Pair.3.5
銀の卵を産む鵞鳥
婚約パレードの興奮冷めやらぬ中、帰途を同じくする貴族諸侯はマディル公爵の居城に招かれ、
ここでも、やはり……と言うべきか。
パパの鋭い眼光により
晩餐会の後、招待客は休憩室で食後酒を嗜むことになっていた。
休憩室に繋がる扉は、両階段を上った先の
休憩室の内装は揺るぎない公爵家の繁栄を誇示するように絢爛豪華な装飾に溢れていた。壁面、そして天井に至るまで漆喰装飾の模様があり、賓客をもてなす為だけにある部屋である。
落ち着かない華やかさの中。考えを整えるために息を吸って、吐く。
慣れない香りの空気だ。
見れば、長らく場所を同じにしたランプシェードを褪せた色へと変えるほどに、皇都から連れ込まれた思惑の香りが部屋の隅々に染み込んでいた。これからは慣れなければいけない香りだ。
これからわたしはパパを説き伏せなければならない。
ひとまずの目標は、パパの酔いがまわらぬうちに
アレは、今回のようにパパの監視付きで子爵領の外へ赴き、数日逗留するのとは訳が違うお願いだ。それに皇帝陛下の権威と高位の公爵の口添えも期待できない。
だが、わたしは別の切り札を……婚礼パレードが始まる少し前に、一度手にしていた。
「パパ。わたしは側妃候補として後宮へ参ります」
聞いたパパは食後酒が注がれたゴブレットを落としかけた。
「何の冗談だい、ロザリンド」
「冗談でも何でもない本心です。わたしは皇太子殿下の名のもとに招集される側妃候補の一人となり、皇都の宮殿の――――後宮へ行く、そうと決めました」
二度目の明言で、内容はともかく、わたしの意思自体は偽りではないとパパは理解したようだ。
「ロザリンド。再び皇都へ行きたいのなら正直にそう言えば良い。それに、皇太子殿下が側妃を召し上げるなど前例のないことだ。滅多なことは口にすべきではないよ」
「いいえ、皇太子殿下は――モニカ姉様、サイお義兄様」
大広間の回廊から休憩室の扉が開かれて、モニカ姉様とマディル公爵が現れた。
「お二方、どうされましたか」
溺愛する末娘の前では常に緩んでいるパパの表情が険しい。そこから、マディル公爵は何かを察したようだった。
「我が愛しのロザリンドが唐突に、皇太子殿下の側妃候補となるので皇都へ参りたいと……」
パパの説明を聞いて、二人は驚いた様子で顔を見合わせた。
「確かに今現在、後宮には皇太子妃候補だった四人の令嬢が残られている。その事実が形を変えて側妃候補という噂話になったのか。いやはや、ロザリンド嬢はどこでその話を?」
「皇都で流れる風の噂に唆されたのだろう? ロザリンド」
「側妃候補の話は噂でも何でもありません。皇都へ行きたいだけの嘘でもありませんから」
珍しくわたしが一歩も譲らないので、パパは渋々……といった様子で口を開いた。
「側妃候補を招集する噂話が真実だとしても、パパはそれに名乗りを上げることは認められない。皇都へ行くだけならまだしも、大反対だね」
「そうね、私も反対だわ」
するとモニカ姉様が事態の静観を止め、パパに同調した。
「どうしてですか?」
「当然でしょう。ロザリンド、貴女は立場をわきまえるべきよ」
「側妃候補となるための条件は整っているはずです」
「ええ、条件だけは整っているかもしれないわね」
「それで充分ではないですか」
モニカ姉様はため息混じりに「甘いわね」と言葉を吐き出した。
「ロザリンド、貴女は皇都の情報を掴む人脈はお持ち? 人を言いなりにさせる財力は? 人を誑し込む美貌は? 堂々と宮殿内を闊歩できるだけの取り柄はいくつあるのかしら? 宮殿の奥深くは闘争の場よ。素直な貴女は、せいぜい狡猾な人間の養分になってお仕舞いでしょうよ」
「それは……わたしは子爵になれるだけの知能と……贔屓目で見てもそこそこ可愛らしい容姿は持ち合わせていると思います、おそらく」
言葉にした端から霞んで消える自画自賛。
うぅ……わたしは自分を褒めることが苦手らしい。
わたしが晒した弱点を、モニカ姉様はグサリグサリと追及していく。
「貴女の取り柄は二つだけかしら? そんな知能、後宮内では机上の空論もいいところでしょう。容姿だってお父様の褒め言葉を真に受けたのでしょうが、その程度なら宮殿とは言わず、皇都にごまんといるわよ」
「モニカ、それぐらいで……」
パパがモニカ姉様の苛烈な批評へ弱弱しげな声で待ったをかけた。
「あら、お父様。庇うのですか? 反対なのでしょう?」
「勿論そうだが……言い過ぎではないのかね」
「どこがです。私がロザリンドに招待状を譲ったのは、多少の息抜きと見聞を広める為であって、皇都の眩しさにあてられて
急にモニカ姉様から話を振られて、マディル公爵は目を丸くしながらもこう答えた。
「ああ、私か。モニカさんの言うことも最もではあるが、ロザリンド嬢はそんないい加減な気持ちで決意を伝えたわけではないと思うね」
「…………」
一同、わたしの肩を持ったマディル公爵に毒気を抜かれ、沈黙した。
それは彼がお茶目にも片目をつぶってみせた所為でもある。
「……ね? ロザリンド嬢」
再度、マディル公爵は悪巧みの合図をするように片目を一度、瞬かせる。
「は、はい! そうです。パパ! モニカ姉様!」
「でしたら、ロザリンド。どうして急に側妃候補に立候補したいと言い出したの。生半可ではない理由を、目的を聞かせてちょうだい」
「そうだ。どうして側妃候補を招集する噂なんぞを口実にしてまで、パパの元から離れて皇都へ行きたいと言うんだい?」
問い質されて、わたしは用意済みの建前を語った。
「先程、モニカ姉様がおっしゃった放蕩と、ある意味近しいかもしれません。今日、皇都の街を訪ね歩いてみて、わたしは自分のすべきことを明確に自覚しました。……それは、婿探しの為です」
これに一番の反応を示したのは誰か……なんて言うまでもない。
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