勇者が魔王を倒す普通のおはなし

めざしどけい(mezasidokei)

第一章『旅立ちの日』

第1話『酒場にて』

 太陽系第三惑星地球から、遠く、遙かに遠くにある惑星セカンテラ。

 そこでは魔法を扱える知的生命体である魔人、魔法が扱えず魔人に隷属させられている亜人が暮らしていました。

 そこへ地球から逃げ延びてきた者達が天来人としての者達と関わりあい、後に魔人と亜人との全面戦争へと巻き込まれていきました。

 後に【神魔大戦】と記録されるその争いは亜人側の勝利で終わり、天来人達は自らの行いを悔い、一部の者を残して惑星セカンテラから離れ、またあての無い流浪の旅へとちました。


 これはそれから千年経ったセカンテラでの、ほんの小さなおはなし。






「いやぁ~久々に肉じゃが食ったなぁ! まぁ、肉は入ってないから厳密には肉じゃがじゃないな……じゃあ単なる煮っ転がしか?」

 寂れた村の寂れた酒場でたった一人の客である男が老店主の料理に舌鼓を打っていた。

 男の姿は見るからに旅慣れた恰好で、豪華ではないが、かといって質素でもない、しっかりとした作りの外套ローブを纏っており、そして傍らにある大ぶりな金属杖をして見る者が見れば彼が一廉ひとかどの魔導士であろうことを悟らせるだろう。

「今のご時世、肉は中々手に入んなくてなぁ……。昔はベコ育ててたヤツがおったけんど、もうどっかいっちまって……。ところで、旅人さんだから珍しいうまいもんばっかり食ってると思ったけんど、こんな粗末な料理でも満足できるもんかね?」

「ん? あぁ、故郷の味ってのはやっぱいいもんだ。胃袋のもっと下の方に沁みる感じ?」

「おめーさん、この辺りのもんだったんか? 見たことない気がすっけんど?」

「いや……そうじゃないんだが……うーん、話長くなるけど聞く?」

 男が難色を示しつつ語ろうとすると、遮るように床掃除をしていた少年が口を開く。

「なぁ、アンタあちこち旅してるんだろ? だったらさ、俺も連れて行ってくれよ!」

「はぁ? なんだよ、藪から棒に。少年は大人しく宿屋の主人でも継いでおけって」

「オレ、ここの子供じゃねーもん。それにオレには勇者になって魔王を倒してこの国を平和にする夢があるんだ! だからこんな所の主人なんかやってらんねーって!」

 それを聞いた酒場の老主人は怒るでもなく「まーた始まったよ」といった呆れ顔だった。

「アンタねぇ! 拾って上げた恩も忘れて生意気言ってるんじゃないわよ!」

 しかし、そこから更に少女の声が厨房から上がる。

「村の前で行き倒れてた阿呆あほうを住み込みで働かせてやってるんだから、ちゃんと感謝しなさいよ!」

 そう言いながら厨房から出てきた少女は少年より一つか二つ年格好が上のようだった。長い赤毛を落ち着いた風合いの朱色のリボンで結んで纏めていなければもっと大人びて見えただろう。

「わかっ、分かってるって!」

 少女が二の句を告げる前に少年が制止する。

「拾ってくれた恩は感じてるし、ちゃんとこうして働いてるだろ!?」

 だが、制止虚しく少年は少女に詰め寄られる。

「アンタが夜中に剣の真似事してるの知ってるんだから。そんなことするより料理の仕込みを一つでも覚えてよね」

「真似事じゃねーって! 訓練してんだって!」

 二人の喧噪を横目に旅の男は老主人に問う。

「ところでさ、この辺に古い言い伝えがある遺跡とか、由来のある場所ってある?」

「んあ? ……そんや、ずっと昔、ワシのじいさまが橋山の更に三つ山の向こうに人を溶かして喰らう蜘蛛のバケモンが出るからって王都に行くときゃ回り道しろ回り道しろってうるさかったけんど、ずっとなーんもない山だから単なる迷信だべ……こんな話ぐらいしかなけんど?」

「いや、十分だよ、そこの正確な位置も教えてくれると有難いんだけど」

「構わねぇけんど、なんもないとこだ、旅人さんが面白いことなんてなんもないとおもうけんど?」

「なにこれが俺のお仕事だからさ」

「なんの仕事か知んねぇけんど、こんな辺鄙な所までご苦労なことだべ」

「まぁ、大変だけど、たまにこういう懐かしい味とかに出会えるから悪くないよ」

 おかわりされた器の料理を食しながら旅の男は続ける。

「んで、懐かしい味を出されたお礼って訳じゃないけど、爺さん方この村を出てどこか大きな町とかに避難する気とか無い? ここの結界薄れてて明日明後日にでも魔物か魔獣が侵入しそうなんだけど」

 旅の男は芋を頬張りながら大したことでもないように警告する。それは老主人達がこの村の魔除けの結界が正常に働いていないことを知りつつもあえてここに留まっているそれなりの訳があるだろうことを旅の男は察していたからだ。彼はあくまでも旅の者。様々な土地を通り過ぎるだけの存在だから、ある一線まで踏み込むことはしない。しかし只の傍観者でもいられず、ただ一言二言告げるだけである。

 老主人は旅の男の警告に対しある種の諦観を浮かべて、ゆっくりと答えた。

「ここはじいさまの、そのまたじいさまの、さらにそのまたじいさまからずっと継いできた店だかんな……今更どこかへ行こうなんて気はねぇんだ……んでも──」

 そこまで話すと老主人は少女の方へと目を向ける。それは「彼女だけはどこかへ逃げて欲しい」という一縷の望みであった。

「アタシだってここを離れる気は無いわ。お父さんとお母さんの分までアタシがこのお店を切り盛りするんだから!」

 少女の宣言は旅の男への抗議というよりは自らの生き方の決意表明だった。

 そして少女のそんな意思を補足するかのように老主人は言葉を続ける。

「ワシの娘とその婿はこの村の守人もりびとだったんだけんども、あの子が物心着く前に第二十四次魔王討伐遠征ん時に徴兵されて、そのまま死んじまってなぁ……」

「それで、数少ない繋がりのであるこの店に執着してるって訳か」

 老主人は旅の男の返答に静かにうなずくだけだった。

「ま、俺は無理に引き離すつもりはないよ。どう生きるかは自分で決めていくしかないからな」

 旅の男はにべもなく返す。それは、現在ここに向けてではなく、旅の男の遙か過去に向けての言葉でもあった。

「アンタ、分かってるじゃない。特別にお酒を1杯おごって上げるわ!」

 少年との口喧嘩を終えた少女が旅の男の席に酒が注がれた木製のコップを一つ置く。

「いや、俺は酒は……」

「なによ、男の癖に酒の1杯も飲めないの?」

「すみません」

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