い残して森の中へ消えていった。


 俺と生形さんは、少年が消えてからも、しばらくはその場から動けなかった。圧倒的な力に打ちのめされていた。


「うう……。うぇーん」


 隣に蹲る生形さんから泣き声が聞こえた。視線を落とすと膝を抱えて涙を流す。


「こんなの……学園じゃならわなかったもん!」


 いつでも冷静で知的な生形さんらしからぬ言葉。あまりの恐怖で幼児退行してしまったのか。でも、その気持ちは分かる。

 生徒同士で模擬戦闘をすることはあった。でも――本気で命を奪い合うことはしなかった。

 ただですら、学園の管轄外での【ダンジョン】攻略。本来ならばそれだけでお腹いっぱいになるメニューなのだ。


 涙する生形さんに俺は情けない言葉をかけることしか出来なかった。


「とにかく、二人とも無事で良かったよ」


「う、うん……。ううぇーん」


 心に芽生える恐怖を、生形さんは、涙として搾り出す。だけど、一向に恐怖は消えてくれなかった。

 泣き続ける生形さんの声に導かれたのか、「なにがあった!?」と、臥牛さんがやって来た。

 そう言えば、後でメンバーを送り込むって言ってたっけ。

 それなのに、何故、本人がこの場にいるのだろう?


「それが……」


 俺はこの【ダンジョン】で起きたことを説明する。

 銀髪の少年が現れ戦いになったことを告げた際には、「俺も戦いたかったな」と、機嫌よく聞いていた臥牛さん。しかし、話の最後、「【欠片かけら】はその少年が持っていきました」と俺が締めくくると同時に、明らかな動揺が汗となって噴き出していた。


「マジか……」


「すいません。【欠片かけら】回収できなくて……」


「あ、いや。うん。お前らは気にするな」


「……臥牛さん?」


 気にするなと言うが、尋常じゃない汗の量だ。

 どうしても気になってしまう。

 俺は何か問題があるのかと、再度、問いかけた時――動揺の理由を臥牛さんが口にした。


「実はあの【欠片かけら】、俺達、【タウラスと牡牛】が管理してた【欠片かけら】なんだよ」


「へ?」


「ここに【ダンジョン】を生み出したのは俺なんだ。いつか来る新人のために用意しておこうと思って……!!」


 臥牛さんは言い終わると頭を抱えた。


「やべぇ……。織納になんて説明すりゃいいんだよ」


 どうやら、この一件は臥牛さんの独断らしかった。

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