第5話 ステージ2? 特訓が先!



 司書さんが率先してお茶の用意を始めたので、瑠璃は恐縮して礼を言った。司書さんは話し相手が増えるのは大歓迎だと笑い、弾美は先程の顛末を不満気に話し出す。

 瑠璃繋がりで、弾美もこの司書さんとは顔見知りである。部活の無い日などには、本を借りたり返したりの瑠璃に付き合わされて、いつの間にか知り合いになっていた感じだ。

 弾美も割と、家では読書をする方なのだ。


 弾美の話によると、意気揚々と部活に出たら、部室に集まったのは3年生のキャプテンと2年は自分だけ、後は1年生が2人で合計4人の有り様だったとの事で。

 これではさすがに、フォーメーション形式の練習は出来っこない。そんなこんなで、ストレッチとランニングだけで今日の部活動は終わりになったらしい。


 気の毒な話だが、元々この中学は進学校の側面が強く部活動に熱心ではない。従って部活動も、月曜と木曜日は練習を休みに定めている。

 そんな訳で、部活動の士気も有り体に言うと全く高くない。


 まぁ、この方式は進学校ならではのモノというか。生徒の中には、習い事や塾に通うものも自然と多く存在するので。学校の周辺の至る所にそういった教室の多い事から、学校側が取り決めた配慮である。

 瑠璃の友達の相沢静香と林田茜も、ピアノ教室に週2日で通っている。大井蒼空付属中学は、小中高とエスカレーター式にもかかわらず。


 3割の生徒は学習塾に通っているようで、他にも習い事の教室は人気らしい。中には、ユニークな教え方の個人塾も結構あるそうだ。

 学校の授業だけでも大変だと感じる弾美には、ちょっと信じられない話だったり。


 そう言う、部活はおざなり的な雰囲気は学生にも伝わるモノで。本気で部活動に勤しむ生徒は、中学も高校も実際あまり多くない。

 県大会に出場するような、強豪スポーツ部の類いなど皆無に近く。弾美の所属するバスケット部も、良くて1回戦敗退を免れるのが精々である。

 県大会など、噂に聞く類いの都市伝説だと冗談で言われている程。


 そういう話はさておいて、司書さんが弾美にも書道展の招待状を渡してくれたので。それを見た瑠璃は、内心ホッと胸を撫で下ろした。

 口は少々悪い弾美だが、人を傷つけるような事は決してしない。実際、かなり面倒見の良い性格なのを、幼馴染の瑠璃はよく知っている。

 とにかくこれで、2人で出掛けるきっかけが出来た訳だ。


 お茶を飲み終え歓談も一息ついた後、2人はようやく腰を上げる事に。瑠璃は貸し出された3冊の本を鞄にしまい込み、司書さんにお礼とおいとまを告げる。

 学校内はと言えば、放課後たった1時間しか経過していないのに、人影はほとんど確認出来ない有り様だった。どうやら、活動を断念したクラブは予想のほか多かった様子。

 声出しが原則の運動部の喧騒も、全く聞こえて来ない。


「おまたせ、帰ろうハズミちゃん」

「おうっ」


 瑠璃は扉の前で、司書さんに最後の挨拶。扉を閉めると、図書室の外で待っていた弾美の横に並び歩き出す。さっき司書さんから仕入れた本のネタで、弾美もビックリする面白い話を口にしながら。

 弾美も、これで結構読んだ本の数は多い。お互い、好きなジャンルの傾向はまちまちだったりするが、読んでみて2人とも好評価を付ける作品も多いのだ。


 ――人影のまばらな校庭を、2人は他愛ない雑談をしながら帰路についた。




 マロンとコロンの散歩をいつものように済ませると、時間は午後5時を過ぎていた。昨日より1時間以上、弾美の部屋でゲームを起動させるのが遅れてしまっている計算だ。

 だけどまぁ、元々今日は夕方のインはしない予定だったし。それに関しては仕方が無い事だと、特に気にする風も無い2人である。


 いつもの手順で、昨日と同じ弾美の部屋でオンライン接続を進めていく2人。それでも瑠璃は、ゲームを始める前に一応時間の区切りを口にする。

 何しろ夕食の支度を、この後しないといけない。


「ハズミちゃん、限定イベントは2時間しかプレイしちゃ駄目なんだっけ? 私、夕御飯の支度あるから、6時半が限界かも」

「おうっ、取り敢えずステージ1だけクリアしようぜ。そしたらギルドメンバーと、交信出来る様になるそうだから」

「わかった、今日は頑張るよ、私!」

「進の話だと、レベル5キャラで楽勝だったらしいけどな、エリアボス。皆ステージ1は、平均40分でクリアしたらしい」

「…………」


 そんな話をしている間に、ログインから昨日の洞窟のような部屋に降り立つ2人の分身キャラ。瑠璃は早速、いそいそと癖になってる自分のキャラのチェックを始める。

 ルリルリは相変わらず泣きたくなる様な外見だが、NM2体を倒した功績は大きかった。そのせいで貰えた経験値で、レベルも何とか7まで上がっていた。



名前:ルリルリ  属性:水  レベル:07

取得スキル:細剣10《二段突き》  :水10《ヒール》    

装備 :武器  粗末なレイピア 攻撃力+5《耐久4/10》

   :胴   端切れの服 防+3

   :両手  炎の腕輪 火スキル+3、知力+1、防+4

   :指輪1 水の指輪 水スキル+3、精神力+1、防+1

   :両脚  端切れのズボン 防+2

ポケット(最大3):中ポーション :小ポーション :小ポーション



 まだまだ装備欄はスカスカで、頭装備から始まって盾やマント、靴すらも無い。アイテムにしても、ポーションをポケットに入れるのが精一杯という感じ。

 ただ、昨日弾美に倒して貰った火の玉NMから、恐らく当たりアイテムの『炎の短剣』をゲット出来たのはラッキーだった。攻撃力も初期装備より高いし、良い武器なのだが、短剣スキルの振り直しが必要なため、現在は使用を保留している。

 それはともかく、状態異常を回復出来る万能薬くらいは欲しいのだが……。


 それでもまぁ、取得スキルをこの段階で2つ持っているのは心強いかも。そんな感じで自画自賛しつつ、ふと隣の画面を見ると。弾美のキャラは、既にエリアボスに突入していた。

 驚いている瑠璃を尻目に、あっという間にボスのHPを削っていくハズミン。


 ここで慌てて追従しても仕方が無い。瑠璃はアイテム欄から、昨日の調子で何気なく妖精をクリックしてみる。カバンに入っている持ち物の中で、唯一使用しても消耗しないアイテムだ。

 ――考えた人は、ちょっと変だと瑠璃は思う。


 そう言えば、ライフポイント制というのが便利ウィンドウから確認出来るらしい。って言うか、ハートマークが二つ、確かに並んでいるのが直に確認出来ている。

 昨日見落としていたのが、どうにも不思議でならない。


 ――あらまぁ、まだこんな最下層でウロウロしてるの? 仕方ないなぁ……アナタってば、余程自分の腕に自信が無いのネ、可愛ソウ☆

 ちょっとでも力を貸してあげたいんだケド、今のワタシにはこれが精一杯。大変だとは思うけど、ここを脱出できるよう頑張って頂戴ネ☆

 陰ながら応援してるから、ドウゾ元気を出してネ♪


 画面確認をしていた瑠璃は、いきなり語り出した妖精に暫し唖然とする。今日のご機嫌を伺おうと思って、何の気なしに『使用』したのだが……。

 間を置かずに、アイテム取得の音楽とログが表示され、ルリルリのアイテム欄に『妖精のピアス』の文字が。思わず身を竦めて、事の成り行きを見守る瑠璃だったり。

 瑠璃は暫し思考停止――これって、ひょっとしなくてもブービー賞?


「ハズミちゃん……妖精にブービー賞貰った」

「んあっ? こっちは倒し終わったぞ、どした瑠璃?」

「あっ、まだ移動しないで……ステージクリアすると貰えないかも?」


 そもそも、ボスを倒した時点で条件を外した可能性もあるのだが。弾美のキャラは、倒し終わった褒美のアイテム確認に忙しい様子。

 ボスを倒して通行可能になった昇り階段には、まだ移動はしてはいない。ってか、こっちのログにも無関心で、ブービー賞の情報が全く伝わっていない。

 妖精も、ここまで無視されるとは思っていなかったかも?


「むうっ、マナポと中ポーションとお金だけか、ちぇっ」

「ハズミちゃん、妖精の話聞いてあげて……」


 んっ? と言う顔で、弾美は妖精と言うワードに反応する。そう言えばと思い出したように、アイテム欄から妖精をクリック。何となく、過ぎ去る沈黙の時間。

 瑠璃の方が、逆に弾美の所有する妖精の言動にドギマギしてしまったのだが。弾美が急に笑い出したので、条件をクリアしていたのが判明し、ようやくホッと一安心。


 ――妖精のピアス 光スキル+1、風スキル+1


 妖精に、頑張れという言葉と共に貰った装備は、こんな感じでそれほど強くは無かったけれど。それをいそいそと装備して、満を持して挑んだルリルリの初ソロでのボス戦だったが。


 ――余裕過ぎる勝利に、どことなくモジモジする瑠璃であった。




 中立エリアがあるというのは、話には聞いていたのだけれど。小さな村くらいのスペースに、もの凄いキャラの数かひしめき合っていた。

 入ってすぐさまそれを目にした2人は、予想を超えるキャラ渋滞を目の当たりにして。軽い眩暈に襲われたように、上体を同じリズムで揺らせていたり。


 思考を停止させていたルリルリに、ハズミンからパーティお誘いのコール。すぐに承諾してパーティを結成しつつも、群集の多さにちょっとだけ辟易へきえきする。

 これでは、NPCを見つける事すら大変かも?


「何て言うか、人が目茶苦茶多いねぇ……」

「そうだな……取り敢えず、ちょっと分かれて情報収集しようか、瑠璃」

「分かった、あっちの方見てくるね、ハズミちゃん」


 指で左の方を指差して、そちらにキャラを移動させる瑠璃。中立エリアの壁のグラフィックは、もろに土と根っこのみ。天井も同じく、更に不気味な虫の徘徊なども付加されていたり。

 瑠璃は、見てしまった後思わず体を身震いさせる。


 弾美はキャラを反対側の壁に移動、キャラの作り出す列をすぐに確認する。不自然に美麗な造りの階段に沿って、恐らくは攻略エリア突入待ちのキャラ達の列なのだろう。

 その先には、根っこの塊に埋もれた石造りの扉が。全部で同じ構造の扉が、3つばかり確認出来る。右と真ん中の扉前には、ざっと数えてそれぞれ50人以上のキャラが列を成していて。

 一番左は、その半分くらいの混み具合。


 恐らく、左の扉が次のステージに繋がっているのだろうと弾美は推測する。そのためには、右と真ん中の攻略が不可欠のようだが、それを信じて並ぶには列は長過ぎる気が。

 ここは、ギルドで確認を取ってみるのが一番かも。


 弾美は困った時のサブマス頼みと、フレンドリストから進のキャラ『シン』と交信を試みる。他のギルドメンバーも皆インしているみたいだが、同じエリアにいるかどうかは不明。

 ギルド会話で呼びかけても良いが、攻略中だと他人のログは気が散る事が間々あるのだ。その点進が相手だと、長い付き合いから気兼ねが必要ない。万一攻略中なら、何らかの方法でそう伝えて来るだろうし。

 その頭の回転の速さも含めて、進は信頼出来るサブマスターなのだ。


『進、今ステージ2に着いた』

『あれ、弾美? 部活出てたんじゃ?』

『人数集まらなくて中止になった。それより今どこ?』

『ステージ3で、2つ目の部屋のイン待ち。ちょっと混んで来てるなぁ』

『こっちは凄い混んでる。多分50人以上、並んでるように見えるけど』

『うえっ、まじか! 一組インするのに5分として、2時間以上待つ計算だぞ』


 うげっ、と思わず口に出す弾美に、瑠璃は不思議そうに隣から顔とモニター画面を覗き込む。瑠璃の方はあちこち歩き回った結果、鍛冶屋さんのNPCとアイテムの売店を発見した。

 残念ながら、武器や防具を扱うお店は無い様子だったのだけれど。アイテム屋ではポーションや万能薬、マナポを扱ってるのを何とか確認出来た。


 鍛冶屋では武器の修繕が出来て、これは必須のサービスである。使っている武器の耐久度が0になると、武器は壊れて使えなくなってしまうのだ。

 薬品に関しては……品薄で、思いっきり高くなっていた。


「ハズミちゃん、万能薬が1個3600ギルもするよ?」

「何でだっ!」

「品薄状態みたい、みんな買って行ったんだね~」


 弾美は暫し熟考し、さっと頭を切り替えて夕方の攻略を断念すると発表。進にその旨の会話を送信し、瑠璃にもさっさとログアウトするようにと促す。

 チラッと時計を見ると、まだ5時半くらい。瑠璃のタイムオーバーまで、まだ1時間はある。弾美はオンライン画面から、メイン世界へのログインを再実行して、瑠璃に話し掛けた。


「まだ時間あるから、ちょっとメイン世界で細剣の練習するか?」

「あ~、そうだね~」





 ――そんな訳で、残り時間の使い方は呆気なく決定したのだった。






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