10.パープル

 1ヶ月後

 井出と会って以来めぼしい情報が出現した気配もなく、信号がずっと赤のような進行具合となっていた。そう、全く進まない。やはりあれ以上の情報は出てこないらしく、いかに犯罪グループが跡を濁さずに去っていったかがわかってしまう結論になってしまった。

 そして、そのまま迎えた今日が川崎康太の裁判初日である。我々は仕事があるので傍聴することはできないのでどうなったかは自分で調べる他ない。田村さんの言ってた通り有罪だろう。懲役1年執行猶予付きが妥当か。彼は身寄りがいないから分からないかもしれないが、有罪判決が出たら速やかに車を放棄して、免許を返納した方がいい。執行猶予はただ再度犯罪を犯した時につかまるのではない。事故を起こしても執行猶予の規定に当たる可能性が高いので盲点であるが車が実は1番怖かったりするのだ。


 今日判決が出るものではないので心配するのはまだ早い。2週間後くらいであろうか判決が出るのは。彼としても麻薬の所持は認めていたが、運搬は自己判断ではないと供述していたので非営利目的だと判断されてもおかしくはない。弁護士次第だがな。


「太田疲れてんのか」

「いえ、大丈夫です」

「さしづめ彼の裁判のことだろう。気にするのはいいが1人に対して入れ込みすぎだ。注意しろ」

「その通りです」


 それを聞いていた他の先輩警察官が口を挟んできた。


「そんなに入れ込むほど思い入れのある事件だったのか太田」


 確かに理由は不明ではあるが、彼は見捨てられないという私情がある。不思議だ


「なんか、単純に気になって」

「それで気にしてたらこの先やってけないぞ太田よ」


 先輩の言う通りかもしれない。

 話が終わると田村さんがふんわりとした情報を提示し始めた。


「1ヶ月弱したら、私達に帯同の命令があるかもしれんからな。頭に入れとけよ」

「なんのですか?」

「言えない」


 この場合追って聞くことはタブーである。要するにかなり重要な事件に遣われるからだ。

 だが、まずは川崎康太の2週間後の判決を見てみよう。


 この日も裁判所に行く時間もないので報告を待つ形で彼の判決を待つことになった。相変わらず不祥事が多いから我々もやることが多い。集中できやしない。そんなことを思っていたら判決が飛び込んできた。

 書面にはこう書いてあった。


「有罪」


 そりゃそうか。意外性はない。事実として受け止めるには準備は充分であった。


「詳細、被告人川崎康太を懲役1年、執行猶予2年とする」


 裁判官の声が聞こえたような緊張感と共にその文書を読んだ。前にも言った通りこれで彼が更生としたとしても彼の名前な裏の世界で使われる。彼の犯罪生活は穏やかではないままいつまで続くかも分からないトンネルを歩き回らなければならない。

 すると、急に田村さんに呼ばれた


「太田、白井、上からの命令だ。調査協力に向かうぞ」

「以前言っていたことですか」

「そうだ」


 よりによって今日か。気は乗らないが、行くしかない。


「内容はどう言ったものですか」


 白井さんが聞いてみた。


「マトリの協力」

「な!?」


 マトリ、麻薬取締官の通称である。この国で唯一厳正な手続き及び大臣の許可を得ることで麻薬の購入を許される人物なのだ。この際思い浮かぶのは麻薬取締官が密売人に接近しており、捕まえるのに協力してくれと言ったところか。


「目的地にマトリが潜入する。それを俺らはフォローして捕まえるぞ」

「了解しました」


 まぁ予想通りのことだな。今日か…


「場所はどこでしょうか」

「風俗店パープル」


 嘘だろ。その店は井出晴人の働いている店だ。また彼に会うことになるのか。私達はどれだけ彼に会うことになるのであろうか。これだけ警察官に頻繁に会うことになる一般人はそこまでいないし、一般人としても望んでいないことなはず。不運だな彼は。


 とりあえず現場へ向かった。華舞伎町一丁目風俗店パープルへと。

 到着すると隠れているように指示された。お店に入るとバレるので外でもちろん待機なのだが、待機中に疑問を投げかけてみた。


「田村さん、なんでこの店がマトリに協力を」

「1度指導されているからだろうな。私達は協力的であり悪いことはしませんと印象付けるのも理由の1つだな。詳しいことは知らない。」

「ほぅ。なるほど」


 彼ら経営陣としても警察官の目に止まったことは好ましいものでは無いのだろうか。

 あちらにはあちらの事情があるのだろう。そう結論付けとく。


 なかなか連絡が来ない。


 15分は待っている。


 20分待っている。


 25分は待っている。


 30分は待っている。


 35分、連絡が入った。

「突入するぞ」


 田村さんの一言で隠れていた警察官は一斉に突入していった。

 受付を通るとわかっていたのであろう従業員が


「5番室です」


 と震える声を発して教えている。

 ちなみに私も緊張している。

 5番室に着くとそこには先に入っていた警察官によってドアは空かれて中は見える状態となっていた。ここで少し冷静になった。ここは何の店か思い出したからだ。

 5番室。つまり、部屋である。何をするための。それは性的サービスを受けるために客と女2人で居るための部屋である。

 わかるであろうか。取り引きとはいえ相手は麻薬密売人としてバレてはいけないので一応それなりの格好をして店に勘づかれないように足掻いているのである。つまり。ほぼ裸、それはこのマトリにも言えることだ。仕事でないとこんな所に来ることはないので驚きは隠せない。

 マトリは現状説明をし始めた。


「これが出てきた」


 袋に入っている白い粉。典型的であり1番多い包装の仕方。麻薬検査キッドにかけて色が変われば麻薬確定。今回はコカインの疑いがあるらしく検査キッドの綿棒先が青に変わればこの女は逮捕される。


「騙したのね…」


 私の到着以降無言を貫き通していた女が口を開いたと思ったら現状を理解していて、ほとんど放心状態であったためほとんど息のようなか細い声で泣きながら一言漏らした。これは確信犯だろうな。

 それはそうなのだが、いくら何でも見た目が落ち込み過ぎではある。

 暴れる。しらばっくれる。黙認。肩を落とす。諦める。大体このパターンに当てはまることが多く彼女はかなりマイノリティな態度を取っている。

 単純に特殊なパターンで私の思い込みが激しいだけなのかもしれない。だけれども、私の脳はその状態をやけに気にしていて、視覚をコントロールし視覚情報を大量に仕入れようとしている。脳に入る情報の内目から入る情報が1番多い。その目を操っているのだから、私も気にせざるを得ない。


「出ました、青です。コカインです」

「よし、車両へ連れていけ」


 女は婦警達に抱えられて車両へと連れていかれる。大号泣しているため手こずっているが、どうにか連行していく。

 ドアから出ていく。彼女はこの廊下が長ければいいのになと思っているだろう。社会的終わりへと向かう一方通行道路なのだから。

 去り際に何か聞こえた。


「…ちゃ…ん」


 聞き取ることは出来なかった。



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