第2話 限定イベントの概要チェック



 コロンに運動に対する労わりの水をやって、犬小屋に鎖で繋ぐ。昼間の内は鎖無しで庭で自由にさせているのだが、両親が戻ってくる前には繋いでおくのが津嶋家のルールである。

 仕事帰りのお出迎えに、大型犬の前足スタンプアタックは、忍耐力のある大人でも辟易するらしい。仔犬の頃からの癖が抜けないまま、我慢するのは人間の方になってしまっている今。

 夕方には鎖に繋いでおくのが、ベストの選択となっているのだ。


 その後瑠璃るりは、コロンの頭をひとしきり撫でてお別れを告げ。玄関に置いてあったタオルとお茶菓子の入った袋を持つと、しっかり鍵を掛けて隣の立花家にお邪魔する。

 立花家は、共働きで5時~6時過ぎまで両親共に不在なのだ。津嶋家も大体同じかもう少し帰りが遅いので、大抵は瑠璃が一品か二品、お惣菜を作って待つのが決まり。


 お隣に、無言で玄関を開けて侵入するのも既に慣れたモノ。台所を見るとお茶の支度っぽい事を、弾美がしてくれていた様子。とは言っても、弾美はずみと瑠璃の専用カップをテーブルに出していただけだが。

 お茶の催促だと理解した瑠璃は、早速それに取り掛かる。


 ポットにお湯は沸いていたので、瑠璃は素早くコーヒーを淹れる準備をする。トレイはいつもの所にあったし、お茶菓子は持参してあるので問題は無し。

 せっかちに弾美が2階から呼ぶのが聞こえ、瑠璃は曖昧な返事を返す。用意をすっかり整えて、瑠璃はトレイに2人分のマグカップを乗せ、そろりと階段をのぼって行った。


 立花家の2階は、数年前から弾美の天下だった。歳の離れた姉が遠くの大学に通うために家を出てしまっているので、弾美は一部屋を遊び部屋に、もう一部屋を寝室に使っている。

 遊び用の部屋――本来は勉強部屋? のメイン家具はテレビと大きな本棚で、中央には小さな折り畳み机が置いてある。それから、来客用を含めて人数分の座布団。

 トレイをテーブルに置いて、瑠璃は一息ついた。


「コーヒー淹れて来たよ、ハズミちゃん……お茶菓子も持って来たから、適当に食べてね」

「おうっ、サンキュ」


 テレビは2台あって、1台は俗に言う予備モニターと呼ばれる、液晶の持ち運び可能なモニターである。瑠璃が家から持って来て、そのまま置きっ放しにしてあったものだ。

 今はそれにもしっかり電源が入っており、ファンスカのオンライン画面を映し出している。弾美が用意していてくれていたらしく、当人のそれはキャラ選択画面まで進んでいる。

 どうやら更に進むと、限定イベント選択画面に進むらしいのだが。


「はやく用意してパスワードを入れろ、瑠璃」

「うん、ちょっと待って……」


 プレイ人数を2人に設定、ゲスト用のパスワードをキーボードから打ち込みつつ。瑠璃はゲーム筐体に接続されている、自分専用のモニター画面の位置をちょこっと調整。

 この予備モニターは、兄弟や親子などで同じ部屋でプレイする時とても便利である。オンラインを同じ部屋で遊ぶと言う、ちょっとした流行を大井蒼空町にもたらしたのだ。


 そのため、今でも電気店などではヒット商品に名を連ねている。その他にも、対戦型シミュレーションゲームで自分のターンでの戦略を見せられないゲームなどでも、大いに活用出来てしまう優れモノだ。

 ちなみに、1つのゲーム筐体に4つまでサブモニターを繋げることが出来るし、今は更にマルチタップも売っているらしい。大学ではサークル活動で、日々同じ部屋で10人以上がファンスカをプレイしているという噂も流れて来ている。

 もっとも弾美の部屋の筐体は、今まで2台までしか繋いだ事は無いが。


 瑠璃がパスワードを打ち終えると、画面はファンスカの選択画面に流れていった。プレイ選択で、季節限定イベントのイラスト入り告知と、その説明画面への移動カーソルを発見する。

 ふと隣を見たら、弾美の画面は既にゲーム世界へのログインに移行していた。


「ハズミちゃん、今回の限定イベントの説明文読んだ?」

「読むわけないだろ、インして進に聞けばいいんだから」


 お茶菓子をぱくつきながら、事も無げに言い放つ弾美である。瑠璃は諦めたようにため息ひとつ、自分も期間限定イベントへの即時インを決行する。

 下手に遅れると、弾美にうるさくせっつかれる事になってしまう。まぁ、説明してくれる仲間がいるなら、一緒に聞いたほうが断然良いとの脳内判断も。


 様々な選択肢を決定クリックで進んで行くと、瑠璃のサブモニター画面もようやくログイン画面に突入した。数秒の暗転ローディングが始まり、その隙にと瑠璃は、冷めない内にマグカップを手にしてコーヒーを口に運ぶ。

 一息つく間もなく、隣から驚いたような弾美の声。


「ぬおっ、どこだここ?」

「えっ、そこはどこなの、ハズミちゃん……?」


 それは、全く見た事の無い風景だった。一足早くイベント世界に降り立った、弾美の操るハズミンは、陰気な感じの小さな部屋に閉じ込められていた。

 例えるなら、自然洞窟と牢屋を足して2で割ったような感じの空間だ。家具といえば小さな机と、かすかな灯りを提供するランプくらい。

 出入り口は、木の根っこがすだれの様になっていて割と気味が悪い。


 瑠璃のキャラもようやくログイン出来たので、彼女はいつもの癖で自分のキャラを取り敢えずチェック。ルリルリの出現場所も、ハズミンと同じく薄暗く見慣れないエリア。

 チェックの瞬間、瑠璃は違和感に襲われ――隣からは、大爆笑が湧き起こった。


「あははははっ、ありえね~~っ!!」

「あれっ、服が……いつもの自分のキャラのと違うっ?」

「って言うか、レベルが1に戻されてるっ! 酷過ぎる、コレっ!!」


 なおも笑い続ける弾美に、瑠璃の方もちょっと可笑しくなって来て。つられる様に口元がひくついてしまうが、何とか冷静に状況判断の手掛かりを画面内に探す素振り。

 どうやら今回のイベントは、今までとは全く違うコンセプトで開催されるらしい。つまりは完全に、レベル1からのキャラの育成込みのストーリーって事?

 確かに酷いが……いや、説明文を読むのを端折ったこちらも悪いとは思うが。


「メンバーと通信も出来ないっ、これ完全別世界の上、ソロ仕様だなっ!」

「えっ、そうなの……!?」

「ポーション買い溜めの意味無かったなっ、すすむは今頃泣いてるぞっ!?」


 瑠璃も、必要かとMP回復薬のマナポを幾つか買い込んではいたのだが。全くの無駄になってしまった挙句、苦手なソロの冒険に挑まなければならないらしい。

 確かに……酷い。キャラの確認ウィンドウを広げつつ、瑠璃は現状を把握する。弾美の言った通り、キャラのレベルは1に戻され、装備はボロボロの囚人服っぽい上下だけ。


 ひ、酷すぎるっ! キャラの服装にこだわる瑠璃は、愛するマイキャラの萎れっぷりに泣きそうになった。しかも、武器すら持たされていない。

 このマップのどこかで、入手するイベントがあるのだろうか? 敵が出て来るなら、武器も無しでは冒険以前の話になってしまうっ!


 隣で再び爆笑が湧き起こった。机をバンバン叩いて、マグカップが危ない事になっている。弾美のそれは寸胴で重いタイプなのだが、瑠璃専用のは洒落た軽量なつくりなのだ。

 どうやら弾美は、瑠璃より早く何らかの仕様に気付いた様子。それが何なのか分からない瑠璃は、慌てながらもその原因を探りに掛かる。貧相な装備より、笑える仕掛けとは何だろう。

 コントローラー片手に、瑠璃は画面に集中する。


「瑠璃っ、アイテム欄見てみっ?」

「えっ、何か変わったアイテムがあるの?」


 なるほど、そっちを見るのを忘れていた。装備していないだけで、アイテム欄に武器が用意されているのかも知れないと、瑠璃は慣れた操作でウィンドウを開く。

 だが、瑠璃の予想に反して、アイテムはたった2個しか持たされていなかった。1つは、一番回復量の少ない小ポーション。ポケットに入れておけば、即座に使用可能の頼もしい回復薬だ。

 もう一つのアイテム名は――


「ありえね~~っ!!」


 弾美はなおも笑いつつ、早速そのアイテムをハズミンに使用させたらしい。ピヨッという感じで、元気にカバンの中からモニター画面に飛び出してきたのは……。

 ――ピロピロと飛び回る、小さな妖精だった。




 ――ここは魔力も生命力も、何でも貪欲に吸収してしまう大樹『グランドイーター』の根っこ部分なの。アナタは大いなる魔力を欲する魔女『フリアイール』の時空間トラップに捕まり、ここに放り込まれてしまったのネ☆


 ワタシがアナタを見つけた時には、かなり養分を吸い摂られちゃってて。既にアナタの体も装備も、枯渇状態で手の施しようが無かったワ。

 ワタシが出来る事といえば、こうやって『グランドイーター』の吸収を遮る小さな空間を作り出す事くらい。この部屋を出ると、再び養分にされてしまうから気をつけてネッ☆

 まぁ、ワタシが近くにいれば暫くは瘴気をシャットダウン出来るけど?


 そうそう、何の武器も持たないのも危ないから、1つだけ武器をプレゼントしちゃう。あとは、ひたすら上の層を目指せば、同じように魔女に捕まった仲間に出会えるかもネ☆

 取り敢えずは、地上目指して頑張って頂戴!


「はあ……捕まっちゃったんだ、知らない間に」

「おっ、やっと武器を手に出来るのか!」


 何とも強引な設定も、弾美の方はそれほど意に介していないらしい。妖精の魔法で、粗末なつくりの各種武器が空中に出現しており、それを嬉しそうに眺めている。

 その画面を見て、瑠璃は脱力状態から現実に戻って来た。


 瑠璃の元の世界のキャラは後衛職なので、今まで武器のスキルも熟練度もほとんど伸ばした事は無かったのだが。両手棍の補正スキルに、MP消費量セーブなどの魔法使いに有り難いものが多かったので、必要に迫られちょこっと上げた程度。

 熟練度も、高レベルの杖を装備するために、弱い敵を殴って上げた程度でしかない。ルリルリはギルドの完全サポート的な存在を目指して作ったキャラなので、回復支援系の魔法使い仕様なのだ。

 つまりは、お世辞にも武器の使用に慣れてなどいない。


 今回のこの期間限定イベントはレベル1から、しかもソロでの出発限定らしい。と言う事は、ルリルリは否応無しに前衛デビューしないといけない?

 この部屋を出れば、恐らく敵役のモンスターが徘徊しているだろう。このゲームのレベル1キャラは、魔法など全く覚えていない。倒して進むには、何かしらの武器が必要。

 瑠璃の中にも、ちょっとした前衛への羨望が無い訳では無く。


「ねえ、ハズミちゃん……私も前衛役の武器を選んだら駄目かな?」

「むっ、そうか……レベル1からだと、完全別キャラ作れるなっ!」


 今まで使用していたせいで、慣れた両手槍を選ぼうとしていたハズミンだったけれど。慌ててそれをキャンセルし、暫し考えて片手武器から片手剣を選択し直す。

 両手武器は確かに攻撃力は高いのだが、盾を装備出来ないので魔法の支援がないと辛い一面がある。しかも種類があまり多くないので、一旦壊れてしまうと代わりが見つからず酷い目にあう事もある。

 限定イベントでは、それでは詰んでしまう可能性が。


 一方の片手剣は、種類は豊富だしありふれた武器の割には、特殊機能の付いた物が多く存在する。片手が空くので盾も装備出来るし、ソロや盾役のプレーヤーに好かれる。

 いわゆる、割と汎用性のある武器なのだ。


 どこまでソロで進む事になるか分からないが、限定イベントの条件は以前からシビアとの評判なのだ。参加は誰でも出来る代わりに、振り落としで資格を失うとそれでお終い。

 賞品付きのイベントは、毎回そんな感じに厳しい仕様が多いのだ。


 瑠璃の方はと言えば、一旦は片手剣武器から細剣にカーソルを合わせたモノの。それに決定して良いものかと、暫しそこで躊躇していた。

 完全前衛は怖いので、ファンスカでよく見る魔法剣士のスタイルを目指したいのだが。やっぱりいきなり前衛など、段々と無謀に思えて来る心配性な性格が出現して。


「瑠璃はレイピアか……二刀流覚えるまでは辛いぞ、攻撃力ないし」

「う~ん、駄目かなぁ? 二刀流より、魔法剣士を目指したいんだけど」

「魔法剣士は、バランス取るのそれなりに難しいけどなぁ……まっ、いいんじゃねえの? 合流したら、俺のキャラとバランス取ればいいし」

「そうだね……取り敢えず、細剣スキルと水スキル伸ばす方向で成長させていい?」

「オッケ~! ってか、俺も回復魔法覚えないと辛いかも」


 などと2人で相談しつつ、先の心配などしていたのも束の間の事。弾美のキャラは妖精に貰ったばかりの武器を装備し、さっさと部屋を飛び出して行った。

 目に付くのは、お城の地下牢のような薄暗い風景。部屋の中と同じように、自然洞窟と牢屋を足して2で割ったような景色に、血管のように木の根が壁沿いに蔓延はびこっている。

 どうやらこれが、問題の『グランドイーター』の根っこらしい。


 敵キャラは、至る所ですぐに見つかった。どうやらこのエリアはゾンビのような敵と、スケルトンタイプの敵がメインの雑魚のようだ。

 一度戦ってみて、これは雑魚キャラだとすぐに判明する弱さである。ハズミンはほとんどダメージを追わずに、そいつ等から経験値を稼いで行く。


 マップは思ったより広いらしく、キャラが進んだ場所は自動的に記録されて行く仕様だ。ここら辺の機能は、メイン世界と同様で使い方に迷う事も無い。

 もちろん、戦闘システムなども全く同じで操作に不安は皆無である。それを横目で見ながら、瑠璃の操るキャラも少し遅れて部屋を出る。

 その手には、しっかりと選択で得たレイピアが。


「おっと、スライム発見~。むむっ、倒したらポーション落としたっ!」

「えっ、どこどこ? 私もポーション欲しいっ!」

「マップの東の端っこ……おっと、レベルも上がったぞっ!」


 先行したハズミンは、好調なようで早速レベルアップを果たしたとの報告。それを聞いて、瑠璃も少しだけ焦りながら敵を見付けて仕掛けて行く。

 とは言え、苦手な戦闘でやられてしまっては元も子もない。





 ――イベントはまだ始まったばかり、焦りは禁物だ。







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