実力のない僕は親友に自らの願望を託している
陸沢宝史
第1話
バスケの紅白戦が行われている小学校の体育館には何度も跳ねるバスケットボールの音で覆い尽くされていた。選手たちは必死に走りつつも掛け声を出して味方との連携を取ろうと図る。緊迫した空気がコートを追う中、一人の選手にパスが渡る。
パスを受け取った選手はドリブルをつき始めるとコートを駆けだす。前方に相手選手が立ち塞がるが、あっさりと相手選手を抜き去っていく。
それ以降も何人もの相手選手が止めにかかるが華麗にかわす。やがてゴール付近まで運ばれたボールは手を離れ宙へ放たれる。僅かな時間ボールは上昇したあと、下降しゴールネットに吸い込まれた。
ゴールを決めた選手は喜びを噛みしめるように軽く拳を握りしめる。それを自分のことのようにベンチから谷山
鉄百は幼少期から運動音痴で周りから辛辣な言葉を投げられることもあった。だが小学校三年のとき、友人であった菊から小学校のバスケットボールクラブに誘われた。鉄百においてはこの誘いは人生の転機であった。
クラブに入部してからも相変わらず運動音痴であったが、多方面から天才と称される菊のプレーは鉄百の心を魅了し、鉄百は菊のプレーを見るだけで胸が弾んだ。もはや鉄百にとって菊は友人の枠を超えて憧れの人と化していた
やがて試合は終了し紅白戦は菊が所属するチームの快勝で幕を閉じた。紅白戦は大抵菊が所属するチームが勝利を納めていた。鉄百は試合が終わると真っ先に菊の元へと駆け寄った。
「菊、試合お疲れ様。今日もプレーが冴えていたよ」
「おぅ、お疲れ様! シュートの決定率は悪くなかったし、体も思ったように動けてたから良かったよ」
試合中誰よりもコートを駆けていた菊の額には汗がへばりついていた。菊はそれをタオルで拭き取っていく。それとは対照的に試合で殆ど出番が回ってこなかった鉄百の額には汗が殆ど付いていない。
「菊くん、今日の紅白戦も凄い活躍でしたね。」
同じチームメイトである沖
「そうか? ありがとう。もっと上手くなって大会で勝ちたいからな」
「俺もこのチームで一勝でも多く勝ちたいです!」
菊と一鷹から試合で勝ち進みたいという熱い情熱が感じ取れた。だが二人の情熱を肌に触れても試合への意欲が芽生えることはない。バスケットボールを始めて三年未だにチーム内でも実力が下位に位置する鉄百が菊と一鷹と並んでコートでプレーしている光景が全く思い浮かばなかった。
「須川、伝えたいことあるから来てくれないか」
三人から離れた位置にいたコーチが張り上げた声で菊の名を呼ぶ。
「何の用だろう? まあとりあえず行ってくるわ。それと一鷹、ドリブルする際にもう少し手首の動きを意識した方がいいぞ。今のままだったらドリブルで格上は抜けないぞ」
菊は一鷹にドリブルの助言をするとコーチの方へと駆け寄っていった。一鷹と二人きりになった鉄百だが雑談目的で一鷹に声を掛けようとする。だが一鷹は唇を噛み締め、おぼろげな眼光で遠く菊をそっと眺めていた。異変に気づいた鉄百は寸前で雑談を止め、一鷹の顔色の伺う。
「一鷹、大丈夫? 何かあった?」
「いや目標にしている菊くんに助言されるなんて俺も実力的にはまだ大したことないなと思っただけだよ」
「そんなことないよ! 一鷹も十分に上手いよ。だからレギュラーの座をつかめているんだし、自信持っていいよ」
「そんなことない。自分でも見抜けなかったドリブルの癖を菊はコーチよりも先に指摘した。それだけ練習や試合で周りのことが見えている証拠だよ。だから試合でも相手の動きを容易く見破ることできる。本当に羨ましいし、俺では超えられないよ。菊くんを……」
一鷹は普段から菊を目標としているような素振りがあった。そのためか菊と実力差が空いていることは自らの不甲斐なさを痛感せざる得ないのだろう。鉄百も励ましの言葉を必死に捻りだそうとしたが思いつかない。
クラブが終わると鉄百、菊、一鷹の三人は一緒に帰路についてた。日頃からクラブ外でもこの三人で行動を共にすることが多く、鉄百がクラブに入団して三年が経つが全く変わりのない日常だった。
やがて三人は地元の中学校に進学する。三人は当たり前のようにバスケ部に入部する。中学三年に進級する頃には他を圧倒する才能で一年からレギュラーの座を就いていた菊がチームの主将であり、菊を軸にチームは動いていた。
新一年生が部に入部してから一か月経過した休日の部活の練習終了、鉄百と菊は近所にある公園でパスを出し合っていた。
菊から放り投げられたボールを鉄百は掴む。すぐさま鉄百も菊に軽い力でボールを投げ投げ返す。それを素早く何往復も繰り返す。
「鉄百、一旦水分補給にしよう」
「うん、わかった」
ボールを受け取った菊から提案で二人は水分補給をするため長椅子に腰掛ける。鉄百は鞄から取り出した大きめの水筒の蓋を開け、既に温くなったお茶を喉に押し込んでいく。お茶を飲み終えた鉄百は水筒を鞄に直す。その隣にいる菊も水分補給を終えていた。
「鉄百、いつも練習に付き合ってもらって悪いな。鉄百だって自分のしたい練習があるだろう」
「別に僕が好きで練習に付き合っているだけだし。それに僕は菊に練習を手伝えることが何より楽しいから」
中学入学後、鉄百は時々、菊が行っている自主練習の手伝いをしていた。将来の日本代表とも囁かれる菊は鉄百の理想の選手像であり、その活躍の手助けになればと思い自主練習の手伝いをしていた。今日もその一環として菊と共に公園に来ていた。
「それならいいけどさ。それと今年入部してきた杉原をどう思う?」
「杉原ってシューティングガードの体格大きい一年? そうだな――」
菊が印象を尋ねてきた人物は今年入部してきた杉原幸士だった。ポジションはシューティングガードで身長は三年と並ぶほどで、加えて技術もある程度備えていた。一年の中では有望枠だ。
「いずれはレギュラーになる逸材だと思うしあの身長は間違いなくバスケット選手としては武器となるからね」
「確かに菊の言う通り、レギュラーの座を掴むだろうな。あとは監督次第か」
「監督?」
菊が放った言葉に鉄百は一瞬胸騒ぎがした。だが胸騒ぎの元が曖昧だったため、気に留めはしなかった。
「さてと、練習再開しようか」
「そうだね、次は何の練習をする?」
二人は長椅子から腰を持ち上げると、自主練習へと戻っていった。
休日明けの月曜日。放課後の部活では各自が練習に励んでいた。その中でも熱心に練習に取り組んでいたのは、一鷹だった。中学校入学後も小学校の時から有していた高い技術力に更に磨きをかけ、二年の頃には当時の三年が引退後レギュラーの座を掴んだ。
シュート練習に入ると難無くシュートを入れ続ける菊を尻目に一鷹も安定してシュートをいくつも決めていた。
「ナイスシュート一鷹」
「そんなことないよ。相変わらず菊の方が決定率良かったし」
シュート練習を終えた一鷹を鉄百は称えるが一鷹は謙遜し、他の部員と話し込んでいる菊の方に視線を送っていた。中学に入学後、表面には殆ど出さないが一鷹は菊に対して徒ならぬ対抗心を抱いていた。長年一鷹と過ごした鉄百はそれを薄々と感づいていた。
「菊が上手いのは周知の事実だけど、一鷹はもっと自信持っていいよ。シュート力なら部内でもトップクラスなんだし」
「そう言ってもらえると有難いけど、中学入学してから身長は伸び悩んでいるし、純粋に喜んでばかりいられないかな」
一鷹は背の高さを気にするように頭頂部を手でなぞる。一鷹の身長は部内では低い方に分類される。バスケットボールにおいて身長はプレーにおける重要な要素だ。努力を欠かさなかった一鷹にとって、身長は自らの手では解決できない問題だった。
「それに比べて杉原くんは一年であれだけ身長が高いから羨ましいよ。」
他人の身長を羨ましがる一鷹の語調には身長への願望と憂さが混ざっているようだった。
「高校生になったら一鷹の身長も伸びると思うよ。成長期はまだまだこれからだし。さあ練習に戻ろう」
鉄百は一鷹に精一杯の慰めをし、練習に戻るように促した。一鷹も「そうだね」と軽く頷き、二人は練習に戻った。
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