第4話 扉の中に眠るのは呪い
それっきり、彼らは大した襲撃に遭うこともなく、件の王城へと辿り着くのだった。
南部の大国サザンクロス王国。賑やかなレンガ造りの街並みを抜け、彼等の目に映った白亜の城は、まるでジャコビアン様式さながらに細部にまで彫刻の施された豪奢な建物だった。この地での繁栄を象徴するかのような美しさに、その手の知識がなくとも自然と溜息が溢れ落ちる。
「うわやっば、めっちゃ広い……お城だ……」
城内に入り、興奮もひとしおなハルキの声を耳にしながら、カイトもまた、キョロキョロとあちらこちらを見回していた。やたらと見覚えのある城内で彼にとっては最早、珍しさもあったものではないのだが。彼もまた怪しまれぬように感嘆の声を上げるが、考えている事は全くの別物だった。
(臭い。魔族の魔力が微かに残ってる。こんな厳重な護りの中、一体、どうやって……知っている奴らじゃないが、只人に紛れている事は確か。原因は探るべきだろうか)
内に燻る不安が、またしてもぶり返すような気分だった。そのような事を考えながらも、カイトは悟られぬように気を引き締め、手掛かりを探す事にする。大方、人に追尾用の何かを付与したか何かだろう、とアタリをつける。何せ、例え魔族だろうが何だろうが、この城の中へ入ることはおろか、逃げる事だってできやしないのだから。大魔導士の作り上げた結界というものは、それ程の代物なのである。
南部のこのサザンクロス王国と名乗る国が、いかに力を持っているかが判るであろう。南部の一国家が、なぜここまで発展するに至ったか。その一つに、彼がかつて仕えていた主人の力が寄与している事はまず間違いない。また、その付属として連れて来られた彼の力による影響も無きにしも非ず。彼は北部でも有数な守護者であったから。
「ねぇ、カイトも一緒に散策しよ! 城の中、案内してくれるってさ」
興奮した様子でカイトの腕にしがみ付いて報告するハルキは、どんなに見た目が変わっても、どんなに本来の故郷に帰ってきたとしても、いつも通りだった。
国王やら国の人間やらとの謁見は、日程の都合により翌日に設けられたらしい。それまで、ハルキやカイトは城内を見て回る時間を得たのである。長旅の疲れもあるだろうが、それも感じぬ程、二人──ハルキは、目の前にぶら下がった未知の居城に興味深々なのである。
女子も男子も骨抜きにしてしまうであろう人懐っこい彼の笑みは、今も昔もカイトにしか向けられる事はない。そんな些細な事に優越感を得ながら、彼もまた、ハルキにしか向ける事のない優しくも柔らかな笑みで返すのだ。
「おー、いいぜ、俺も気になるわ。こんなでっかい城……卒業旅行と勘違いしそうだわ」
ハルキの喜びの声がまるで自分の中にまで滲み入ってくるかのようで、カイトは知らず知らず不安を打ち消してしまう。先程までの思考も何のその、胸の内に燻る興奮を発散するかのように、カイトはくしゃくしゃとハルキの鮮やかな髪色の頭を掻き混ぜた。
「ちょっとカイトー! 髪が鳥の巣になる!」
途端に上がったハルキの非難の声にまたしても笑いながら、カイトはまるで酔っ払ったかのようにしばらくはしゃぎ続けた。まるで何かの気配に当てられたように、自分でもコントロールしきれない程に浮つく心。カイトは知らず知らず、『本来の姿』を取り戻していくのだった。
(何だ──? 外に居た時よりも調子が良い。この城に入った途端だ。……一体、どういう訳なんだろうか)
心の中ではちゃんと考えているのに、身体が言う事を聞かない。そんな状態のまま、カイトはハルキと共に城の中を思う存分に見て回った。セルジョやアウジリオ達と共に散々歩いて質問を投げかける。城内は一国を支える重鎮達、関係者達が集まる場所ともあって、堅牢で巨大であった。
ひとつひとつ、見られる場所をザッと見て回るだけでも半日はかかる。そんな城内を、ハルキとカイトは使用する施設に限定して見て回った。説明やら何やらを受けると時間が経つのもあっという間で。そうして日も陰る頃、二人は最後に、宝物庫の珍しいお宝とやらを見せてもらう事になった。二人が異世界人で、盗みを働く等の粗相はないだろうとのことで、特別に公開するとの事らしかった。神子専用の魔道具とやらもあるのだそうで、ハルキの興味は尽きる事はなかった。
そしてその選択は、カイトにとってもハルキにとっても、大きな契機となるのである。良くも、悪くも。
厳重な警備を抜け、地下にある宝物庫内の扉を潜った、まさにその時だった。
ピシャリ、背筋を電流が駆け巡ったかのように、カイトの肌が粟立った。
ハルキが真っ先に、魔道具やらの美しくも恐ろしさを併せ持った、美麗な装飾品の数々に見惚れる中で。彼の目は不思議と、室内のある一角に釘付けになった。
それは、ただの扉だった。宝物庫内、左奥の目立たない位置に設置されているそれ。何のために存在するのかも分からない、重厚な金属の扉だった。きっと扉には呪いだか何だかがかけられ、絶対に開かないようになっているに違いない。
けれども何故だか、カイトは引き寄せられた。無自覚にフラフラと扉の方へと向かい、手前側からジッと扉を見つめる。自分の力では到底開けられないだろうに、彼はその扉が気になって仕方がなかった。
「その扉には近寄らない方が良い」
「ッ!」
突然背後から話しかけられ、カイトはその場で飛び上がった。慌てて声のした方を見れば、そこには王子アウジリオが立っていた。少しばかり警戒したような表情でカイトを見遣ったアウジリオは、彼の隣に並ぶように近寄ってからカイトを見、そして扉を見、忠告するように言い放った。
「何でも、凶悪な犯罪者が使用していた武器が封印されているらしいのだ」
「──武器? 宝物庫に、犯罪者の武器?」
「ああ。ここでないと管理しきれない程の代物だとか。力を抑えつけるには、それ以上の力でなければならない。私も、それ以上詳しくは知らんがな」
「へえ──、……ファンタジーだな」
隣のアウジリオの話を耳にしながら、しかしカイトは理解していなかった。聞き流していた。中身が気になって気になって仕方がないのだ。中の何かに呼ばれているような。
心の片隅で、これ以上進んでは駄目だと警告する声が上がる。けれども、それ以上に強い欲求に負けそうになる。開けたい、中に入りたい、けれどそんな事をしては駄目だ、帰れなくなる、戻れと。正反対の感情がぐちゃぐちゃに入り混じって頭が割れそうだ。カイトはその場から一歩も、動けなくなってしまっていた。
一体、どれ程の間そうしていただろうか。体感的には何十分もそうしていたような気もしたが、実際にはそれ程長い時間では無かったのかもしれない。
突然呼びかけられ、カイトは我に帰った。
「カイト? 何してんの?」
ビクリと肩を震わせて驚く。だがその途端、不思議とカイトの思考が晴れ渡ったかのように突然、クリアになった。それまでは、ぐちゃぐちゃに混じり合った感情で気持ち悪いくらいだったのに、ハルキが彼の名を呼ぶ声を聞いた途端、金縛りが解けたかのようにすっかり元に戻ったのだ。
はて、今のは一体何だったか。しかし考える暇もなく、カイトは咄嗟に取り繕うように言った。
「──ああ、……この扉、こんな宝物庫にこんなのあるのもおかしいなと思って、見てたんだけどさ」
「扉? ──これ? こんなのあったんだ……俺、全然見てなかった」
「何だろうな、中身。昔の人間の武器だってよ」
「へぇ、武器、ね。……ねぇそれよりさ、カイトこっちこっち、これ見てよ!」
そう言って、カイトの腕を引っ張ってぐいぐい行ってしまうハルキに連れられ、彼はたちまち扉の前から引き離されてしまう。行った先で見た事もない、煌びやかな魔道具に目をキラキラとさせるハルキが随分とガキ臭くて、彼は思わず苦笑した。見ているこちらまで童心に返りそうになる。
だが同時に、少しだけ不安だった。先程の自分自身の奇行を誤魔化せただろうか、と。普段は鈍感な癖に、ここぞという時に妙に勘の鋭いハルキ。カイトは彼を心配させたくはないのだ。自分がハルキの傍に居る理由が無くなってしまうから。
『ハルキの従者である』と考えているカイトが、ハルキに自分の事で心配させるなんて、本末転倒なのである。だが同時に、彼はそんな主従の関係をハルキに意識して欲しくはないとも思っている。今まで通りで居たい。ただのかけがえのない親友として、傍に居たい。とんだ矛盾である。
そんな思いを抱えながらもカイトは、見て見ぬフリをする。こんな中途半端で居られるのは、カイトが“カイト”である間だけだから。それが一時になるか、一生になるか、これからの事は分からないが。
しかし、こちらの世界へ戻ってきてから時々、カイトは妄想してしまう。ハルキは元々、神子としての才覚を生まれながらにその身に宿していたのではないのだろうかと。そして、自分の為にずっと、死んでからも傍に居てくれているのではないのだろうか、なんて。そんな運命みたいな自分に都合の良い事を考えてしまって、カイトは慌ててかぶりを振るのだ。
(そんな妄想が真実ならば、そもそもあの時、異世界へ逃れようなどと、あの人は考えなかったはず。この地にあれば、俺達はずっと、共に在ったはずなのだから。ただの主従、ただ、それだけの関係ーー)
こんな非現実的な状況下にありながら、彼らしさを失わないハルキを彼は、眩しく思う。
「ほら、ほら!これ凄くない?」
「お、おおー……」
「何それ反応薄い」
「や、だって……何かもう、凄すぎて逆に何が凄いのか分かんねぇ」
「は……? カイト情緒なさすぎー」
「あ? 言ったな? この厨二め」
「カイトそれバカにして言ってる!?」
ギャンギャンとすっかりいつもの調子を取り戻したカイトはそれっきり、あの扉に再び魅せられるような事はなかった。けれども、たったの一滴たらず、水盆に溢された微かなインクのような違和感は、しかし確かに変化をもたらすのである。
カイトが熱心に魔導具を見始めた中で、こっそりとハルキが耳打ちする。
「アウジリオ」
「どうしました? ハルキ様」
「カイトをあの扉に──この宝物庫に絶対、近付かせないで? 見張ってて?」
「それは……一体、なぜ?」
「嫌な感じがするんだ。だからね、お願い。カイトにはバレないように。──絶対にだよ?」
「……承知しました」
全ては神子様の言う通りに。
そう躾けられてきたこの国の者達は、ハルキの言葉に疑問を抱くことは無い。いずれその理由も分かる事だと、無心に喜んで、その手足となるのだ。この国の未来永劫の繁栄が、神子の預言にかかっていると知っているから。
「駄目だよ。あげない。絶対にあげない。カイトはずっと、俺の傍で“カイト”のまま生きるんだから」
ボソリ、誰も聞いていない、見ていないだろうその一瞬、ハルキはカイトを見ながらうっそりと呟いた。
「おい、ハルキー、もう俺らの部屋戻るってよ!」
「はーい、今行く!」
そうしていつも通りに“ハルキ”の顔をして、ハルキはカイトの傍に駆け寄って行くのだった。
* * *
国王との謁見も無事に終わり、案の定、警備の厳重な王城内で暮らす事になった二人。そんな彼らがその暮らしにも少しずつ慣れてきた、そんな日の事だった。
突然、ハルキがカイトに向けて言ったのだ。祝賀パレードがあるのだ、と。
「は? 祝賀パレード? 今日?」
「うん。俺の帰還? を、祝して何かやるんだってさ」
「ほぉー、俺それ聞いてないんだけど…………んじゃぁ俺はかんけ──」
「カイトには言ってないからね。駄目だかんね、カイトも道連れじゃあー!」
「はぁ? 何言ってんだお前、俺関係ないし当然留守ば──」
「そう言うと思った! 許さん! アウジリオ、セルジョ、カイトを確保ぉ!」
「はあ!? ふっざけんなテメッ、待て、離せ卑怯だ! 何でそんな小っ恥ずかしい晒し者みたいなのに俺まで行かなきゃなんないんだよ!」
「だから道連れ。俺が恥ずかしいのにカイトが恥ずかしくないなんてズルい」
「くっそこの、ハルキ! お前、後で覚えてろよ!」
「ぷーくすくす」
そんないつもの騒がしいやり取りを経て、ハルキとカイトは件の祝賀パレードとやらに出席する事になってしまったのだった。絶対に行くものか、と内心では意地をはっていた彼も、あれよあれよと言う間にめかしこまされてしまった。化粧なども軽く施され、頭にはマンティラ(ベール)のような布まで被せられ、すっかり現地人である。
そして、城の優秀な三人の侍女は、グズるおさなごの相手なぞはお手の物なのである。
「あら、アナタ白のお召し物似合うわねぇ」
「ホントだわ、金の装飾もイケるのではなくて?」
「ほら可愛い、アンバーのお目目に合わせて琥珀の付いているものが良いわ」
「…………」
「ほら、可愛いらしい顔立ちしてるんだからそんなブスッとせずに、ニコってやって、ニコーって」
「神子様の従者の装いですからねぇ、アナタ様もしっかりしないとね」
完全に幼児相手のような扱いである。
カイトは日本に居た頃から童顔だのと言われていたのだけれども、あくまでそれは高校生としてである。それなりに顔立ちが悪くはない自覚はあったが、ハルキのような純美青年が隣に立つとどうしたって霞んでしまうし、始終行動を共にしていた二人に彼女だのが出来るはずもない。高校生並みに恋愛的な話やらもしたが、二人のそれは全て妄想で終わった。
これは二人の知らぬ話であるのだが、ハルキとカイトの間に割って入るのは、同性だろうが異性だろうが、かなりの勇気が居るのだ。そして、例え二人の間に何とか滑り込めた女子が現れたとしても、同棲する熟年カップル的な二人のやり取りに次第に心が折れていってしまうのだとか何とか。
そうして二人は何もなく、3年間の高校生活を終えるに至ったのだ。二人曰く、変わり映えのしなかった高校生活である。互いに彼女のできぬ現状を嘆き、傷を舐め合う無自覚なバカップル(付き合ってない)は、学校の生徒や教師達に見守られ勘違いされ、互いの仲を深めていたと思われていたのである。閑話休題。
そんな与太話は兎も角として、こちらの世界ではカイトの童顔は更に一層幼く見えるらしい。元来、西洋のゲルマン系と呼ばれるような顔立ちの多いこの世界、カイトの顔付きはどう見ても子供のソレらしいのだ。
しかしカイトだって、先んじて彼女らにも18歳であると説明したはずなのだ。顔が始終ブスッとしていたせいなのか、それほど態度が余程子供っぽかったのか、ずーっとこの有様であるのだ。そんなに自分はガキ臭いのか、それともこちら基準だと身長が低すぎるのか、なんてそんな事を思うと、彼は少し凹んだ。
それでも、神子様の従者だのと言われ気を良くしたカイトは、ほんのミジンコ並みのヤル気を捻り出す。そうしてようやく、侍女のひとりにボソリと問うた。
「神子、様の従者って、何かやる事ありますか……」
「あら、ちゃんとやってくれるのかしら? そうねぇ、大事な方の従者ですから、パレードの間もずっとお傍について、お水をお渡ししたり、隣で日傘をさして差し上げたり、お世話して差し上げて下さいな」
「ん、わかった」
カイトの質問に、目をキラキラとさせて嬉しそうに答えたその侍女は。そんな彼の返事を聞くと、何故だか発狂した。
「うわ何この子かわっーー、私持って返りたいわ。ねぇ、お姉さんと一緒にこの後私のお家に帰らない? とある方から頂いた美味しいお菓子やお茶なんかが沢山あるのだけれど。神子様の所へは私の家から通えばいいわ、ねぇ、そうしませんこと!?」
「ッ!」
「ちょ、ちょっと何よ貴女、どうしたのよ突然」
「だ、だってこの子……帰るお家が無いんだもの、可哀想でしょう? 私が貰ったって別に構わないわよね?」
「何馬鹿な事言ってるの、そもそも神子様のご友人だし……、貴女いつもそんな事を言ってるから子供に怖がられるのよ! ……誘拐犯にならないように気をつけなさいよ」
「そ、そんな事する訳ないでしょう! 私は子供が好きなだけだわ」
「好きだからって、誰彼構わずナンパするのはよしたほうが……」
「ナンパですって!?」
どうやら彼女らは随分と気の置ける仲のようで、ほんの少しの間そうやってじゃれ合っていた。それでもやはり王国の侍女というのは伊達ではなく。唯の貧相な、他所の世界の高校生に過ぎなかったカイトを、あっという間に王城に住んでいてもおかしくはない、従者の装いに仕立て上げてしまったのだった。そして更に、彼女らの腕の見せ所は続く。
「顎を引いて背筋を伸ばして……そう、その姿勢をキープなさいな」
「そのままをキープして歩いてみましょうね、はい、ワン、ツー、スリー……」
「上手だわ……アナタ筋が良いのね。ほら、やっぱり私のおうちに──」
「いい加減黙らっしゃいなッ」
神殿の者達の装いに似た白のローブはゆったりとしていて、その裾や袖口には金糸で月桂樹の葉を模した刺繍が施されていた。歩くたびにそれらがはためき、陽の光に当たる度にキラキラと煌めく。これを着るのがハルキならば、きっと自分よりも余程綺麗に着こなしてみせるのだろうな。そんな事を思いながら、カイトは突如始まったレッスンに、黙々と励んだのだった。神子であるハルキの従者であるならば、彼に恥をかかせる訳にはいかない。カイトの身体は主人の為、従順に動いてくれた。所作を短時間ながら叩き込まれたカイトは、不承不承ながらもすっかりパレードに出席する準備が整ったのである。
「お待たせー、ったく、全く何で俺までこんな格好。──って……、おお、さっすが、ハルキはこんなヒラヒラしたの着てもちゃんと似合ってんなぁ……。俺なんか──おい? 何だよお前ら、その顔」
ガチャっとお召し替えの部屋を出、ハルキ達に顔を合わせた途端にだった。
カイトと揃いの衣装を着たハルキを先頭に、セルジョもアウジリオも含め、彼等はカイトを見てビクッと反応したかと思うと。全員がその場で固まった。まるで時が止まってしまったかのように、示し合わせたかのように、彼らはことごとく動きを止めてしまった。カイトを凝視したまま、誰も、何も返事をしない。
「おい……、おい? 何だよ、何か言えよアホ。……これ、おかしいってのか?」
そこで流石に不安になったカイトが眉根を寄せ、これ、とローブの中程を両手共に摘み上げながら言うと。そこでようやく復活したらしいハルキが、慌てたように駆け寄りながら声を荒げた。持ち上げられた衣服の裾からはチラリと、カイトの素足が露わになっていた。
「大丈夫大丈夫! 似合ってる! クッソ似合ってるから裾捲り上げないで見えちゃう!」
「は?」
「え?」
カイトの両手を掴み、服を放させたハルキが、至近距離からカイトを凝視する。何が何だか分かっていないのは、どうやらハルキもカイトも同じらしく。二人は両手を取り合ったまま見つめ合い、その場でしばし固まった。混乱の極み。
そこで先に我に返ったのは、ハルキの方だった。
「ああっ、手ェごめん、……いやさ、カイトだって解ってても、頭が追いつかなかった! 普段と全然違くって……」
慌ててカイトの手を離したハルキは、何故だか焦ったように言い訳をする。それを不思議な気分で見ていたカイトは、ハルキの言葉を聞いてしばらくの後。理解できた途端に目を見開いた。その言葉で思い出されるのは、何やら楽しそうに着替えやら化粧やらをする侍女達の事だった。
「ああ……そういや化粧もされたっけな」
「やっぱり……それでかな。──悪いけど今のカイト、格好のせいもあって“可愛い女の子”にしか見えない」
そんな事を言ってきたハルキにカイトは仰天する。どうせ侍女達の勘違い、贔屓目か何かだろうと思っていたそれが。まさか、ハルキにも同じ事を言われるとは。彼はその場で卒倒しそうである。
「ああ? んなバカな事言ってんなよっ、体格で分かんだろうが!」
「いや、だって……カイト元々童顔だし」
「ハルキの目ぇ腐ってるわ絶対そうだ。今すぐ取り替えるべき、抉り取ってやる!」
「きゃあ! 俺女の子に襲われちゃうぅ、らめぇー!」
「くっそテメェふざけんなしッ! この!」
そう言って、カイトが恥ずかしさを誤魔化すようにしていつものじゃれ合いを始めた二人。そこからそのまま、二人はアウジリオやセルジョ達に見守られながらパレードの会場へと足を運ぶのだった。
そんな騒がしい二人の後ろで。
「──セルジョ。パレード後に近衛全員を集めるように」
「はい。私も今し方そう思った所でした」
「絶対に、城内にも阿呆になる者が出るだろう。ハルキ様のご忠告の事もある。一人にさせぬよう、十分に気を付けろ」
「承知しました」
「──お前も、二人に当てられんようにな」
「…………何を、おっしゃっているのだか」
「お前は妙に懐かれているだろう? 妙な気を起こしてハルキ様に睨まれぬようにしろ」
「いやいやいやいや、まさか、子供相手に何を──」
「あれでも18歳だそうだな? 立派な成人だ」
「…………御忠告痛み入ります」
「素直でよろしい」
二人の背後で、そんな会話が交わされていただなんて、カイトは知る由もないのだ。
「ねぇカイト、普段からコレ着れば? 俺もさ、多分今後はこれみたいな服着なきゃいけないんだ」
「ああ!? 何それマジで言ってんの? お前は大丈夫でも俺はお断りだわこんなのッ」
「俺とおそろだよ」
「…………」
「神子の従者でコレ着てるんなら、いつも一緒に居ても変な目で見られないってよ」
「っ…………」
「この服なら城内にも馴染むし、部屋が一緒でも──」
「分かった! 分かった! もうお前の好きにしろって!」
「よっしゃ、やりぃ! 後で化粧品もらってこよ」
「はぁ!?」
「俺が化粧覚える」
「何で!?」
「ほら、今時『男の娘』とか『女装男子』、『化粧男子』なんて珍しくも何ともないじゃん?」
「おま──、それ本気で言ってる? 頭イカれたん……?」
ハルキの頭の中を、半ば本気で心配したカイトはしかし、その後もふんだんにハルキにイジられるのだった。
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