献身少女は拒絶する~戦闘力ゼロだった少女がチートスキル覚醒。近接戦闘は相変わらずからっきしだけど、無自覚のまま無双します!

五月 和月

第1話 ニーズヘッグ・ダンジョン

『スキル』――それは遥か上位の存在から人々に授けられた祝福、あるいは呪い

『スキル』――それは十二歳になると全ての人々に等しく発現する力の源

『スキル』――それは時に絶大な力を与え、時に破滅へと導く





* * * * * * * *





「てめぇのせいでヨルドが死んだんだぞ!」


 ニーズヘッグ・ダンジョンの二十三階層に、男の怒号が木霊する。男は、身を守るように大きなリュックを前に抱えた震える少女の肩を小突いた。手からリュックが投げ出され、岩壁に背中を強く打ちつけた少女はその場に蹲る。


「ベルク! 大声出さないでよ!」


 抑えた声で女から窘められた男は「ちっ!」と舌打ちする。女が言ってる事は正しい。大声を出せば魔物を呼び寄せかねない。


「くそっ! お前は『献身デボーション』持ちじゃなかったのかよ!?」


 別の男が、壁際で蹲る少女の横っ腹に蹴りを入れる。


「うぐぅっ!……」


 少女は両手でお腹を庇うように丸くなる。


「もうやめなさいよね……」


 女の声は本気で止める気がないようだった。ベルクとグラン、二人の男の気持ちは分かる。こういう時のために高いお金を出してこの子を買ったのだ。ヨルドが魔物に嚙み殺された時、身代わりでこの子が死ぬ。『献身デボーション』とはそういうスキルだ。それなのに、ヨルドが死に、この子は生きている。


 ベルク、グラン、ヨルド、リリアの四人からなる冒険者パーティ『血風(けっぷう)の狼団』。半年前にAランクに昇格した記念に、今後の保険も兼ねて奴隷商から『献身デボーション』スキル持ちの奴隷を買った。その奴隷が今目の前で蹲っている少女、アイナである。


「くっそ! 俺たちの中に『鑑定』持ちが居ないからって、こんな不良品掴ませやがって!」


 ベルクの怒りは収まらない。熊のように少女の周りをウロウロし、時折その背中を蹴りつけていた。


「ベルク、とにかく外に出ようぜ。ヨルドが居なけりゃこれ以上は潜れねぇ」


 パーティーの斥候役、ヨルドが死んでしまえば、魔物の索敵が難しくなる上、ダンジョン内の罠にも注意を払わなくてはならない。


 さらにマズい事に、このニーズヘッグは二十階層を過ぎた辺りから急激に魔物が強くなった。ランクA+のダンジョンだから、Aランクの自分達なら何とか攻略できる筈、そんな目論見はあっさりと崩れ去っていた。


「くそっ、仕方ねえ。おい、リリア。そのガキを連れて来い」

「なんでよ? 役立たずは足手まといよ」


 リリアの言葉がアイナに突き刺さる。戦闘力ゼロの自分がこんな場所に置いて行かれれば、それは即ち「死」を意味する。


(イヤだ……こんな所で死にたくない……)


 アイナにも、『献身デボーション』がどんなスキルか分かっていた。自分は誰かの身代わりで死ぬ。それが自分の役割。


 だが、半年間共に過ごした彼らのような人間の身代わりで死ぬなんて嫌だ。


 戦闘力が皆無だからと雑用は全てアイナに押し付けられた。小さな肩に背負いきれない程の荷物を持たされ、料理や洗濯はもちろんのこと、水汲み、野営の準備、夜通しの見張りまで。


 それでいて食事は余った時だけしか与えられず、風呂さえ入らせてもらえない。メンバーが臭いに耐えられなくなると川に放り込まれる始末。


 美しかった白に近い銀髪は所々土がこびりついてもつれ、見る影もない。明るいブルーの瞳は暗く沈み、元々華奢だった十二歳の身体は骨が浮き出る程やせ細ってしまっていた。


 『血風の狼団』の四人は、誰一人としてアイナを人間として見ていなかった。いずれ誰かの身代わりで死ぬ『人形』だと考えていたのだ。


「そいつは返品する! 金を取り戻さなきゃ気が済まねぇ!」


 ベルクの言葉に、アイナは不本意ながら安堵した。少なくとも置いて行かれないようだし、「返品」されればこの人たちと離れられる……


「ちっ、仕方ないわね……ほら、立ちな!」


 リリアに腕を無理矢理引っ張られ、肩に痛みを覚えながらアイナは立ち上がった。投げ出された大きなリュックを背負い直す。


「ほら! ちゃんと歩きな! 出口に向かうんだよ!」


 リリアに後ろから小突かれよろめいてしまう。前を行くベルクとグランはこっちを見向きもしない。


 アイナは痛む身体に鞭を打ち、唇を噛み締めて前を行く男たちの背を追いかけた。





「なんでこんな所にあんなのが居るんだよ?」


 十九階層へと続く階段はもう目と鼻の先だと言うのに、その通路の途中には「炎牙虎フレイム・タイガー」と呼ばれるSランクの魔物が寝そべっていた。


「この階層に魔物が少なかったのはあいつが原因か……」

「十九階に上がれば、後は強い魔物は居ないのに……」


 ベルクとグラン、リリアは離れた岩の陰から炎牙虎フレイム・タイガーの様子を窺い、ひそひそと小声で話していた。アイナは岩に背を預け、はぁはぁと息を切らしている。


 体長三メートルを超える炎牙虎フレイム・タイガー。四つ足で立った時の体高は百四十センチのアイナの背丈を軽く超える。上顎から伸びる、鋭くて湾曲した牙は三十センチ以上あり、前足の爪も一本一本がナイフのように鋭い。


 黄に黒の縞模様は普通の虎と似ているが、その強さは比ではない。牙と爪の一撃は金属鎧すら貫き致命傷を与える。それ以上に厄介なのが、炎属性まで持っていることだった。


 通常なら、上級の氷魔術か氷属性が付与された武器がなければ倒せない。


「リリア、行けるか?」

「そうね……氷縛アイス・バインドで足止めして……氷瀑布アイス・フォールで弱らせて、大氷槌グランド・アイス・ハンマーを撃ち込むわ」


「奴が凍り付けば俺のランスで粉々にしてやる」


 魔術師のリリアが遠距離からダメージを与え、重戦士のグランが槍で追撃。それで仕留めきれない場合は、剣士のベルクがとどめを刺す。


 炎牙虎フレイム・タイガーを相手にするなら、この場では最も安全かつ勝率の高い戦法だった。彼らも伊達にAランクではない。アイナはもちろん戦力外である。


「奴をなんとかすれば、後は楽に行ける筈だ……よし、行くぞっ」


 ベルクの声を合図にリリアが岩陰から身を乗り出す。


ことわりを成す者よ、敵を凍てつかせよ。氷縛アイス・バインド!」


 通路で眠り込んでいた炎牙虎フレイム・タイガーを中心にパキパキと音を立てて周囲が凍り付く。


「――氷瀑布アイス・フォール!」


 リリアが両腕を真上に伸ばし、それを振り降ろしながら詠唱する。


 ドォウゥゥゥゥ!


 轟音と共に炎牙虎フレイム・タイガーに向かって極低温の粒子が降り注ぐ。辺りの気温が一気に下がり、吐く息が白い。


「――冥府の底に敵を沈めよ!大氷槌グランド・アイス・ハンマー!」


 真っ白な霜に覆われて微動だにしない炎牙虎フレイム・タイガーの上に、巨大な氷塊が出現する。


 両肘を横に張り、胸の前で見えない球を両手で包むような姿をしていたリリアが、頭上に両手を振り上げ、勢いよく振り降ろす。


 ドゴォォォォォォォォォン!


 巨大な氷塊は隕石が落ちたような勢いで炎牙虎フレイム・タイガーに直撃した。氷の欠片と土煙が盛大に辺りを舞う。


「やったか!?」


 中級氷魔術・大氷槌グランド・アイス・ハンマー。いかに炎牙虎フレイム・タイガーと言えども、その直撃を耐えられる訳がない。ベルクの声には隠しようのない期待が滲んでいた。


「どうやら俺たちまで出番が回って来な――」


 グランが軽口を言おうとしたその時。物凄い量の水蒸気が発生し、一瞬何も見えなくなる。


「ちぃっ!」


 ガキン!


 グランは、間一髪で炎牙虎フレイム・タイガーの前足の一撃を槍で受け止めていた。長く伸びた鋭い爪が眼球すれすれまで迫っていた。


 その横っ腹にベルクが剣を揮う。炎牙虎フレイム・タイガーはその巨躯に見合わない素早さで後ろに飛び退き、ベルクの攻撃を回避した。


「くっ! 氷縛アイス・バインド!」


 リリアが再び足止めの魔術を繰り出す。しかし、下級の氷縛アイス・バインド炎牙虎フレイム・タイガーの脚に届くと同時に溶け去って行く。


「くそっ! 炎属性は常時パッシブスキルかよっ!?」


 この時のベルク達は知らなかったが、炎牙虎フレイム・タイガーの炎属性はパッシブではなくアクティブスキルである。つまりスキル保持者自身の意思に従って発動するスキルだった。


 炎牙虎フレイム・タイガーは、己の意思で炎を発現し、氷魔術に対抗していたのである。その素早い判断力、対応力がSクラスの魔物と言われる所以であった。Aランクの冒険者が太刀打ち出来る相手ではなかったのだ。


(このままじゃ全滅する!)


 ベルクの目に、岩陰で目を瞑って耳を塞ぎながら震える少女の姿が映った。


 ベルクは、グランとリリアに目配せする。二人はベルクに向かって軽く頷いた。


氷槍アイス・ランス! 氷瀑布アイス・フォール!」


 リリアが攻撃魔術を繰り出す。炎牙虎フレイム・タイガーには効かないと知りながら。


 盛大に水蒸気が発生した瞬間を見計らい、ベルクとグランはアイナの元に駆け寄る。その背からリュックを剥ぎ取り、左右から二人がかりでアイナを抱え上げた。


 アイナは突然の事に声も出せない。


「最後に役に立てよっ!」


 ベルクの声が聞こえたと思ったら、アイナは宙に投げ出されていた。正確に、炎牙虎フレイム・タイガーが居る場所に向かって。


 身体が宙に浮いている間、水蒸気に紛れて音を立てずに上階への階段へ向かう三人の姿が見えたような気がした。


 アイナが地面に激突するよりも前に、炎牙虎フレイム・タイガーが水蒸気を割って現れ、その前足の一撃がアイナの左肩から右脇腹まで切り裂いた。


(あ……)


 一瞬の激痛の後、アイナの意識は闇に閉ざされた。

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