14.再

 1週間後

 井出から連絡が来た。


「今日空いてたら、この店集合な」


 店の店舗情報が送られてきた。怪しそうに思えてちゃんと調べたが普通の飲食店であった。

「わかりました。では20時で」


 何が話されるか怖さもあったが知りたい気持ちの方が大きい。こちらも収穫はある。休みだったのでちょうどいい。私は夜を待った。

 時間が近づいて待ち合わせの場所へと向かったが、彼は1発でわかった。いつもと同じような格好をしていたのでこんだけ会っていれば、見分けもつく。


「井出さん待たせました」

「お、来たね」

「じゃあ入ろうか」


 私達はそこそこ体格の良さそうな店員に勧められて窓際の外がよく見えるテーブル席へと通された。こんな店あるの知らなかったが、店員は少し怖そうな方々が多い印象といった感じか。

 注文はまぁ適当に頼んで本題の話に入った。


「井出さん。わかったことってなんですか。ちなみに私も収穫はあります。」

「早速くるね。ま、兄ちゃんの方は夜回り先生でのことだろう。まずはこちらから」

「私達警察官として新たな情報を得ることはないですので、あなたが頼りです」

「では。まず、なぜ彼を警察官に売ったのか」


 これは田村さんとも話したが自分としての結論は一応持ってきている。仕事でやらかしたから警察に引き渡したとかではなく、そもそも警察官に彼を渡す気でいて欲しかったのは個人情報そのもの。死刑囚の名前を使っていたがそれは死刑囚。こちらの世界で生きている人間の情報が欲しかった。だから彼が狙われた。


「個人情報が欲しかったから」

「お、そこは多分あってる。じゃあその先わかる?」


 私が考えたのはそこまで、当てずっぽうであったがどうやら合っているようだ。


「いや、分からないです」

「……まぁ考えてみなよ。持っていかれた個人情報書を」

「え、保険証と運転免許証」

「そうその2つ。どちらが本当に欲しかったと思う」


 同じじゃないのか?書いてある情報は大体同じで、病院を受診するか、運転するかだけど。ん、運転はできないだろう。顔写真があるから。


「保険証ですか」

「なぜ」

「運転免許証は顔写真があるから、使用しやすい保険証が目当てと」


 そう言うと彼は少し笑った。

 多分間違えてたのだ。


「兄ちゃん。逆だよ。そもそも情報として使用しやすいのは運転免許証であり、彼らは運転免許証を奪いたかった。」

「でも、顔が違うじゃないですか」

「彼らが欲しいのは顔だ」


 …………………………………え。

 恐怖が背中を辿った。どういうことだ。


「確証はない」

「なぜ、顔を」

「俺が顔を思い出せない人のように、顔を覚えさせないことができる人間はエリートであり全員ができる訳では無いし、証拠が上がれば顔が覚えていなくても辿られて逮捕はされる」


 それはそうだ


「だが、全く別人になりきっておけばヘマをしたとして逮捕されるのは本当の人」


 まさか…


「罪を擦り付けるために個人情報と顔が欲しかった」


 井出は頷いた。


「だが、確証がない。俺もこの可能性を聞かされただけで本当かわからない」


 そちらの世界で言われていることなら可能性は高そうだ。ただ、


「なぜわざわざ警察官に彼を渡したのでしょう。盗むだけなら簡単だったのに」

「そこなんだよ。不思議なのは」


 同じ事を思っていたようだ。


「いいか、免許証を盗めば終わることをわざわざ犯罪を犯させて捕まえさせるリスクを負う意味が分からない」


 確かに意味がわからない。もしかしたら自分達が捕まる可能性があったのに。


「だから80%なのですね」

「あぁ、高いとは思ったが目撃情報があれば確定する推測だからな。残りの20%は警察に売る意味だ」


 重要なことは聞けたので来たかいはあった。では、次はこちらから


「私は夜回り先生と呼ばれる中谷さんに会いました。結論から申し上げると川崎は夜回り先生のお世話になってました」

「ほんとうか!」

「えぇ。中谷さんが証言してくれました」

「それでわかったことは」

「なんで川崎だったのか。井出さんの情報から川崎は上手く利用されたことはわかりました。では、川崎であった理由ですが」


 井出は前のめりになって話を聞いている。


「人間関係が異常な程薄いからです」

「どういうこと」

「親がいないのは知っていると思いますが、彼は友達と呼べるものもいなかったそうです。それほど彼に関わっている人間はいなかった。これが中谷さんを頼った理由なのですが」

「つまり?」

「彼を利用しても誰も影響を受けないのです」


 井出は「あぁなるほど」と言っているかのように頷いていた。それから少し考えて彼は再び口を開いた。


「あとはなんで川崎の顔を欲しがるのかだな」

「それもわかります」


 そう。先日達志とも話した。中谷さんの言っていることで不可解な言葉があることに。「顔をあまり覚えていない」なんておかしいということを。そこで私は川崎の顔写真を見返して1つ思い当たるふしがあった。


「川崎は人に覚えられにくいほど特徴がないのです」


 川崎は顔に何も特徴がない。だから印象に残らないのだ。これは彼の生まれ持った先天的なこと。そして、この「顔を覚えていない」という言葉。事件の一番最初に川崎自身が言った言葉でもある。一緒にいた人の顔を覚えていないという旨の発言と一致。


「確かに何も特徴はなかった。いざ思い出そうとしてもパッと出てこない」

「彼の不幸な素質なのです」

「井出さん言いましたよね。別人になってヘマをすれば捕まるのは本当の人って」

「うん」

「それに加えて覚えにくい顔だったら、いざバレても特定されにくい」

「ふぅ。組織にとってこれ以上ない人材か」


 そう。つまりはそういうこと。裏の組織にとっては喉から手が出るほど欲しい人材ということだ。現時点での仮説だがこれが私達の結論になるか。あとは「本当に偽物の川崎が出てくれば」の話。綺麗にまとまりすぎて怖い。急に真相に近づきすぎて怖い。


 料理が来たので互いに更なる深い話はできなかったが現状の確認などは食べながら行えた。華舞伎町だからといって味は馬鹿にできなかった。結構美味しい。

 果たして私達はもし真実にたどり着いたとして、何ができるのだろう。逮捕か?尻尾を見せない彼らを捕まえるなんて至難の業。ただ真実を知って終わりになるのだろうか。

 お互いに食べ終わり会計を済ますと外に出た。


「仮説だがつぎはぎの結論は出たな。こんだけ上手くまとまって顔が欲しいというのが間違っていたらもうお手上げだな」

「そうですね、ここまで綺麗にまとまったんですからね。怖いくらい」

「おう!じゃあそういうことで」

 別れの挨拶を終え帰ろうとしたその時、私はまた何か見た事あるものを見ている気がした。今回は井出さんもそれを見ている。2人で目を疑った。

 散々見てきていて忘れることの無い私達が気にしていた人物。そして、ついさっきまで話題にあがっていた人物。

「な、井出さん。これって」

「まさかな」






 私達の視線の先には川崎康太。彼が見えている。



「いや、さっきの井出さんの話を聞いているから不審に思いますが本人って可能性の方が高いですよね」

「この時間に犯罪に巻き込まれたこの歌舞伎町に来るか普通。いや、でもさっきまでの仮説だと彼は偽物で」


 間違いなく見えているのは川崎康太本人にしか見えない。普通有罪判決出た人間がこんな所に来るだろうか。しかも裏路地から。私達の考え通りの展開が早速目の前で発生しているかもしれないので頭が追いつかない。話を聞いた後にこれは信じてしまう。この目の先にいるのが偽物かもしれないと。


「俺は顔が目当てだといったが、まさかもうここまでやるとはな。整形か特殊マスクか」

「整形!?そこまでやるんですか」


 本当にそうだとしたら笑えない。彼の骨格に似ている人を探しだし整形して馴染ませるのに時間はかかるはずだ。それを終えているということは免許証を盗んだ時からもう始めていたことになる。たまたま警察に彼が捕まったのではこんなにも早く整形は終わらないはず。やはり最初から彼をターゲットにして計画していた。見えているものが偽物である場合奴らの目的は彼の個人情報及び顔であると断言できるだろう。


「兄ちゃんもあれを偽物だと思うだろ。これで奴らの目的は俺らの考えが当たっていることが」

「はい…わかります」


 もう彼の姿は見えない。だが、充分なインパクトはあったので忘れることは無いだろう。


「彼が偽物だった場合、川崎はもう犯罪に利用されているかもしれないということですね」

「そうだ。彼に安全な未来は無い」

「可哀想としか言えない」

「俺ができることはない。あんたが彼を見つけ出して話を聞けるかどうか」


 それは難しいだろう。警察官の格好をした状態では警戒されて見つけることは不可能だ。恐らくだがな。


「井出さん。あの偽物の情報って手に入りますか」

「多分無理だ。ふぅ…やってみよう。ここまで来たら最後まで知りたい」

「よろしくお願いします」


 そう告げると私は家へと足を向けた。


 帰宅してからも脳裏にこべりついた彼だと思われる人物が気になって仕方がない。風俗店パープルの麻薬の件も立証されて家宅捜索にまた呼ばれるかもしれないが、そんなことどうでもいい。私は知りたい。あの正体を。

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