街中がネットファイター

マルルン

第1話 期間限定イベント開始!



 5月の始まりと共に、その街中にはどこか不穏な空気が漂い始めていた。今の季節に丁度良い、爽やかでどこまでも高い青空が広がる平日の午後。

 他とは根本的に違う理念で創り出された、環境モデル都市『大井蒼空町』――区画整理も住居環境も設計段階からきっちりとなされ、住民もIT企業関係者とその家族を優先的に受け入れた街。


 学園都市の側面も併せ持っており、街の南側にはエスカレーター式の有名な公立学園が建ち並んでいる。もちろんその周囲には、学園生活に必要な設備もそこかしこに目立っている。

 例を挙げると、国内屈指の書籍量を誇る図書館、総合体育館、音楽ホール、文化会館、毎月企画の変わる芸術会館などなど――。

 学生達の質も、それにつられて高いとの認識が公然と存在していて。


 もちろん学校に通う生徒達は、恵まれた環境の中で学園生活を過ごす事が出来る。学校のカリキュラムも、他とは変わったユニークで独創的なものが多く存在する。

 小中高一貫の地元の付属学校の教育システムは別として、大井大学は全国的に名前が有名である。各学部を取り揃えてある総合学部を誇る私立の大学なのだが、特に情報や理系の学部はレベルが高いとの噂である。


 その一方で、全く関係ないケーブル光通信でのゲームイベントが、学生を中心に流行しているのも事実だったりする。まぁケーブル事業という範囲の狭さが、この街のみにその流行を留めているとも言えるのだが……。


 ――その流行も、ある意味奇跡なのかも知れないけれど。





「ようやく5月だ、ファンスカの季節限定イベント始まるなっ、弾美はずみ!」

「おうっ、朝のうちにダウンロードしといたけど、結構時間掛かったぞ、すすむ? でもこれで、学校から帰ったらすぐにイベント進められるぜっ!」

「えっマジで、そうなのか……今回は4週間の長丁場らしいし、それだけイベント内容も凝ってるって事なのかも?」

 

 大井蒼空町の、自慢の1つの学園エリアのほぼ西南に位置する中学棟。一学年平均5クラスは、少子化の進む今の時代多い部類だろう。

 更にその中の、2年B組の教室内での会話の主である男子生徒2人。時間は放課後、校内清掃ももうすぐ終わりで、残りはホームルームを残すのみ。

 後はもう、学生の特権の放課後の自由時間が待っている。


「イベントの前情報が、今回はほとんど出て来なかったからなぁ。ひょっとして今回は、凄いひねった舞台が用意されてるのかもな、弾美」

「良く分かんないけど、前回のイベントは不評だったからな。今回は運営サイドも、それなりに力を入れてるかも?」


 教室掃除の行われる最中、主に雑談と掃除音楽の奏でる喧騒の中。立花たちばな弾美と江岡えおか進は、箒を片手にオンラインゲームの内緒話で盛り上がっていた。

 一応、2人とも真面目に手は動かしているのだが。どちらかと言えば、その熱意の源は早く学校から解放されたいが為と言う。


 教室の掃除は小学校からの恒例行事なので、特に面倒って言う事も無いのだけれど。早く家に戻りたい日などは、やっぱり気もそぞろになってしまうのは否めない。

 何度と無く時間をチェックしても、もちろんその分時が速く進む訳でも無し。

 

「今日は部活の無い日で良かったな、弾美。お陰で、ギルドメンバー全員でイン出来る」

「そうだな、進……ゲーム内の集合場所とか決めて、夕食までに素早くイベント内容を把握したいかな」


 オンラインゲームと言ったが、実際はちょっと違う。このモデル都市は、全家庭というか全建物に高速光ファイバーで情報通信末端を提供していて。

 その通信元のケーブル会社が、2年前から独自に立ち上げたケーブル通信参加型オンラインゲームがあって。そのタイトルが、何を隠そう『ファンタジースカイ』と言うのだ。

 ――通称ファンスカで、中高生を中心に大人気を博している。


 ケーブル光通信の性質上、ネットのように全国からのゲーム参加はあり得ず。必然的にプレーヤーは、大井蒼空町の住人のみに限られる。

 それで採算が取れるのかは、甚だ謎ではあるのだが。環境モデル都市には、これに限らず採算度外視のテストケースが至る所に存在しているのも事実。


 さっきからそのゲームの話で盛り上がっている立花弾美と江岡進は、かなり初期からこのゲームの参加者である。同じ中学の友人同士で、早々とギルドも作っていて。

 気心の知れた幼馴染同士での、少数精鋭なギルドである。


 キャラ名ハズミンを操る立花弾美は、そこのギルドマスターをやっている。『蒼空ブンブン丸』と言う名前のギルドで、幼稚園の頃からの友人の江岡進は、そこのサブマスター。

 まぁ、メインの団員6人は、やっぱり幼稚園からの友人で構成されている。ライトユーザーのサブ団員を合わせても10人ちょっとしかいないギルドなので、ギルマスと言ってもたいした権威も無いのだが。

 行動力とリーダーシップは人一倍ある弾美、自然とギルマスに祭り上げられたのが実情。


「パーティの概念が通用しないイベントだったら、皆で集まっても無意味だけどな。去年のイベントに、確か一回無かったっけ?」

「あったなぁ、虚しいソロでの競い合い……あれも伝説の外れイベントだったな」


 進はため息をついて、教室の各机に配置されているパソコンのモニターをチラッと見た。ファンスカはパソコンのネット環境とは違うカテゴリーに位置するゲームではあるが、学校の環境からなら接続は可能だ。

 しかし、万一パソコンの不正使用がばれたら、先生から大目玉を喰らうのは周知の事実。女生徒の一人が、ハタキでモニターをパタパタして歩いてるのを見て、進はもう一度ため息をついた。

 不確実な情報収集を目論むより、あと20分我慢すれば済む話なのだ。


「他の有名ギルドには、今回こそ負けたくないなぁ……」

「まぁ、初日から脱落者の無いようにしようぜ、進?」


 どことなくのほほんとした表情で、箒を杖代わりにしながら弾美は言葉を返す。今までの期間限定イベントは、結構な難解試練が多かったのも事実である。

 その振り落としに引っ掛かると、酷い時には初日で参加条件を失ってしまうのだ。


 弾美達の運営するギルド『蒼空ブンブン丸』は、過去にベスト5位に入った事が実は一度だけある。その時の賞品の蒼空商店街専用商品券5千円と図書券3千円分は、とっても美味しかった。

 学校内でも英雄視されて、鼻高々だったのは言うまでもない。

 

 今回は絶対にそれを上回ってベスト3位に入るのだと、サブマスの進はイベント告知を耳にした時から意気込んでいた。一方、弾美の方はと言うと闘志は内に秘めるタイプ。

 朝のうちにダウンロードも済ませているし、内心ではもちろん上位を狙っている。


 それでもそれは、仲間で盛り上がりながらが前提の話である。スタンドプレーなどで一人だけ活躍するのは、ギルドの流儀ではない。そこら辺は、小さい頃からの幼馴染同士。

 特に示し合わさずとも、互いに理解し合っている。


「任せとけっ、弾美……ポーション系の消耗品も大量に買い置きしてるし、そう簡単にギルドから脱落者は出させないから。

 イベント中は絶対値上がりするのは、前回の経験で分かってるからなっ!」

「さすが我がギルドの参謀、頼りにしてるぜっ、進!」


 進の用意周到で生真面目な性格には、昔から何度助けられて来たか。そんな話を教室の端に佇んで、何となく悪巧み的な雰囲気を醸し出しつつ2人で箒を持ってニヤけていたら。

 ハタキをかけていた女生徒が、こちらを変な目で見ながら声を掛けて来た。よく見ると委員長の星野ほしの亜紀あき、つまりはクラス一番の権力者である。


「立花君に江岡君、くっついて話ばっかしてないでちゃんと掃除してっ!」


 2人は揃って顔を背けると、素早く委員長の声に反応する。そ知らぬ顔でかき集めた床のゴミを回収するため、ゴミの塊を求めて教室に散らばって行った。

 ――掃除の音楽は、残り時間後わずかを示していた。




瑠璃るり、帰ろうぜ!」


 ホームルームが終わると、弾美は隣のクラスで幼馴染の津嶋つしま瑠璃に声を掛けた。A組に所属する瑠璃は、部活は文学部で髪はショートカット、一見目立たない存在だ。

 だが、色白の肌と整った顔立ちは、学年内では意外と有名で隠れファンも多い。


 性格も生真面目で、細かいところに目が届く几帳面なタイプだ。ファンスカでの所有キャラ名は通称ルリルリで、ギルド唯一の完全後衛キャラ――俗に言う魔法使いである。

 本当はキャラ名ルリで登録したかったのだが、既に誰かに先に登録された後だった様で。泣く泣く別の名に、それ以外は満足の行くキャラに育っている。


 始めるきっかけは、もちろん弾美に半ば強制的に引き込まれた訳なのだが。今では自分の育てたキャラにしっかり愛着を持っていて、ゲームの世界観も違和感無く受け入れている。

 弾美もイベントの戦力として、瑠璃に大いに期待している。


 一方の弾美は、ファンスカでのキャラは長槍使い、両手持ち武器を使用するバリバリの前衛である。ギルドマスターで、キャラの熟練度もメンバー中で一番高いとのもっぱらの噂。

 学校の部活動はバスケット部に所属、2年生ながら今年の春からレギュラーナンバーを貰った。身長は160センチを少し超えるくらい、日焼けした肌に精悍な目付きだが、笑うと途端に八重歯が覗いて可愛く見える。

 本人はそう指摘されると、物凄く怒るけど。

 

「あ、うん……静ちゃん、茜ちゃん、帰ろう」

「おぅ、2人とも5月の限定イベント参加するのか?」


 瑠璃が仲の良いクラスの友達に呼び掛けると、弾美の後ろから進が声を掛けて来た。この女生徒2人は、瑠璃の影響で最近ゲームに参加して来た、割と新参プレーヤーである。

 相沢あいざわ静香しずか林田はやしだあかねは『蒼空ブンブン丸』の、一応サブメンバーとしてギルド登録をしているのだが。

 正直レベルが違うので、ベテラン陣の狩りには滅多に同行しない。それでも瑠璃とも弾美とも親しいので、ゲームの話などでのけ者にされる事も無い。

 正直華がある分、ギルドの他の面子にも持てはやされる存在だったり。


 会話は必然的に期間限定イベントに集中して行き、集団はそのまま教室の出口付近でお喋りモードに突入。そのうち他のクラスからも、ギルドメンバーが帰宅集団に合流して来た。

 C組の加藤かとうあきら平野ひらの弘一こういちは、幼稚園からの親しい友達。身長や性格を含めて結構なデコボココンビだが、何故か2人とも馬が合う。

 もちろん弾美や進とも、子供の頃から一緒に遊ぶ仲だ。


 一方、E組の久保田くぼたじゅんは、弾美と同じバスケット部員であるのが縁での加入だ。メンバーの中では一番長身だが、どちらかと言えば物静かで気弱な性格をしている。

 この6人が、ギルド『蒼空ブンブン丸』のメインメンバーである。


 さり気なく耳を澄ますと、周囲でもファンスカの話題が盛り上がっている様子。詳しく調べた訳ではないが、この大井蒼空付属中学だけでも10を越す大型ギルドが存在するようだ。

 ただし、狩り場でブイブイ言わせているやりこみ系のギルドは、進に言わせればほんの3つ程度らしい。意外と学生達の間では、ライトユーザーも多いのが実情なのかも知れない。


 何しろほぼ無料でプレイ出来て、しかも動作環境が死ぬほどスムーズ。地域ローカル性な話題性もあり、ゲームに興味のある人なら一度はプレイしている筈だ。

 そんな訳で、弾美の中学校でも話題性は豊富だったりする。


 学校から帰っても、複数の友達とネット内で自由に会話出来るソースは、それだけでも強力である。しかも、イン出来るプレーヤーは街の住人と限られているので、変な遊び方やハラスメントをして来る者もほとんどいない。

 ただの会話ツールとして、このゲームを利用するプレーヤーも学生の中には多いようなのだが。そんな人達に対しても、キャラを着飾って遊んだりペットを飼うなど、システム管理者側が門戸を広げているのがよく分かる。

 そんな感じでライトユーザーも、いつの間にか筐体を利用している訳だ。


 普段ではまずありえない、中学生や高校生、大学に通う者や時には社会人との交流やバトルが体験出来るのも、プレイ理由としては大きいかも知れない。

 例えばだが、中学生は高校生に対して闘志を燃やし、高校生は大学生に宿題を見て貰い、社会人に安心安全なバイト先を紹介して貰う。


 街でのイベントや発表会も、ゲーム内で告知されることが間々あるし。言ってしまえば、大井蒼空町にあるもう一つのバーチャル街と捉えている者も多いのかも知れない。

 その見解は、あながち間違ってはいないのだろう。



 八人に膨れ上がった集団は、学校の玄関口を目指してようやく移動を始める事に。いつもの帰路へ着いた訳だが、話題が新鮮なだけにいつも以上に騒々しい。

 とは言え、そこはモデル都市の宿命と言うか。住宅地として用意された場所は限られているので、自然と学生達の流れは一律になっている。

 他の下校集団の流れに合わせ、制服の列は細く長く続いている。


 それでも15分も歩くと集団は自然に捌けて行き、弾美の帰宅チームも分かれ道ごとに1人2人とばらけていった。今は弾美と瑠璃の二人だけ、洒落た通りに面する一戸建ての建物の前で、2人は立ち止まって暫し会話する。

 出ている表札は『立花』と書かれており、その隣は『津嶋』である。幼馴染と言う以前に、お隣さんの関係が十年以上続いている訳だ。幼稚園時代から一緒に通う仲なので、もはや何をするにも一緒な感じ。

 そんな2人の会話に割って入るように、二軒の庭先から大型犬の鳴き声が。


「仕方ないな、先に犬達の散歩を済ませよう」

「そうだね……あんまり鳴いたら駄目だよ、コロン!」


 立花家のマロンと津嶋家のコロンは、同じ親犬から生まれた兄弟で、同じ日に親元から貰われて来た。モコモコの毛の長い雑種で、小さい頃はとても可愛かったのだが。

 一度テンションが上がると、餌を与えるか散歩させるか、とにかく遊ばせてやらないと落ち着きが戻らない。2人が一緒に下校すると、いつもこんな感じで騒ぎ立てる。

 鳴き声が酷いと近所迷惑になるので、2人ともそれなりに気を使うのだ。


 ちなみに、仔犬が貰い手を探しているという話を聞きつけたのは弾美で、ついでにお隣さんの分もと、一緒に引き取りに連れて行かれた記憶が瑠璃にはある。貰う子犬を選んで家に着いた時には、既に瑠璃が飼う予定の仔犬にも弾美によって名前がついていた。

 今から飼う予定の仔犬に、自分で名前を付ける権利が無いのは、ちょっとどうかなと正直思ったのだが。3日でその名前を気に入ったから、今では良しとしている。

 図体も存在も大きくなった今では、大事な津嶋家の家族の一員でもある。


「着替えて来るね、ゲームはハズミちゃんの部屋でする?」

「そうだな、夕飯まではそうしようか」


 2人はほぼ同時に玄関を潜り、着替えのために各々の部屋を目指す。数分後にはお互い、散歩に適した動きやすい服装で、リードを手に玄関に集合していた。

 雑種の兄弟犬は、ようやくの散歩に全身で大喜びを表現。連れ立っていつもの道を、軽快なテンポで走り出している。自然と弾美と瑠璃も、並んで小走りになるのはいつもの事。

 2人とも汗を掻いても良いように、タオルを持参している。


 いつもの近くの川沿いの小さな公園まで、小走りで約5分。この時間、公園に人影は全く無いので、安心してリードを外してボール遊びをさせてやる。少し歩けば、橋を渡った先にもっと立派な公園があるので、この場所はいつも人気がないのだ。

 こじんまりしたこの公園は、子供の頃から2人のお気に入りなのだけれども。朝の散歩で大きい方の運動公園に行くので、夕方はこちらと自然に決まった感じだろうか。

 そしてこの貸し切り状態も、いつもの事でお気に入りの理由でもある。


 今頃ギルドの皆は、ゲームのバージョンアップのダウンロードに追われているのだろう。瑠璃のクラスメイトの静香と茜は、2人とも朝の内に母親に頼んで登校して来たと、帰り道で話していたけれど。

 ここら辺の用意周到さを弾美に言うと、ニカッと笑ってこう返して来た。


「去年のイベント1位の賞品に、家族で海外旅行プレゼントとかあったからな。ゲームとは言え、親も少しは協力する気になるんじゃねぇの?」

「今回のイベント告知見たけど、内容も賞品も全部秘密のままだったよねぇ?」


 確かにそうだったかもと思いつつ、瑠璃は前情報の少なさに少々不安な表情。もっとも、弾美の言うような賞品の多いイベントは、年に一度か二度と決まっていたような気もするが。

 例えば、夏休み前とかお正月前だと、確かに豪華な旅行券とかが上位賞品に付いていたが。期間の短いイベントだと、映画やコンサートのただ券や、食事券が精々だったような気がする。


 瑠璃も弾美にならって、朝の散歩のうちにダウンロードは済ませておいた。そんな訳で、家に戻れば直ぐにでも限定イベントをプレイ出来る環境が揃っている。

 もっとも今日は、弾美の部屋でのインと決めてしまったが。


 弾美は前情報の少なさについて、特に気にしてはいない様子。それでもいつもより早めに散歩を切り上げて、帰路につくべく犬達を競り立てている。

 兄弟犬のテンションは落ち着いたが、どうやら弾美のそれは朝から上がりっぱなしのようだ。イベントの周知からこっち、散々に上位入賞を口にしていたし当然か。

 いつになく悪戯っ子のような表情に、瑠璃は更に少しだけ不安になった。





 ――だって、いつも巻き込まれて振り回されるのは自分なのだから。






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