第4話 銀獅子団
「ここにも血だまりがある……だが死体がない」
Sランク冒険者パーティ『
「ヒューイ、どうしたんだ?」
『銀獅子団』リーダーで剣士のアレスがヒューイに尋ねる。信頼する斥候のヒューイが何か異常を感じたのなら無視する訳にはいかない。ヒューイの危機察知能力のおかげでこれまで何度も救われてきたのだから。
「アレス、ヒューイ、何かあったの?」
「ん……?」
遅れて声を掛けて来たのは、パーティの回復役兼弓使いのモニカ。そして無口なのが攻撃魔術使いのネネである。
「ああ。血だまりの様子からして、子供のような背丈の人間が殺されたようなんだが……死体がない」
「魔物が全部食べちゃった?」
「いや、魔物に食われたとしても多少の痕跡が残る筈なんだよ」
衣服や装飾品、武器。髪の毛や骨、肉片。必ず何らかの痕跡が残るものなのに、それが見当たらない。
「……特殊な魔術?」
ネネがぽつりと尋ねる。その声は耳を澄まさなければ聞こえない程小さいのだが、パーティの仲間たちは慣れたものである。
「魔術だったらこんなに血は出ない筈なんだけどなぁ」
「とにかく警戒しながら進もう。十三階だからもうすぐ出口だが、未知の魔物か、それ以外の敵がいるかも知れない。最後まで気を抜かないようにしよう」
「 「 「 了解! 」 」 」
リーダーのアレスの言葉に全員が頷きながら返事する。
彼ら『銀獅子団』は、冒険者ギルドの指名依頼を受けてこのニーズヘッグ・ダンジョンの調査に来ていた。
二十階層から急に魔物が強くなる事。浅い階層にいない筈のSランクの魔物が出現している事。他の冒険者からの報告を元に、スタンピードの兆候や異常がないか、可能なら最深部まで潜って調査せよ、との依頼であった。
『銀獅子団』のメンバーは皆まだ若いが、Sランクの中でも全世界で五組しか存在しないSSランクに最も近いパーティと噂される実力者グループだ。
彼らは一か月半前からニーズヘッグ・ダンジョンに潜り、最深部の地下百階層に史上初めて到達していた。依頼の内容は討伐ではなく調査だったので、最深部の魔物には手を出していない。
ところで、ダンジョンによっては決まった階層に転移魔法陣がある場合がある。
ニーズヘッグ・ダンジョンには、百階層から二十階層へ移動する転移魔法陣があった。もっと探索すれば他にも見付かるかも知れないが、『銀獅子団』が見付けたのはそれだけだった。
その転移魔法陣を利用し、先程二十階層に戻って来たのだ。二十階層から出口までは踏破しなくてはならない。その道中で二か所の血だまりを見付けたのである。
(二十階層より下にも異常があったのかも知れないな)
ヒューイが見付けた血だまりは、アイナが魔物に殺されて生き返った場所である事は言うまでもない。その頃、当のアイナは相変わらず身を潜めながら七階層まで上がっていた。
* * * * * * * *
(ふぅ。やっと七階層まで来たね)
地下へと潜るタイプのダンジョンは、一般的に深く潜るほど一つの階層が広くなる傾向がある。逆に言えば、浅い階層になるほど狭くなっていく。アイナにとって、それはこの上なく喜ばしいことであった。
ハウンドウルフに襲われた十三階層からこの七階層に上がってくるまで、五時間弱で済んでいる。魔物の数も減ったため、体力的・精神的にまだ余裕があった。
魔物もそれほど強い奴は居なくなっている。と言っても、アイナが丸腰で勝てるほど弱い魔物は居ない。いや、アイナが仮に伝説の聖剣「エクスカリバー」を持っていたとしても勝てるような魔物はいない。
アイナの戦闘力は掛け値なしにゼロである。たぶん、街中にいる野良猫とサシで勝負しても負ける。野良猫が集団なら一方的にボコられる。戦闘力ゼロとはそういうことだ。
そして、アイナは自分が弱っちいことを自分でよく分かっていた。いくらスキル『
(うっ! やばっ!)
二十メートルほど先の角から、兎の魔物「ホーンヘア」が現れた。
ホーンヘアは、体長四十センチの毛の長い灰色の兎型魔物。額から角が一本生えている事を無視すれば愛くるしいとさえ言える。ランクも最弱に近いDランクで、他の魔物に食べられてしまう可哀想な魔物だ。ぶっちゃけCランク冒険者なら一人でも素手で倒せるレベルである。
そんなホーンヘア一匹に対しても、アイナは最大限警戒して身を隠す。
ぴょんぴょんぴょーんと、ホーンヘアはアイナが隠れた岩の前を通り過ぎて行く。アイナはキュイックが不用意に飛び出さないよう、胸の前でしっかりと抱いていた。
十分遠くまで離れた事を確認して、アイナが岩陰から出て来る。
「ふぅー。危なかったね」
キュイックに言い聞かせるように呟くが、実のところ自分自身に言い聞かせているのである。魔物の気配を感じると終始こんな感じなので、アイナとキュイックの歩みはなかなか進まない。
しかし、見通しの効く通路に魔物がいない時は大胆に走る。
「急げー!」
掛け声をかける必要などない。それどころか魔物が寄って来る可能性さえある。だがアイナはキュイックに声を掛けているつもりなのだ。実際はアイナが抱いて走るのでキュイックが急ぐ必要は全くない。
曲がり角の手前で止まり、姿勢を低くしてそろそろと角の向こうを窺う。そしてまたホーンヘアを見付けて慌てて隠れられる場所を探す。
アイナはちょっと楽しくなっていた。ちょっとした冒険をしている気分になっていたのだ。実際、ここはダンジョンなので冒険であることに間違いはない。
走っては隠れ、脅威度激低の魔物を隠れてやり過ごし、キュイックに声をかけ、また走る。そんなことを繰り返し、アイナは遂に五階層までやって来た。
「はぁ、はぁ……ちょっと休憩しよっか」
余裕があると思っていた体力をアイナは過信していた。復活してから既に七時間以上動きっぱなしである。十二歳の少女にとって、それは疲れて当たり前であった。うかれ過ぎたとも言う。
(あと少し、あと少し頑張れば出口……)
手ごろな岩に背を預けたアイナは、二十階層からこの五階層まで来れた事で少し気を抜いてしまった。疲れも溜まっていた。うとうとしてしまっても誰が責められるだろう。
その隙をキュイックは見逃さなかった。アイナの手からするりと抜け出し、また餌を探してフラフラと歩き出す。
アイナから五メートルほど離れた所で、小さな昆虫を見付けた! キュイックはしばしその虫を追いかけ前足で器用に押さえつけると、虫の頭にパクリと食いつく。虫の身体が無残に半分になる。アイナが見ていたら泣いちゃったかも知れない。残り半分も平らげ、キュイックはご満悦であった。
そのキュイックの姿をじっと観察している奴がいた。「ブラッド・サーペント」、体長五メートル近いCランクの蛇の魔物。乾いた血のような色と黒の縞模様が特徴で、名前と見た目は恐ろしいがたいして強くはない。完全に名前負けしてる魔物である。名前を付けたのは人間なのだが。
ちなみに毒は持っていないが、ホーンヘアくらいなら丸呑みする奴だ。さらに小さいキュイックは余裕で一呑みにされてしまう。
ブラッド・サーペントが音もなくキュイックに忍び寄っている時、アイナが「はっ!」と目を覚ました。
(寝ちゃってた……って、キュイックは?)
「キュイック!?」
「キュイ?」
キュイックが返事をしてくれた事に感謝しつつ、アイナが声のした方を見ると、キュイックの真後ろに大きく顎を開いたデカい蛇が迫っていた!
「キュイーック!」
アイナの目の前でキュイックが大蛇に吞み込まれた。
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