第6話 メインエリアでの特訓
いくら幼馴染とは言え、そして虚像のゲーム世界とは言え、あまり弾美に負担を掛けたくはない。そんな訳で、瑠璃は素直に弾美の提案に従う事にする。
何だか久し振りのメイン世界に思えるが、実際は3日振りくらい。こちらのルリルリも、レベルが下がってて、しかも変な服を着せられてたらどうしようという怖い疑念もすぐに晴れる。
当然とは言え、無性にホッとしてしまう瑠璃。
お気に入りの衣装もそのまま、自分の部屋で寛ぐマイキャラの姿に、張り詰めていた緊張もほぐれて行く。瑠璃は一発攻略のイベントや、大物討伐のギルドの集いなどは、緊張してしまってどうも苦手なのだ。
逆に、ストーリー性のあるミッションや、物語の奇抜で楽しいクエスト、キャラ性が全面に出て楽しませてくれるファンタジーの世界観は大好きなのだけれども。
せっかくの連続ミッションなどの壮大なお話を、連続スキップで読み飛ばす他のメンバーの価値観は、自分とは相容れない感覚だと瑠璃は認識している。
表立って非難こそしないが、弾美にだけはヤメテと常日頃から注意している瑠璃である。
ほんわかしながらキャラチェックしていたら、案の定弾美が焦れて来た。慌ててキャラを移動させて、架空の街中に飛び出るルリルリ。街はどこか閑散としていて、期間限定イベントの存在感を改めて感じてしまう。
ちょっともの悲しい街のありように、NPCがやけに目立っている。
「安い奴でいいから、細剣買えよ瑠璃」
「うん~……あっ、スキルも熟練度も無いから初期の武器しか装備出来ないや」
「それもそうだな」
そんな訳で、武器屋を覗いて初期の武器を購入する瑠璃。装備欄から装備交換させてやると、ルリルリのグラフィックが細剣持ちに変化する。
その後、狩り場というか訓練場をどこにするのかと、弾美の言葉を待っていたら。弾美の指先は、弾むようにキーボードを叩いていた。
どうやら、誰かと通信している様子。
「狩り場、どこがいいかな、ハズミちゃん?」
「近場でいいだろ、いやちょっと待って……」
口にしながら、弾美のモニターを覗き込む瑠璃。画面下に表示されるログを追うと、キャラ名でマリモと言うのが目に入って来た。
どうやら会話相手は瑠璃も知り合いの相手、街で唯一のペットショップを経営する店長のようだ。店名も同じく、そのまんま『マリモ』と言う名前である。
ブラジル系のハーフだと自称する、大柄だが性格の穏やかな店長は。リアルでも二人の顔見知りの、30代のナイスガイである。
ゲーマー度も高いようで、ゲーム世界でもよく目にする人物だ。
「やっぱりブァマの街に移動して、街のすぐ外でやろう。経験値は入らないけど、簡単には死なないモンスターがいるから」
「うん……店長、仕事中なのにインしてるんだねぇ」
「暇だから、こっちに混ざるって……仕事中なのにお気楽だな」
2人して何となく虚ろな微笑を浮かべながら、目的地にキャラを移動させる作業をこなす。ブァマ行きの街間ワープを利用して辿り着くと、早速ハズミンからパーティ勧誘のコール。
瑠璃が慌てて承諾すると、パーティ人数は3人を表示していた。
既に店長の操る、マリモと言う名のキャラもパーティの一員となっていて。街の入り口で、ハズミンと一緒にルリルリを待っていた様子。
瑠璃のキャラを確認すると、マリモは小さな体でいっぱいの喜びを表現。
『店長さん……いつも思うけど、お仕事平気なの?』
『さすがにイベントは進められないけど、レジ以外は基本店番だからね。お客がいない時は、モニター見てても全然平気だよ。
今日はどこも空いてるから、NM倒しに行こうよ!』
『やだよ、客が来たらこっちほったらかしじゃん! この間酷い目にあったし!』
うんうんと、思わず同意する瑠璃。自分のキャラにも、頷きのモーションを取らせるのを忘れない。部活の無い平日にファンスカにインすると、たまに狩りに誘われるのだが。
大事な時に限って接客が入るのか、突然動かなくなる通称フリーザー。敵との戦闘中でもそんな事がしょっちゅう起こると、組んでるこっちもピンチに陥る訳で。
それでも全く悪びれない店長、困ったものである。
小さな体が、怒ったように地団駄を踏む。店長のキャラは、土属性で見た目は肌の茶色いモグラ人間。人間を基準とすると、その3分の1くらいの身長でコミカルな容姿が売りである。
体の割合からすると異様に大きな腕は、いかにも力持ちのモグラっぽい。土属性魔法に秀でているのは当然だが、腕力や防御力の高い、前衛向きのキャラである。
盾キャラ用に使用される頻度が、一番高いキャラでもある。
一方、弾美の闇属性キャラの見た目は、灰色の肌と黒髪の、ダーク系をふんだんに取り入れた人間タイプ。能力はSPが豊富で、スキル技で追い込む戦術に秀でている。
ステータスに目立った強みは無いが、種族スキルと言うレベルが上がると自動取得する能力には、探索や隠密系が多い。そのため、狩りや戦闘には自然と強みを発揮する。
前衛にも後衛にも力を発揮出来る、万能キャラの面を持っている。
瑠璃の水属性のキャラは、空色の肌に青色の髪の毛、魚をイメージさせる背ビレがチャームポイントの可愛い外見だ。精神力やMP量に優れ、回復支援ではナンバーワンの安定力。
ちなみに瑠璃が水属性のキャラを選んだのは、別に後衛がやりたかったからでも容姿に惹かれたからでもない。自分の名前から藍色を連想し、対応する色のキャラを選んだのだ。
それでも魔法職の選択は、瑠璃にとっても相性が良かった様子。
弾美の方は、キャラ選択を散々悩んだ挙句に光と闇の2択まで絞り込み、能力を考慮して闇属性に決定した。今では使い慣れた、お気に入りのキャラに育っている。
仲間内からの評判も高く、今ではギルドパーティでの狩りでは、安定感を醸し出す存在と言われる程。削りアタッカーとして能力は高い上、時にはサブ盾までこなす万能タイプ振り。
ギルドの顔としても、無くてはならない存在である。
『そんな事言わないで、こんなに空いてる狩り場なんて滅多に無いんだから!』
『今日のインは、瑠璃の前衛練習がメインだよ』
その言葉を受けて、瑠璃は装備したばかりの細剣を、キャラに掲げさせて店長に見せびらかす。とは言っても、一番安い初期の安物武器なのだけれど。
こんな感じでゲーム内のキャラは、色々と楽しくてユーモラスな動作をする事が出来る。相手とのコミュニケーションを、このエモで取る事が可能なのも、架空世界の人気の一つ。
エモーションで瑠璃が調子に乗っていると、弾美に後ろからチョップされた。
「さっさとフィールドに移動するぞ、瑠璃」
「うん……」
ちょっと涙目になりながらも、瑠璃は素直に返事を返す。それからは、フィールドを移動しながら敵モンスターを見つけ、細剣で殴りかかる修行の時間。
店長の我がまま混じりのぼやきは、取り敢えず弾美に一任して。ひたすら敵の攻撃危険エリアと、それをすり抜けて攻撃する技術の習得に余念が無い。
分かっていたが、これが意外と難しいのだ。
「違うちがう、背中向けずにバックステップ又はサイドステップで躱すんだってば!」
「うぅ、難しい……」
「何でいちいちタゲ切ってるんだよ、モンスターをタゲって攻撃範囲を表示させなきゃ。敵に近いほうがSP回復しやすいから、懐に潜り込むテクも覚えたほうがいいぞ」
「そこまでは、ちょっと無理かも……」
前衛の難しさを改めて噛みしめつつ、早々と弱音の泥沼にはまり込みそうな瑠璃。いつも後衛担当なので、敵との微妙な距離感とか、効果的なSPの溜め方なと考えもしなかった。
後衛の距離感なんて、せいぜいが仲間に回復が届く範囲を確認する程度。それから、
後は近くに、アクティブな敵がいないかの確認くらい。
戦い方のコンセプトが全く違うので、瑠璃が戸惑うのも無理は無いのだが。アクション性の強い戦闘と、美麗で繊細な3Dグラフィックが、そもそもこのゲームの売りでもある。
多少の敵とのレベル差も、操作が上手なら何とでもなるのが面白い。アクション操作が苦手な人なら、仲間でパーティを組むのを前提に、戦術を駆使して戦えば良い。
魔法剣士を目指せば、少々のダメージは無効に出来るのでソロも可能になって来る。育てるのに苦労はするが、繊細なアクション抜きでも強い敵に挑めるようなキャラが出来てしまう。
その他にも、範囲攻撃で敵を一掃したり、瑠璃のように後衛支援系を目指したりと、育て方で色々と幅広いキャラが誕生する。それがオンライン内で仲間と遊ぶ、ファンスカの売りでもある。
考え方次第で、門戸が広がるゲームが『ファンタジースカイ』なのだ。
『あっ、そうだ……明日暇なら、お店の方に遊びにおいでよ。せっかくのゴールデンウイークなんだしさ、街中で遊ぶついででいいから』
愚痴にも飽きたのか、店長も今はお手伝いヘルプ依頼発動中。近くの敵か枯れて来ていたので、わざわざルリルリのために、遠くから敵を釣って来ていたマリモだったけど。
思い出したように、2人にそう提案して来る。
『いいけど……何かあるの?』
『いやぁ、そう言う訳でもないんだけど、姉さんも会いたがっていると思うしさ?』
2人は揃って顔を見合わせつつも、ちょっと警戒気味に探りを入れる。マリモの店長は基本良い人ではあるのだが、性格的にずぼらで頼りない所もあるのだ。
マロンとコロンの餌やペット用品で、再々お店の世話になっている2人。それが縁で店長と知り合ったのだが、気が知れて来ると事ある度に店の仕事などを頼まれ出して。
まぁ、バイト扱いでお小遣いをくれるので、それはそれで別に良いのだが。
「そう言われちゃ、断れないな」
「そうだねぇ……明日、夕方のマロンとコロンの散歩コース変えて寄ろうか?」
普段は繁華街とは反対方向の、街の外を流れる河の河川敷の公園が散歩のコースなのだけれど。瑠璃の意見に弾美はそうしようかと頷いて、店長にその旨返信を送る。
ただし、ちょっと警戒は入ってるけど。
『了解、先生に会いに夕方の散歩がてら向かうよ!』
『つれないなぁ、僕は二の次?』
店長のお姉さんは、ペットショップに隣り合った建物で獣医さんを開業しているのだ。マロンとコロンも散々お世話になっており、その人の名前を出されてはさすがに断れない。
この人は弟と違ってしっかり者で、2人の事も犬の健康管理の事も、とてもよく気に掛けてくれる。お医者さんとしての腕も確かで、街でも評判の良医である。
とは言え、向こうも忙しい人なので気楽に会いには行けないけれど。
「何だか、予定立たないうちに行く所いっぱい増えていくなぁ」
「4日も休みあるから、全然平気だよ!」
自分も弾美と行きたい場所があるので、間違っても大変だとは言えない瑠璃である。勢い込んでそう口にしながら、何となく曖昧な笑みを浮かべてみたり。
インドアで既に、限定イベント1日2時間と読書3冊分のスケジュールは……実は結構な重圧で、これ以上は新たな計画を詰め込みたくは無いのだけれど。
まぁ、学校から出された宿題はそれほど多くはないし平気だろう。何にしろ、4日もある大型連休なのだし、楽しまなければ損と言うモノ。
家族でのイベントは全く無いけど、それはお隣さんの弾美も一緒である。そう考えてみたら、意外と暇な時間は多いのかも。
その後の3人パーティでの戦闘修行は、雑多な無駄話が大半を占める事になってしまい。瑠璃の前衛慣れに関しては、残念ながら中途半端に時間切れを迎えた。
別れ際に2人で相談して、夜の8時頃に一応様子を見る事を約束する。限定イベントのエリアの混み具合によっては、次のエリア攻略にトライしてみようとの事で合意を得て。
可能性は薄いけど、と弾美は付け加えていたが。
そして夜には約束通り、瑠璃はリビングのモニターの前で自分のキャラをインさせて。飛び交うギルドチャットの中、弾美の報告を待っていた。
キャラのログインは、メイン世界の方で行っての状況待ちである。その間は静香や茜のキャラと情報交換や世間話をしたり、連休の予定を話し合ったり。
弾美はイベントの方の世界にインしており、しばらくは混み具合を調べていたようだ。やがて今日は諦めたとの通信で、イベント進行は断念する破目に。
それ程の混み具合らしく、そこはまぁ仕方がない。それより明日の夜はギルドで集まって何かするから、8時から空けておく様にとの文面の通達が来た。
静香や茜にも、同じ文面を回すようにと付け加えられて。
文面でのやり取りと言うのは、何だか味気ないと瑠璃は思う。さすがに夜中に弾美の部屋に、しかもゲームのためにお邪魔するのは論外だが。
隣に存在を感じつつ、言葉を交わしながら一緒にイベントを進める。そんな事が出来る空間は、ゲームが苦手な瑠璃にとっても寛げて良いモノだ。
楽しくて手放したくない瞬間だと、切に思う。
瑠璃の家は、兄が大学進学で家を出て行ってしまって以来、彼女が独りでいる時間が極端に増えてしまっていた。読書する時でさえ、瑠璃は両親がいる時は、一階のリビングに降りるのが習慣になっている。
時には、こんな感じでゲームのインも階下でする事さえある。それもまぁ、予備モニターがあるから取れる選択肢ではあるのだけれど。
チャンネル権をゲーム画面で奪うのは、さすがに両親に対して申し訳ない。
瑠璃の家庭での両親のゲームに対する理解は、他の家庭とそれ程変わらず低いのだが。瑠璃の成績はかなり優秀なので、うるさく言われた事は今までに無い。
その点は有り難いし、友達にも羨ましがられる事も多かったりする。
リビングでは母親の
それ故に、色んな事象を幾つも同時に思考する癖みたいなのがあって。思考の飛び方が独特で、話し相手をするには大変な女性だと認識されているのだけれど。
家族の間では、そこまで話題について行く方は大変って程でもない。そもそも家族間での話題となると、学校での行事とか休日の過ごし方とか。
世間は連休なのに両親共に休みが取れない事を、ここ数日の夕食時に何度も詫びられていた瑠璃なのだが。その話題が出る度に、こっちは平気だから仕事頑張ってねと。
一応の気遣いを見せるのは、少女にとってもそれなりに大変で。
お隣さんの弾美が同じ境遇なので、特に何とも思わない瑠璃である。もし弾美が家族旅行にでも出掛けてしまったなら、恐らく物凄く寂しい思いをしただろうけれど。
こう思っては何だが、弾美の両親も休みが取れない事を瑠璃は密かに感謝していた。
画面の中では静香も茜も、そろそろ落ちてお風呂に入ると言うので。瑠璃もそろそろ潮時かなと、弾美とギルドメンバー全員に向けて、今夜は落ちますとのメッセージを送る。
その途端に返って来る、たくさんのお疲れ様のメッセージ。
『んじゃ、おやすみ(^-^)ノ』
『おやすみ、また明日!』
『お疲れ様~、またね~』
今日の放課後に図書館で借りた本は、まだ一章も読めていない。お風呂が空くまで少しでも読み進めようと、瑠璃はゲームを終了させながらハードカバーの本を手に取る。
これはこれで至福の時間。母親の雑談をBGMに、いそいそと読書の用意を始める瑠璃。
――ログアウト中のイベント告知画面では、妖精が魅惑的な笑みを浮かべていた。
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